晩酌をもっとおいしく!娘と父で学ぶ『お酒の学校』 世界が認める、サステナブルなワイナリーへ!〜『お酒の学校』ワイン編その1〜
唎酒師の資格を持つ、日本酒大好き娘・伊藤ひいなと、酒を愛する呑んべえにして数多くの雑誌、広告で活躍するカメラマンの父・伊藤徹也による、“伊藤家の晩酌”シリーズが、さらに拡大!いつもと違ったお酒の楽しみ方やいままで知らなかったお酒の知識などを、お酒のエキスパートの方々に教えていただきます。今回は進化し続ける日本ワイン編。広大なブドウ畑に佇む、長野県上田市にある〈シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ワイナリー〉を訪問しました。前編では自然豊かなブドウ畑をめぐるツアーの様子をお届けします。
美しいぶどう畑が広がる〈シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー〉へ!
気持ちのいいお天気のなか、伊藤家の父娘は東京から新幹線に乗って長野県・上田市へ。ここに日本屈指のワイナリーがあると聞きつけ、ワイン好きな父・テツヤは大喜び。日本酒の蔵元には何度も行ったことのある娘・ひいなも、今回初めてブドウが育っていくワイナリーの風景を見ることができました。
日本のワイン全体の発展のために、明治時代から技術を公開し人材育成などに尽力してきた〈シャトー・メルシャン〉。上質な日本ワインに必要な高品質なブドウづくりを目指して、栽培に適した土地を探していたところ、2000年、長野県上田市丸子地区陣場台地と出会いました。
到着すると、あたり一面、見渡す限りのブドウ畑が広がっていました。約30ヘクタール(東京ドーム約6個分)にもなる畑を統括するのは、椀子ワイナリー長の田村隆幸さん。ブドウの栽培から醸造まですべてを担う、ワインメーカーでもあります。田村さんと一緒にブドウ畑(ヴィンヤード)をめぐり、〈椀子ワイナリー〉が取り組んでいるサステナブルなワインづくりについてお話をうかがいながら、日本ワインのテイスティングまでが楽しめる「椀子プレミアムツアー」に参加しました。
まずは、ヴィンヤードめぐり。ブドウづくりにふさわしい条件とは?
蓼科山や浅間山が一望できるテラスからは360度ブドウ畑の美しい景観が広がります。ヴィンヤードマップには、畑ごとにブドウの品種名が書かれていました。メルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、シラーなど。2003年、この地にヴィンヤードを開園した当初から育っているブドウはもう20年目を迎えました。
娘・ひいな(以下、ひいな)「ブドウの品種ってどれくらいあるんですか?」
田村隆幸ワイナリー長(以下、田村ワイナリー長)「ブドウの品種全体ですと4,000種もあります。その中でも有名なのは20〜30種くらい。〈シャトー・メルシャン〉では、試験的なものも含めて20品種ぐらい育てていたんですが、〈椀子ヴィンヤード〉では現在、8品種を育てています」
父・テツヤ(以下、テツヤ)「日本のワインといえば“甲州”というイメージがありましたが、ここはよく聞く有名な品種ばかりですね」
田村ワイナリー長「甲州はそのほとんどが山梨県で栽培されているんですよ。どの場所にどのブドウが適しているのかはいまも試行錯誤を続けています。真ん中にシャルドネの広い畑があるんですが、そこをシラーに植え替えようと計画しています。一番南にある畑は、2019年に造成したばかりで、これからも少しずつ畑を増やしていく予定です」
テツヤ「何年くらいで収穫ができるようになるんですか?」
田村ワイナリー長「収穫がはじまるのは3年目くらい。本当に品質が高くなるには10年くらい必要です。最初に植えたものは2003年で、後から植えたものは2009年。そこから10年経った2019年に〈椀子ワイナリー〉がオープンしました」
田村ワイナリー長とともに、ヴィンヤードを歩きました。ここは昔、絹の産地で一帯は桑畑でした。しかし、絹糸産業の衰退とともに桑畑は遊休農地となってしまいました。次に新しい作物として朝鮮人参の栽培に挑戦するも、連作障害が発生して他の作物が育たず、それ以降は、大部分が耕作放棄されていたのだといいます。
1999年から、メルシャン社で新たに広い畑を持ちたいということで、各自治体にかけあい、ヴィンヤードに適した場所を探索。そして、この上田市丸子地区陣馬台地と2000年に出会いました。
高品質なブドウ栽培のためには、日照量の多さ、降水量の少なさ、水はけの良さ、寒暖差の大きさ、風通しの良さといったさまざまな気象条件が関係してきますが、この陣場台地はそのすべての条件をクリア。ブドウ栽培にとても適した土地だったのです。
田村ワイナリー長「ここ陣場台地はその名の通り、台地に位置していてここは台地の上なんです。実は徳川軍が上田城を攻める時に、陣を張った場所だからその名が付いたそうなんですよ。傾斜があるので、たとえたくさん雨が降っても流れていきやすく、水はけがいい。また、見ていただくとわかりますが、陽をさえぎるものがどこにもなく、日照は申し分ない。特に上田市は、日本でも映画のロケ地にもよく使われる場所で、その理由は晴天率が高いから。日本の年間平均降水量は1,800mmほどですが、山梨県は1,000~1,200mm、上田市は800~900mmと日本平均の半分ほどなんですよ」
テツヤ 「わぁ、それはまさにブドウを栽培するための場所じゃないですか!」
田村ワイナリー長「さらにここは風がずっと吹いているんです。午後になると強くなることも。ブドウは濡れると病気になったりするので、風が乾かしてくれるんですね。また風で揺らされることもブドウにとっては重要なんです。実はワインの香りの成分は、ブドウのストレス応答でできる物質なんですよ」
テツヤ「ストレスを与えることで、よりワインに適したブドウになるっていうことですか?」
田村ワイナリー長「そうなんです。紫外線、温度、風、水分の少なさもストレスですね」
ひいな「ブドウにとっていい環境ではないけれど…」
テツヤ「ワインには適しているってことですね。なるほど!」
自然との共生を目指すヴィンヤードへ。サステナブルな取り組みを実践。
取材に訪れた4月。剪定されたブドウの樹が整然と美しく並んでいました。まだ葉も生えず、芽が出たばかりですが夏にかけてこれからどんどん生い茂り、秋にはブドウの実の収穫を迎えるのです。
ひいな「ブドウって、どうして毎年枝を切るんですか?」
田村ワイナリー長「ブドウの実は新しい枝にしかつかないんですよ」
ひいな「わぁ、知らなかったです!」
田村ワイナリー長「よく見ると、前の年の枝が残っています。短梢(たんしょう)剪定と言って、残す枝を短く剪定します。芽が出たら不要な芽を取り除く『芽かき』をするんですが、山梨や長野の人はこれを天ぷらにして食べます。不思議なことに芽もブドウみたいに酸っぱいんですよ。若葉も天ぷらにして食べます」
テツヤ「うわぁ、そりゃうまそうだ!」
畑を歩いていると、パリパリっと乾いたいい音がします。実はこれ、ブドウの剪定した枝をくだいて、土の上に敷き詰めているのだそう。
田村ワイナリー長「去年の分はもう土になっています。昔はこの枝を燃やしていました。そのため二酸化炭素が発生していましたが、いまはこうして土へ戻すことで発生させません。また葉っぱも取り除かず、光合成によって二酸化炭素を吸収してくれますし、残った種や皮もすべて堆肥にして土に還します」
ひいな「ブドウの実だけがワインになって、それ以外も捨てることなく活用しているんですね」
テツヤ「わぁ、ゴミゼロですね!」
田村ワイナリー長「在来の雑草が生えていると昆虫もやってきます。なかでも蝶をひとつの指標にしていまして、月に一度、調査をしているんです。造成前の状態からブドウ畑にして何種類見つかるかを観測して、どれだけ変化するのか研究を続けています。また、絶滅危惧種の『オオルリシジミ』という蝶がやってくることを願って、その幼虫の唯一の食草である『クララ』の再生活動なども、地元の小学校の子どもたちとともに行っています」
テツヤ「雑草も生えてるし、蝶も飛んでいるし、鳥の鳴き声もたくさん聞こえてきます」
田村ワイナリー長「昆虫が戻ってくると、鳥もやってきます。ここには蝶や鳥だけじゃなく、ミミズやクモの研究をしている先生も訪れるほどなんですよ」
テツヤ「なかなかこんなふうに畑を見せていただけないので、とても興味深いです」
ひいな「日本酒は蔵がお米をつくることが少ないので、原料の生産現場に行くことがなかなかないので、とても勉強になります。生物の多様性を守ることとブドウという恵みをいただくことが、ここではうまく成り立っているんですね」
田村ワイナリー長「ぜひ、〈椀子ワイナリー〉に来て、実際に見てみてほしいですね」