第2回 誰かの住む街と菓子 下北沢〜池ノ上『初夏に食べたい、新旧』
写真家の高野ユリカさんが写真と文で綴る新連載。街や建築についてのお仕事をフィールドワークとする高野さんが、街を歩いて見つけたスイーツを切り口に‶街と菓子”を語ります。
数年前、友人が下北沢から引っ越した。それを境にか、コロナ禍が理由だったかはわからないけれど、ごちゃごちゃしていて色々な人や情報が密な下北沢に足を運ぶ理由がなくなっていた。それでも周りの人から、下北随分変わったらしいよという話はよく耳にしつつ、気にはなるけど正直家から出る理由にはならないなーとすっかり先延ばしにしていた。
4月某日、思いがけず初夏みたいな暑さの日。着てきた上着の鬱陶しさに後悔しながらも下北沢駅で降りる(駅が...綺麗になってる...駅前の風景も動線も全然違うのだけど...あのヒューマンスケールの独特なカオス感はどこへ?)。あまりの変容に驚き、知らない街を歩くみたいにキョロキョロしながら、新しくできた「個店街」reloadにある〈OGAWA COFFEE LABORATORY〉へ。珈琲店には見えないオーガニックシャンプーでも売っていそうなミニマルな店内。四角い窓からの街のシークエンスは既知の下北感ゼロ。店員さんの手によってエアロプレスで抽出される珈琲を眺めながら、お供の菓子にはカフェオレソフトクリームを注文した。スポットの当たるカウンターに、コーンスタンドに絶妙な角度で刺さる薄茶の渦がスッと差し出されまばゆる! 登場の仕方がうっとりするほど眩い。珈琲の粉が上に降っていて、そのコントラストに目を奪われる。......衝撃。目の前がなんだかチカチカするな!私の稚拙なソフトクリーム史が更新されていく。甘すぎずさっぱりな大人味で、しっかり苦味も酸味も感じられて上質な珈琲ゼリーのようでした。
初夏の後味にうっとりしながら、変化した下北沢をしばらく散策。再開発で見通しが良くなって、もともとの地形の凸凹が前より見えやすい。下北沢よ、こんななだらかな丘の地形だったのね。心なしか街にいる人もなだらかな人種になってない? お昼時でごはんも食べたいなと思い、ごちゃごちゃした下北感の残る南口の雑居ビルの奥の〈Curry Spice Gelateria KALPASI〉へ。“カレー屋さんの作るジェラートが絶品らしい”そんな噂を聞き、参りました。店内に入るとスパイスのいい香り。入り口の食券機で早速カレーとジェラート2種付の食券を購入。スパイシーで爽やかなカレーの後には、ジェラート“ウーシャンフェン杏仁”と“山椒ショコラーデ”の2種を選択(名前も好き。全8種類食べてみたい)。カレーに使うスパイスと同じものが入っているそうで、どちらもあっさりした甘さやほろ苦さにピリっと炸裂する後味が斬新。2種を混ぜて食べてもおすすめと言われ食べると、わー、確かに2種混ぜると深みが倍増。カレーっぽい食べ方。食べていくにつれて口の中がビリビリしてきた。飽きない、癖になる!
最後は池ノ上駅方面まで歩いて、1971年創業の老舗洋菓子店〈池ノ上ピエール〉へ。人が行き交う通りの外観から、すでに街に愛されてる菓子店の空気感がにじみ出ている。持ち帰り用にビアリッツ(抹茶、ゆず、クランベリー)と苺のショートケーキを購入。ビアリッツはなんだか歴史が詰まった味がするのに、気取らず差し入れにぴったりなポップな可愛さ。ショートケーキは黄色くてふわふわのスポンジと生クリームの優しさが絶妙。丸いショートケーキってなんだか幸せですね。この日私は、下北沢〜池ノ上で初夏の新旧を手に入れたのでした。
写真と文 高野ユリカ
こうの・ゆりか/写真家。新潟生まれ。ホンマタカシ氏のアシスタントを経て、2019年に独立。建築、環境、街などの分野を中心に活動。 https://www.yurikakono.com/