冷やされ忘れたマヨネーズ#02 中華はツヤ|小原 晩エッセイ
#02 中華はツヤ
最寄りの大阪王将にばかりいる。ずっと中華を食べている。中華は食べているという感じが一番ある。焼肉よりある。
中華は大人数で行くのがいいと言われているのは知っている。皿の数が増えれば、品も増える。いろいろなものを、少しずつ味わうことができるから。そういう面もあると思うし、そういう集まりがあるのなら、いく。
でも、ひとりで食べる中華が好きだ。何かひとつおかずを選んで、白米とスープのついてくる中華の定食を食べるのが好きだ。
とびきり好きなのは、チンジャオロースである。
これはもともとわたしにとって家庭の味だった。父の得意料理だったのである。
ピーマンを細く切る。豚肉も、たけのこも、それに揃えて細く切る。あとは、オイスターソースで炒めておしまい。片栗粉も入らない。ただ、炒めるだけ。そうして、皿に盛られたもの、妙にうまかった。
大人になってから、これの作り方を父に教えてもらった。あっけらかんと教えられたその手順に、おどろいたことを覚えている。それからというもの、自分の台所で、ふたり分の分量を用意し、作り、ひとりで平げた。外では、まず食べなかった。外のチンジャオロースには、オイスターソースのほかに、いろいろと余計なものが入っているかもしれないと思ったからである。
それでも、年を重ねるたびに、外のも食べてみようじゃないかという気持ちになって、あちこちで食べてみたこともある。けれど、牛肉が使われていたり、玉ねぎが混ざっていたり、味に焦げたお醤油の気配がしたりで、どうも求めているものとはちがった。
そんな折、大阪王将のチンジャオロースを見つけた。これにも玉ねぎが入っていたのだけれど、あるとき「玉ねぎを抜いてもらえますか」とたずねると、こころよく応じてくれた。そして、やって来た皿の中身は、たいへんうまかった。満足して、それからというもの、そればかりを食べている。
もう実家を出て、十年になる。父が死んで、八年が過ぎた。あの味は、遠くなった。それでも、思い出せるのだ。チンジャオロースの日は、三杯も四杯もごはんをおかわりをして笑われたこと。片栗粉が入っていなくても、チンジャオロースはつやつやだったこと。レシピを教えてもらったときの、父の平らな照れたまゆげを。
日常には、知っている味が必要だ。さまざまな思い出はきれぎれに、ところどころよみがえる。子どもの自分と、すっかり大人になった自分とが、行きつ戻りつする。そうしているうちに、腹が満ちる。そうして、愛された断片と、愛した断片をかきあつめるようにして、どうにかこうにかやっていくし、やってきた。われわれは、そんなふうに、するしかないと思うのである。

おばら・ばん 1996年、東京都生まれ。作家。2022年に自費出版でエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(のちに商業出版)を刊行。その他の著書に『これが生活なのかしらん』。
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