大きな夢を抱く子どものお受験のために、母親になりすます家庭教師。犯罪ともいえる行為に踏み切った主人公の思いとは?

大きな夢を抱く子どものお受験のために、母親になりすます家庭教師。犯罪ともいえる行為に踏み切った主人公の思いとは?
大きな夢を抱く子どものお受験のために、母親になりすます家庭教師。犯罪ともいえる行為に踏み切った主人公の思いとは?
CULTURE 2025.11.21
配信サービスに地上波……ドラマや映画が見られる環境と作品数は無数に広がり続けているいま。ここでは、今日見るドラマ・映画に迷った人のために作品をガイドしていきます。今回は家庭教師先の子どものお受験のために主人公が偽装ママになる『フェイクマミー』について。

単なる家庭教師だった主人公は教え子の才能を知って前のめりに。

前回のコラムで、最近“天体系”のドラマが多いし気になるということを書いたが、10月からのクールにも“天体系”のドラマがあった。TBSの金曜ドラマ『フェイクマミー』だ。

主人公は、東大卒で大手企業に勤めていたが、会社を辞めて転職でつまずいている花村薫(波留)。彼女はベンチャー企業の試験を受けたが不合格。しかし、その社長の日高茉海恵(川栄李奈)から、娘のいろは(池村碧彩)の二か月後のお受験のために、高額で薫に家庭教師を依頼される。

最初はいろはと薫は平行線であったが、いろはが書いた落書きが、太陽系の惑星を位置もぴったりに書いていたことを見て、彼女が宇宙に対するたぐいまれなる理解力を持っていることを知る。ここが、このドラマが“天体系”だと感じた所以である。

これまでの家庭教師には心を閉ざしていたいろはだが、このことをきっかけに、薫と心を通わせることになる。いろはは、宇宙飛行士になりたいという夢を持っており、彼女が憧れている女性宇宙飛行士と同じ名門の柳和学園小学校に行きたいと考えていたのだった。

最初は、単に家庭教師として接していた薫だが、いろはの才能を知って、彼女の夢を後押ししたいと前のめりになるのだが、このふたりが、ぐっと近づくところがいいのだ。

いろはの母の茉海恵は、自分が柳和学園の色にそぐわないことから、薫にいろはの母親であると偽装してお受験をしてほしいと頼む。

薫は当初は断ろうとしていたが、自身の炎上により合格は無理と諦めた茉海恵の姿と、宇宙への深い理解があり、将来有望ないろはの夢をここで諦めさせるなんてできないと考え、薫の気持ちに火が着き、自身が母親になりすますことを決意。結果、いろはは柳和学園に合格するのだった。

可視化される女性を分断する社会構造、サスペンス的要素……目が離せない展開。

しかし、薫は社会の中で、女性として理不尽なめにもあっている。そのことで、他人が理不尽な目に合ったり、夢を半ばで諦める人がいるのが耐えられないのかもしれない。

彼女は、かつては一流企業で働いていて、社内で表彰されることもあり評価されていたが、会社は、時短勤務の同僚を昇進させ、評価されてきた薫が補佐にまわらせるような人事を彼女につきつけた。会社の「働く母親を支える制度改革が急務で、その象徴として」の人事であった。

こうした問題は現実にもあるが、どちらかからの言い分をドラマに描くと、分断を煽ることにもなりかねない。

しかし、このドラマでは、子育てしながら働いている同僚の高梨由実(筧美和子)の困惑した表情を映しており、ふたりが個人的にすれ違っているのではなく、会社や社会が彼女たちを分断しているのだと分かる構図になっている。

なにより、そんな薫が、困った母親(茉海恵)の代わりに、母親になりすましていることからして、母と独身女性が、いがみあうドラマではないことは一目瞭然だ。

女性同士の在り方も描かれていて興味深いドラマだが、薫がやっていることは、偽装であり犯罪でもある。また、いろはの父親であるライバル会社の社長・本橋慎吾(笠松将)が、茉海恵の会社に嫌がらせをしかけてきたり、いろはのことを巡ってコンタクトをしてきたりもしている。このサスペンス的な部分も、徐々に盛り上がってきて、目が離せない展開になっている。

脚本を書いたのは、TBSの脚本家発掘・育成プロジェクト「TBS NEXT WRITERS CHALLENGE」の第1回で大賞を受賞した園村三で、彼のオリジナルである。

このドラマを書いたきっかけは、自身も子どもが私学に通っており、あるとき、彼の妻が、Xを見ていたら、家政婦の人の「とある学校で私が母親のふりをしています」という内容のポストを見たことにあるという。

損得よりも義を重んじる物語。

話数がすすむと、薫が偽装のママであることを、学校の教師である佐々木智也(中村蒼)に徐々に勘づかれることになる。彼はかつての薫の家庭教師であったが、当初は薫のことを忘れていたのだった。

しかし、智也も実は薫と同様にアツい気持ちの持ち主だ。5話では、いろはたちの事情を知った上で、いろはの夢や可能性を鑑みて、教師として「子どもの未来を守る責任がある」と考え、いろはが学校で学べるように協力すると約束することを決意する。つまりは、この犯罪にもなり得る出来事の共犯者になったのだった。

5話の後半で、薫は、これまでの人生は自分が「正しい」と思っていたキャリアだけが、正解ではなかったことに気付き始めている。そして、茉海恵やいろはと過ごしたことや、偽ママになったことが自分にとっての「変数」となり、これまで知らなかった価値観に気付けたと話している。

私はもともと、損得よりも義を尊重する物語が好みなのだ。それは、アジアのノワールなどによく描かれてきた(最近、少なくなってきたのだが)。子どもの可能性の芽をつぶさず、困っている人がいたら放っておけない、そして凝り固まった考えを捨てて、他者の生き方も肯定する。そんな薫のキャラクターが魅力的だから、この物語にひかれているのだ。

text_Michiyo Nishimori illustration_Natsuki Kurachi

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