おひとり様推奨!身に覚えのない妊娠で奪われていく自由と尊厳。閉ざされた修道院に潜む狂気がシスターを襲うホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』の見どころ

おひとり様推奨!身に覚えのない妊娠で奪われていく自由と尊厳。閉ざされた修道院に潜む狂気がシスターを襲うホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』の見どころ
おひとり様映画#12
おひとり様推奨!身に覚えのない妊娠で奪われていく自由と尊厳。閉ざされた修道院に潜む狂気がシスターを襲うホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』の見どころ
CULTURE 2025.07.17
デートや友達、家族ともいいけれど、一人でも楽しみたい映画館での映画鑑賞。気兼ねなくゆっくりできる「一人映画」は至福の時間です。ここでは、いま上映中の注目作から一人で観てほしい「おひとり様映画」を案内していきます。今回は映画『IMMACULATE 聖なる胎動』について。鑑賞後はひとりで作品を噛み締めつつゆっくりできる飲食店もご紹介。

今作がおひとり様映画におすすめな理由

『IMMACULATE 聖なる胎動』

今日的なテーマ性と娯楽性を併せ持ち、短い時間ながら満足度の高い一作。ただショッキングな描写や演出もあるのでまずはひとりで観にいくのがおすすめかも。

妊娠や出産というのは「生命の神秘」などと神聖化される一方で、オカルト映画の先駆けとなった名作『ローズマリーの赤ちゃん』を筆頭に、これまで幾度となくホラーの題材としても選択されてきた。日本では「マタニティ・ホラー」とも呼称されるそのジャンルはとりわけ最近増加傾向にある。『オーメン:ザ・ファースト』や『フォルス・ポジティブ』に『エイリアン:ロムルス』、日本では未公開だが『ローズマリーの赤ちゃん』の前日譚である『Apartment 7A』もそうだ。そこには妊娠・出産に伴う苦痛やストレス、肉体の変化だけでなく、身体の権利が脅かされている昨今の情勢や不同意の性交渉に対する恐怖が込められているのだろう。そして7月18日に日本公開となる『IMMACULATE 聖なる胎動』もそのひとつ。人里離れた修道院で、イエス・キリストを産み落とした聖母マリアと同様に処女懐胎をした若き修道⼥に降りかかる恐怖を描いた一作だ。

敬虔なキリスト教徒であるセシリア(シドニー・スウィーニー)は、暮らしていたアメリカ・デトロイトの教区閉鎖に伴い、テデスキ神父からイタリアの美しい⽥園地帯に佇む大きな修道院へと招待される。そこはカタコンベ(地下墓地)の上に建てられた歴史ある修道院で、老いたシスターの最期を看取る施設としても機能していた。神父や修道長と対面したのち、終生誓願で貞潔・清貧・従順を誓ったセシリアは正式に修道女となる。彼女の信仰の根源にあるのは、幼少期に冬の湖で溺れ、7分間の心停止の後に蘇った奇跡の経験だった。「私は神に生かされてる」と彼女はテデスキに語る。

少しずつ修道生活に慣れた頃、貞潔を守ってきたセシリアのお腹の中に生命が宿っていることが発覚。思わぬ出来事にショックを隠せないセシリアだが、一方の神父や修道女たちは「聖母マリアの再来」とその妊娠に歓喜する。だがお腹が大きくなるにつれ身体には不調が現れ、さらには彼女の妊娠を妬んだ同輩の修道女から風呂場で殺されかける事件も発生。不安を感じたセシリアが外の病院に行きたいと言っても神父たちは聞く耳を持たない。その後も次々と周囲で起こる不穏な出来事に身の危険を感じたセシリアは、固く閉ざされた修道院からの脱出を図るが……。

ホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』

修道院を舞台に宗教と妊娠を扱った作品ということで「高尚なホラー」を想像する人がいるかもしれないが、本作は上質ではあるが高尚ではない。むしろ意図的にそうならないよう工夫が凝らされている娯楽性の高い作品と言えよう。89分という今時珍しいタイトなランタイムは「ジェットコースターに乗っているような楽しい映画にしたかった」と語るマイケル・モーハン監督の狙いによるものだし、安直な手法と評されがちなジャンプスケアを用いることも本作は恐れない。映倫区分がGとは思えないショッキングな映像もあれば、イタリアらしくジャッロ映画を意識したであろう鮮血の使い方がダイナミックなシーンも挟まれる。おまけに物語は「修道院から抜け出そうとした修道女が凄惨な目に遭う」という伝統的かつ丁寧なアバンタイトルから始まるなど、大人しそうな外観とは裏腹にほとんど退屈する暇がない。

ホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』

かといって俗っぽい作品かと言われるとそうではないのが本作の美点。それはときおり宗教画を思わせる重厚な撮影や本物のカタコンベをはじめとする美しくも不気味な立地など、あらゆる優れた要素が入り混じった結果であろうが、何より大きいのは主人公のセシリアを演じたシドニー・スウィーニーの存在であろう。スウィーニーといえば、ゼンデイヤ主演のHBOドラマ『ユーフォリア/EUPHORIA』でブレイクし、最近ではグレン・パウエルとW主演したロマンティック・コメディ『恋するプリテンダー』で破格の大ヒットを飛ばした売れっ子俳優。本作では主演に加えプロデューサーも兼任している。というのも本作の基となった脚本はもともと2014年に映画化企画として進められていて、その時のオーディションに参加したのがブレイク前のスウィーニーだった。結果的にその企画はお蔵入りしたのだが、脚本を気に入ったスウィーニーがブレイク後に映像化の権利を買い取ったのだという。そして『観察者』でもスウィーニーとタッグを組んだモーハン監督に白羽の矢が立ったのだ。つまり本作においてはスウィーニーが一番の立役者なのだが、その思い入れもあってか演技の熱量が凄まじい。

ホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』

敬虔な信者としてイタリアの修道院に辿り着いたばかりのセシリアは、新天地や異言語に不安は感じているものの表情はとても穏やか。だがそこから些細な違和感の累積でグラデーションを描くように少しずつその顔は歪んでいく。例えば終生誓願でセシリアは枢機卿と神父の前に跪き指輪にキスすることを求められるのだが、支配と従属を示すその構図は性的な奉仕を想起させる。彼女はイタリアに到着した際の入国審査でも性的な視線に晒されていたが、そこにある搾取的な構造は修道院に入ってからも変わらない。

そして妊娠してからは、彼女は胎児の器として扱われるようになる。彼女が風呂で襲われた時も、周囲の人々の心配の矛先は胎児ばかりで彼女は思わず「私は大丈夫じゃない(I’m not ok)」と口にするが、それは現実にもよくありそうな光景だ。その後も彼女には妊娠した自分の身体をどうするか、という選択肢は一切与えられない。彼女が置かれている状況は、ドナルド・トランプ再選後にSNSで広がった「Your Body, My Choice(お前の体、俺の選択)」という悪辣なワードを思い出させる。この映画で描かれる恐怖は超自然的ではなく人為的なものなのだ。その不条理に懸命に抗おうとするスウィーニーの眼差しは自分の身体に対する決定権や尊厳を奪いゆく今の時代を睨みつける。そしてひたすら「IMMACULATE=汚れのない」ものとして扱われ続けた彼女が、最後に発する表情と叫び。一度観たら忘れられないそのスウィーニーの凄みはぜひ劇場で見届けてほしい。

ホラー映画『IMMACULATE 聖なる胎動』

今日的なテーマ性と娯楽性を併せ持ち、短い時間ながら満足度の高いホラー映画である『IMMACULATE 聖なる胎動』。誰かと観にいくのもいいけれど、苦手な人もいるであろう過激な映像やジャンプスケアも含まれるのでまずはひとりで鑑賞するのがベターかも。

ISO
ISO
ライター

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。


公開情報
『IMMACULATE
『IMMACULATE 聖なる胎動』


2025年7月18日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開

https://klockworx.com/immaculate

© 2024, BBP Immaculate, LLC. All rights reserved.

text_ISO

Videos

Pick Up