おひとり様推奨!お下劣さと幸福感が鮮やかに交差するA24初のミュージカル映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』の見どころ
今作がおひとり様映画におすすめな理由
最高にノリノリでハッピーだけど、全編お下劣で狂気が迸る一作。かなり際どい台詞やギャグが盛りだくさんなので、同行者と気まずくならないためにもおひとり様で観にいくのが吉!
第82回ゴールデングローブ賞で最多4部門を獲得した『エミリア・ペレス』(3/28公開)を始め、世界中で大躍進中の『モアナと伝説の海2』、米国で批評家・観客から圧倒的な支持を得ている『ウィキッド』(3/7公開)に『ベター・マン』(3/28公開)など、ミュージカル映画が隆盛を極めている今日この頃。そんな中、気鋭の映画スタジオA24が初めて放つ異色のミュージカル映画がついに日本でお披露目されることはご存知だろうか。
それが1月17日公開の映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』。日本でも特大ヒットを飛ばした『グレイテスト・ショーマン』や『ラ・ラ・ランド』のスタッフが集結した名手たちによる逸品……と聞くと真面目で劇的な作品を想像するだろうが、男性器のスラングである「ディック」をタイトルに冠しているとおり、その内容は極めて(!!)お下品。HPには「映倫が定めた本作のレーティングは R15+ですが本編には大変不謹慎で過激なシーンがあるため、 18 歳以上の鑑賞を推奨します」と見たことのない警告がなされている。
だが強烈な風刺コメディを得意とする名匠ラリー・チャールズが手掛けるだけあり、その品質はお墨付き。お下品かつ狂気的でありながら、可愛らしく幸福感に満ちた無二のミュージカルコメディに仕上がっている。頭を空っぽにして観られる、というか強制的に頭を空っぽにさせられるパワーが強烈。この愛らしく、ハッピーで、クレイジーな物語を前にすれば、あらゆる疲れやネガティブな感情は吹き飛んでいくことだろう。
ニューヨークに暮らすクレイグ(ジョシュ・シャープ)とトレヴァー(アーロン・ジャクソン)は、女性にはモテまくり、会社では営業成績No.1と公私共に順風満帆なセールスマン。幸せの絶頂かと思いきや、一人親家庭で育った彼らの心はどこか満たされずにいた。そんなある日、彼らがそれぞれ働いていた会社が合併! 初対面したクレイグとトレヴァーはトップの座を奪われたくない一心でいがみ合うが、ひょんなことから2人が幼い頃に生き別れた双子だと判明する。
2人は心の穴を埋めるため、離婚した両親を復縁させようと画策。変装で入れ替わり、互いの親の説得に挑む。だが文化的に見えた母エヴリン(メーガン・ムラーリー)は常識が通じない自由人で、洒脱な父ハリス(ネイサン・レーン)は最近ゲイであることを自覚したという。加えて父は隠れて飼育している謎のクリーチャー「下水道ボーイズ」にゾッコン。規格外の曲者である両親に2人は苦労しながらも、何とか両親をロマンチックなレストランでデートさせることに成功する。これで計画は成功と思いきや、事態はあらぬ展開へ。そのままクレイグとトレヴァーは、ニューヨークの地下世界に秘められた珍妙な秘密を知ることに……。
冒頭からいきなり「本作を書いたのは勇敢な二人の同性愛者 ゲイが物書きとは人類初」などと際どいテロップが出るが、それは脚本と楽曲も担当するゲイの主演俳優ジョシュ・シャープとアーロン・ジャクソンのこと。もともと本作は彼らが製作・主演を手掛けたミュージカルが原案なのだ。一卵性で瓜二つの双子役を演じつつ実際のところまったく似ていないのだが、彼らが演じるクレイグとトレヴァーのキャラがとにかくえげつない。どちらも驚異的なナルシストで傲慢、女性蔑視的で有害な男らしさに取り憑かれている。最低な言動も飛び出すが、彼らは家族の再生を介し自身の弱さと向き合うことに。かなりカオスな作品だが本作の軸にあるのは家族と成長の物語なのだ。
そんな双子の様子を俯瞰的に眺める物語の語り手として登場するのが、全身シルバーの艶やかな衣装に包まれた神様。演じるのは『ファイアー・アイランド』などに出演するボーウェン・ヤン。彼がまたクィアなキャラなのだが、この神様をはじめ本作には全編にわたりクィアネスが宿っている。街に貼られている『My Queer Lady』(元ネタは『マイ・フェア・レディ』)などの映画ポスターも、名作をクィア変換しているものなのでそこにも注目!
流石は一流のスタッフが集結しているだけあり、劇中で披露されるナンバーはどれも極上。キャッチーで思わず口ずさんでみたくなるメロディを、これでもかという最低な歌詞がマッドに彩っていく。両親を復縁が難航している折に披露される「You Can’t Give Up」は、諦めるなという素敵なメッセージが込められたパワーバラードだが、その内容は双子がこれまで欲を満たすためにしてきた犯罪行為のお披露目会。音と言葉の乖離が素晴らしく酷いのだ。
また特筆すべきはクレイグとトレヴァーが勤務する会社のボスを演じたラッパー、ミーガン・ジー・スタリオンが披露する一曲。女性蔑視的な双子が放った「ビッチ」という言葉に対し、ウーマンパワーで男たちを下僕に変えるキラーチューンを披露する。パワフルでゴージャスな圧巻のパフォーマンスに脳汁が溢れ出すこと確実だが、劇場でスタンディングオベーションしないよう注意されたし。
カオス極まれりな終盤にはラリー・チャールズらしい皮肉も見え隠れ。「そんな愛のカタチ、気持ち悪い!」といった差別的な言動に対し、思いもよらぬ角度からカウンターをお見舞いする。そんな真っ当な一面も若干ありつつ、全編不謹慎なおふざけ&下ネタのオンパレード。書くのが憚られるほどのどぎついギャグも飛び出しつつ、そこに可愛らしさも共存しているのが本作最大の魅力だろう。中でも手作り感満載の「下水道ボーイズ」もキモ可愛さは格別。気づけば彼らのことばかり考えてしまうようになるに違いない。
馬鹿馬鹿しさでエネルギーをチャージしてくれる観る栄養剤のような一作だが、刺激が強すぎて誰かと一緒に行くと際どすぎてソワソワしてしまうかも。おひとり様で気兼ねなく笑って楽しむのをおすすめしたい。
1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。
公開情報
1月17日(金) 新宿ピカデリー、渋谷ホワイト シネクイントほか全国ロードショー
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監督:ラリー・チャールズ 『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』
製作:ピーター・チャーニン 『グレイテスト・ショーマン』 音楽:マリウス・デ・フリース『ラ・ラ・ランド』『ムーラン・ルージュ』
出演:ジョシュ・シャープ、アーロン・ジャクソン、ネイサン・レーン『ライオン・キング』、ボーウェン・ヤン、ミーガン・ジー・スタリオン
text_ISO edit_Kei Kawaura