大切なのは饒舌さではなく、目の前の声に耳を傾けること。/第8回 ヒコロヒーのナイトキャップエンタメ

CULTURE 2023.01.16

疲れた心と体に染み込む、ナイトキャップ(寝酒)代わりのエンタメをヒコロヒーが紹介。第8回は、アメリカ文学翻訳家で随筆家でもある藤本和子によるエッセイ集『イリノイ遠景近景』をお届け。

藤本和子/著『イリノイ遠景近景』

第8回ヒコロヒー2

本作はアメリカ・イリノイ州のカントリーサイドに住む著者による、生活と観察の記録。近所の店での盗み聞きから、ナチスドイツ時代を生き延びたユダヤ人との会話まで、彼女が出会った多くの人々からの聞き取りがベースになっている。イリノイ州といえば、アメリカ中西部の中でも民族構成の多様化が著しい地域。著者自身もここでは移民だが、本作には雑多な人々が登場する。

私が興味を持ったのは、女性ホームレスのための緊急シェルターで手伝いをする日々を記した章。アフリカ系アメリカ人が多く住む地域にある施設で、入所者も麻薬依存者や元放火犯などさまざま。入所者のボーイフレンド(元殺人犯)が脅しに来たりとトラブル続きなのだが、あまりに淡々と書かれているので滑稽にさえ思えてくる。きっと彼女にとってはただの日常なのだろう。ほかにも中国のスパイが家に夕食を食べに来る(!)話などもあったが、どんだけエピソードトーク強いねん!

これだけのエピソードをお持ちということは、著者は相当コミュニケーション能力が高い人なのだと思う。そう言うと明るく饒舌な人として褒めているようだが、私が言いたいのはそういうことではない。きっと本当のそれは、相手に興味を持ち、相手の気持ちを考えながら話を聞く力のこと。私もいろんな声に耳を澄ましてみたくなったのだった。

text : Daisuke Watanuki

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