児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#11「まどろみと愚痴」――イギリス・バースの古代ローマ浴場遺跡へ

児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#11「まどろみと愚痴」――イギリス・バースの古代ローマ浴場遺跡へ
ぶらり訪れた先で、何を食べ何を思う? 小説家・児玉雨子さんの「街歩きエッセイ」
児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#11「まどろみと愚痴」――イギリス・バースの古代ローマ浴場遺跡へ
TRAVEL 2026.01.20
児玉雨子さんの街ブラエッセイ。今回は前回のフランス・パリに続く海外編。イギリス・ロンドンの近郊にある世界遺産の街バースを訪れたお話です。

 パリに三泊したのち、ユーロスターに乗ってロンドンに向かう。イギリスは初めて!

 そして、イギリスに行ったら絶対に行きたいと思っていた場所に、バースがあった。その名の通り、古代ローマ帝国属州ブリタニア時代の温泉地だったそうで、イギリスやヨーロッパのひとには人気の観光地のひとつらしい。また小説『フランケンシュタイン』作者のメアリー・シェリーの出身地でもある。むりやり日本の都市に例えるなら、京都や金沢のように歴史的景観を保全した地域だそうだ。

 バースのことはたしか、高校生のときに世界史の授業で先生が教えてくれた記憶がある。ドイツのバーデン=バーデンと並んで「風呂」と名付けられた地名がある、ということに妙な衝撃を受けて、ずっと頭の片隅にあった地名だった。今考えればむしろこれが世界基準で、日本に温泉地および活火山が多すぎるのだが……。

 ローマン・バースのある「バース・スパ」駅はパディントン駅から電車で約2時間弱だ。ホテルからパディントン駅へ向かい、駅構内でテイクアウトしたサンドを車内で食べて、うたた寝していると、あっという間につく。バースの街は広く、何をどう回ればいいかわからなかったので、現地ツアーに参加することにした。

 待ち合わせ場所のバース寺院に向かう。バース寺院のファサードには梯子をのぼる天使たちが彫られていてかわいい。

 ツアーはバース大学の学生さんがガイドしてくれて、イギリス人老夫婦2組と一緒にバースの街を歩く。老夫婦たちが早口で何を言っているか全然聞き取れず、帰ったら語学学習をもっとがんばろう、と心に誓いながら美しい景色を回る。

 途中でガイドの学生さんの咳が止まらなくなり、ツアー客のうちのひとりのおばあさんが、彼女と、ついでに私にも飴をくれた。私も日本の飴やおやつを持ってくればよかったな~と思いながら、スースーする飴をいただきつつ、街の歴史や豆知識を教えてもらう。

 バースは第二次世界大戦でナチスから歴史的・文化的な街をターゲットにした空爆に見舞われ、世界遺産に登録された建物も激しく損壊してしまったそうだ。この作戦は「旅行ガイドブックに載っているところをすべて爆撃しろ」とナチス軍人が言ったという逸話もある。なんて邪悪な作戦だろう。言葉を失う。戦争なんて絶対反対。

 そういった深刻な歴史をはじめ、街にゆかりのあるエンタメまでガイドさんが教えてくれた。とくにパルトニー橋で映画『レ・ミゼラブル』(2012年)のロケ地になったという話をしてもらったときは、思わず「なに!?」と声を上げて驚いてしまった。というのも、バース観光前日にロンドンで『レ・ミゼ』のミュージカルを観たばかりだったのだ。今まで私たちにどう接すればいいかわからなさそうだった老夫婦たちが、私たちのリアクションに思わず笑ってくれて、一気に心の距離が近づいた。『高慢と偏見』のジェーン・オースティンが住んでいた「ゲイ・ストリート」や高級集合住宅の「ロイヤル・クレセント」などを見て回り、最後に念願のローマン・バースの入場チケットを受け取り、現地ツアーは解散。

 約2000年前から今も湧き出し続けているsacred springs(聖なる源泉)や浴場遺跡もよかったけれど、ローマン・バースでいちばんおもしろかったのはcurse(呪いの札)の展示だった。日本でなぜか池や噴水にお金を投げ入れて願掛けをする風習があるように、古代ローマ人も金属の板に愚痴を書き、それを神に聞いてもらっていたらしい。「お気に入りの布を盗まれました」など、私が「古代ローマ人」に抱く壮大なイメージとは対照的な、市井の悩みが掘り込まれている。温泉って疲れも出るけど、なんかふとむかついた記憶もよみがえって、あれこれ考えちゃうよね……と古代ローマ人に親近感を抱いてしまう。

 夕飯はローマン・バースの目の前にあるパブ&レストランThe Crystal Palaceへ入る。通された席には、隣のご家族がバースのショッピングモールで信じられないほどの爆買いをしたようで、買い物袋がイスに乗せられている。「あ、あの……」と話しかけると、それに気づいたおじいさんが「ごめんごめん!」と立ち上がってその買い物袋をどかしながら「クリスマスだからね、買いすぎちゃったんだよ」と照れくさそうに笑う。ちなみに、このときは11月後半だ。ボケなのか文化の違いなのかがわからず、「めっちゃ最高ですね~!」とチャラい返事しかできなかった。

 同行人はフィッシュアンドチップス、私はシチューパイという、イギリスのトラディショナルなごはんをいただいた。私は揚げ物やパイが好きなので、イギリスでの食事がすごく楽しかった。

 一日の終わりに、古代ではなく現代のスパ施設「サーメ・バース・スパ」に入る。国や地域によってスパの入り方は違うが、ここは水着着用の施設だった。日本の熱々な温泉とは違い、35度前後の温水プールのようなかんじだったけれど、旅行中は湯船に浸かる機会がなかったので、ここのスパ・サウナでじっくり温浴できて大満足だった。

 体の芯まで温まった状態で電車に乗り、ロンドンへ戻る。ぽかぽかの状態で夜、電車に乗っているときにゆっくりとやってくるまどろみは、よく使うスパ銭から家までの帰り道と同じ体温をしている。世界のどこにいても食事・風呂・睡眠の感覚は変わらない。

Information
The Roman Baths

The Roman Baths, Abbey Church Yard, Bath BA1 1LZ
Great Western Railway「Bath Spa」駅より徒歩10分。

URL:https://www.romanbaths.co.uk/

Information
The Crystal Palace

The Crystal Palace, 10-11 Abbey Green, Bath, Somerset, BA1 1NW
Great Western Railway「Bath Spa」駅より徒歩10分。

URL:https://www.crystalpalacepub.co.uk/

Profile
児玉雨子
作詞家、小説家。

アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。2025年に『目立った傷や汚れなし』(河出書房新社)刊行。

Instagram:@amekokodama

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