児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#5「ブームの底の懐中電灯」――横浜美術館「佐藤雅彦展 新しい× (作り方+分かり方) 」で見つけた光

児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#5「ブームの底の懐中電灯」――横浜美術館「佐藤雅彦展 新しい× (作り方+分かり方) 」で見つけた光
ぶらり訪れた先で、何を食べ何を思う? 小説家・児玉雨子さんの新「街歩きエッセイ」
児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#5「ブームの底の懐中電灯」――横浜美術館「佐藤雅彦展 新しい× (作り方+分かり方) 」で見つけた光
TRAVEL 2025.07.29
作家・児玉雨子さんの街ブラエッセイ。今回は、現在、開催中の「横浜美術館リニューアルオープン記念展 佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」を訪れての巻。「ピタゴラスイッチ」「だんご3兄弟」「0655/2355」など数多くのコンテンツを生み出した佐藤さんの創作の軌跡をたどり、雨子さんが発見したこととは。

 空が梅雨という季節を忘れてしまったのだろうか。早すぎる夏の到来にあわてて衣替えや掃除などの夏支度をしていたある日、2025年6月28日から横浜美術館で開催される「佐藤雅彦展新しい×(作り方+分かり方)」の内覧会にご招待いただいた。

 普段私の生活の中にはない「内覧会」という言葉に手が止まる。メッセージの文脈から、音楽でいう解禁前音源、リハーサル、演劇でいうゲネプロ、映画でいう試写会だろうか。間違いがあってはならないので、念のためその言葉を検索してみる。AI要約では「新築物件が出来上がったとき、購入者が当初の契約と相違なく建てられているかどうかを確認する会」といった説明が表示される。そんな大きな買い物をしたおぼえはないので、きっとこの意味ではないはずだ。日本国語大辞典のアプリで引いてみるが、掲載されていないようだった。

 もういちど、検索窓に「内覧会 美術館」と検索し直すと、いくつかブログやYahoo!知恵袋のようなサイトがヒットする。
〈縁あって内覧会に招待されたのですが、どういった雰囲気なのですか? 自分のような者は場違いなんじゃないかと心配です〉

 12年前の質問が目に入った。そんなハイソなイベントなのか……? と私まで不安になりながらスクロールしていると、
〈レセプションみたいなものです〉
〈お客さんが少ないので、ゆっくり見られますよ。楽しんでください!〉
と、あたたかい返信の痕跡が残っている。もはやインターネットやSNSは誹謗中傷とバズのステージとして語られてしまうことが多いけれど、たまにこういった、自分の手の届く範囲で生きていると出会えないような誰か同士が、あたたかい言葉を交わしていたログに出くわすこともあるから、嫌いになれない。12年前のどこかの誰かが、別のどこかの誰かに向けた言葉に私はほっと胸を撫で下ろし、よろこんで参加の返事をした。

横浜美術館のピタゴラ展

 当日は入場手続きをすませ、順路通りに進んで展示を眺める。過去のアーカイヴと共に、佐藤雅彦氏が模索しながら作り出した広告やCM作りの公式が解説されており、なんか、こんなに見せてもらっちゃっていいのだろうか……と少々不安になるほど。

 とくに、展示中盤にあった「だんご3兄弟」ブースに釘付けになってしまった。「だんご3兄弟」は当時NHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」内で放送されていた月のうた(幼児向けの番組には、月ごとに毎日流れる歌、というものがある)なのだが、こどもたちの間で人気を博し、放送終了後NHKへ多くの電話が殺到したことでCDリリース化したらしい。わずかひと月、リリースまでを入れればほんの数ヶ月の間で、だんご3兄弟はひとつの「時代」になってしまったのだ。

横浜美術館のピタゴラ展

 さらに、ブーム当時、私は小学校低学年で世代だったいうのもあるのだが、実はあれだけの大ブームに佐藤氏本人が困惑、そして反対していたという説明が続き、ぐっと前のめりになる。
 CMや広告という、いってしまえば、より大きな消費を引き起こさせる装置を作っていた佐藤氏が、CMのない公共放送でこどもたちのために制作した歌と映像が、結果としてあれほど巨大なブームを起こしてしまうという、なんとも皮肉な出来事が起こっていたのだ。

 元こどもとして当時を思い出せば、猫も杓子も「だんご」や「3兄弟」というフレーズが流行り、今思えばおそらく公式制作ではないキーホルダーなどのグッズが出回り、その後も「おかあさんといっしょ」では「あっという間劇場」というコーナーは約5年も放送が続き、こどもの視聴者に親しまれていたにもかかわらず、大人たちからは勝手に「懐メロ」の烙印を押され――。「だんご3兄弟」に限らず、往々にしてブームというのは当事者を置いて膨らんでいってしまうものだけど、それにしても起こそうと画策してみごと成功したブームと、望んでいない形に膨れ上がってしまったブームの間には大きな何かが横たわっているような気がしてならない。元こども、現作詞家の自分としてはとても衝撃的で、ブースを出たあと、いそいで美術館の休憩スペースに向かい、スマホメモアプリに感想を打ち込んだ。

 〈制作者の手を離れた歌。こどもの手を離れた歌。歌は歌うことで、聞き手を当事者にする。こどもは当事者だった。当事者をさしおいて、いつのまにか古くなっていた歌。何かをなつかしいものにできる権利は誰にある?〉

 内覧会を出て横浜美術館内にある「馬車道十番館 横浜美術館 喫茶室」に入って、アプリに打ち込んだ文字を読み返す。

横浜美術館のピタゴラ展

 「だんご3兄弟」と並べるのはおこがましいことだけど、私も過去に数曲、アニメやゲーム用に歌詞を書いた歌がSNSでバズったり、一種のネットミームになったりしたことがある。もちろんある程度の数字は期待していたものの、いずれもバズを狙って作ったものではなく、とにかく歌ってくれるキャラクターやコンテンツのファンのことばかり考えていたので、歌詞の一部が切り貼りされ文脈を超えてミームになってゆくのは、狐につままれたようだった。

 替え歌そのものには抵抗を感じない。歌手がライブで歌詞にアレンジを加えて歌うことも私もおもしろがっちゃうし、決して悪い気はしないのだ。そしてそれをきっかけに、歌を知って好きになってくれるひとがいるという側面もある。替え歌や二次創作自体はいいのだけど、ただ、リリース直後から原曲を好きだと言ってくれたリスナーほど、どうもそのミームから置いてけぼりになっているのが気がかりだった。

 自分たちが親しんだ歌はそういう歌じゃないのに。そういう投稿やコメントを見るたびに、「だんご3兄弟」がブームになって、大人たちが難しい替え歌をし始めたときに、どんな表情でその瞬間をやり過ごせばいいか戸惑った幼少期が頭を過ぎる。

 ぜんぜんおもしろくないのに、笑ってみる。周りが笑っているから、これはおもしろいのだと思い込む。あのときの疎外感めいたものを佐藤雅彦はあのブームの渦中でしずかに気づいていて、そのあとも数々のコンテンツでこどもたちのことを忘れないでいてくれた。そのことを知ることができただけで、小さな懐中電灯を手にしたような安心感が生まれる。これさえあれば、というほどではないけれど、きっとしばらくは大丈夫。

 ヒットそのものはなにも悪いことじゃないのだ。むしろ私は、いくら書くことそのものにたのしみを見出したり「だれかひとりのために書いている」と賢しらにインタビューで答えたりしながらも、心の隅ではあわよくばヒットしないだろうかと野心を抱えて作っていることは否定しきれない。だけど、万が一聴いてほしかったはずの「だれかひとり」から歌を取り上げかねない激しい嵐が起こったとしても、もしくはなにも起こせない暗中模索の日々が続いても、この日手にしたこの小さな豆電球が私の足元を照らしてくれるだろう。

横浜美術館のピタゴラ展
「佐藤雅彦展」会期中の限定メニュー「アップルπ/6(ろくぶんのぱい)」。大きめの「アップルπ/4(よんぶんのぱい)」もラインナップにありました。
作家の児玉雨子
Information
馬車道十番館 横浜美術館 喫茶室

〒220-0012 横浜市西区みなとみらい 3-4-1 横浜美術館内
*みなとみらい線「みなとみらい」駅〈3番出口〉から、マークイズみなとみらい〈グランドガレリア〉経由徒歩3分
または〈マークイズ連絡口〉(10時~)から徒歩5分

横浜美術館リニューアルオープン記念展
佐藤雅彦展
新しい×(作り方+分かり方)

会期:2025年6月28日(土)〜11月3日(月・祝)
時間:10:00〜18:00(最終入館17:30)
休館:木曜日

観覧料など詳細は公式HPをご確認ください。

Profile
児玉雨子
作詞家、小説家。

アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。17人の作家によるリレーエッセイ集『私の身体を生きる』(文藝春秋社)に参加。

Instagram:@amekokodama

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