ゲストのお悩み、解決するのはこの一冊! 犬山紙子さんのために選んだ一冊とは?/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
〈本屋B&B〉のスタッフ、木村綾子さんがさまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う本を処方していくこちらの連載。第2回目は、プライベートでも仲の良い犬山紙子さんをむかえ、彼女が今ハマッているという二次元のキャラクターを交えた、ディープなカウンセリングが繰り広げられました。
今回のゲストは、エッセイストの犬山紙子さん。
トホホな生態を持つ美女たちを描いた『負け美女』でデビュー。その後、女性たちの複雑な思いをユーモアたっぷりにすくい上げた著書で同性からの支持を獲得。現在は、文春オンラインにて、本にまつわる、むらむらと衝動が湧き上がる現象を考察したコラム『むらむら読書』を連載中。
プライベートでも仲の良いふたり。他愛のないお喋りからスタート!
犬山紙子(以下、犬山)「そういえば木村、私の誕生日に本くれたことあったよね?」
木村綾子(以下、木村)「あげた気がする!何あげたっけ?」
犬山「なんかね、エッチな言葉用語集みたいなやつ」
木村「『官能小説用語表現辞典』だ!たしかデビューしたての頃だよね。もっと言葉を知りたいって言っていた時期」
犬山「それだ、私が下ネタ好きなのも知ってて」
木村「官能小説って描写がほんとすごいからさ。文章表現の参考にはなったでしょ?」
犬山「なかなか使える機会ないけど非常に楽しませてもらいました(笑)」
木村「今日この前は、取材だったの?」
犬山「そう、私『ヒプノシスマイク』っていう二次元の男の子たちがラップをするコンテンツにはまってるんだけど。その中のキャラクターに、お弁当をつくるならどんなお弁当かって話を、彼と一緒に同居してる幼馴染みに乗り移ったという設定で話してきたの『SPUR』に」
木村「その話、『SPUR』大丈夫?」
犬山「「あなたが好きな人にお弁当をあげるなら、何をあげますか?」って企画だったから、「相手、二次元ですけどいいですか?」って実現した感じ(笑)」
犬山さんのお悩み、その1。「短歌や文学を理解した上で、『ヒプノシスマイク』を楽しみたい」
木村「前回、高山都ちゃんとは、仕事におけるセルフブランディングの話から恋愛のお悩みまで、働く独身女性同士の話で盛り上がったんだけど。犬山は結婚前も結婚後も、仕事とプライベート、それから趣味もうまくバランスとってやってる感じがするよね」
犬山「うーん、どうだろう? いろいろ問題は山積みだけど。いまは趣味のオタク活動に救いと癒しをもらってがんばれてる感じかな。自分がこんなにハマッちゃうとは、想像もしてなかったけど」
木村「ヒプノシスマイクで、犬山の推しはどんな人なの?」
犬山「私が推しているのは、“独歩(どっぽ)”っていう男性なんだけど。彼の歌う数行のリリックからね、私は彼の気持ちや今の状況なんかを妄想するわけ。新しい歌が出てくる度に、自分なりに解釈をしてみるの」
木村「え、情報って歌だけ!? 漫画とかアニメでのストーリー展開はないの?」
犬山「コミカライズはあるけど基本そう。でもそこがいいの!余白がたっぷりあるから妄想が無限に膨らむし、人によって解釈が違うからオタク友達と語り出すと何時間でもいけちゃう。…で、私思ったんだけど、ヒプノシスマイクの世界って、ひょっとしたら俳句に似てるんじゃないかなって」
木村「うーん、余白をたのしむ、っていう視点では、たしかに俳句の要素があるかもしれないね。でも聞いてると、もうちょっと感情寄りな気がするんだよね。短歌の方が近いかもしれない。575で風景を切り取るのが俳句だとしたら、あと14文字加えることで情が込められるのが短歌。こう考えるとわかりやすいかな」
犬山「それ!そういうお導きがね、欲しかったのよ!だから今日は木村に、広く「文学」を教えてもらいたいなって思って。それらをちゃんと理解した上で、私は改めて『ヒプノシスマイク』を楽しみたいの」
木村「お、オッケー(笑)。…ところで独歩ってどんなキャラクターなの?」
犬山「独歩はね、すごく社蓄で、あと少しうつ気味なの。普段は「ごめんなさい、ごめんなさい」って言ってるんだけど、ラップになると攻撃的で。「ぶっ殺すぞー」くらいのカタルシスを持って、彼は叫ぶわけ」
木村「それはいいキーワードを聞けたかも知れない。独歩って実は結構ダメンズで、報われないって感じの人?それをリリックに乗せるわけか。だとしたら…、啄木が近いのかなぁ」
犬山「おおお、さっそく来た!!」
木村さんが処方した本は…『石川くん(枡野浩一)』と『日本文学盛衰史(高橋源一郎)』
犬山「「石川くん」っていうのは、石川啄木のことでいいんだよね?」
木村「そう。石川啄木の短歌が、現代歌人・枡野浩一さんの解釈で現代語訳に表現されてる本がこれ。エッセーからは啄木のひととなりにも触れられるよ。たとえばほら、啄木の歌にある“一度でも我に頭を下げさせし人みな死ねといのりてしこと”が、枡野版になると…」
犬山「“一度でも俺に頭を下げさせたやつら全員死にますように” おおお!これこれ!いま完全に独歩の声で脳内変換された!これもう、解釈一致がはなはだしい」
木村「「石川啄木」って名前だけ聞くとさ、わ、国語の教科書の人!って、お堅くて偉大なイメージが浮かぶかもしれないけど。実はぜんぜんそんな人じゃなくて。仕事サボって友達から借金をしては女の人とイケナイことして、自己嫌悪にまみれて一首詠む。的な(笑)。サイテーなのに、なぜか憎めない。そんな啄木がユーモラスに描かれてるの」
犬山「いいねー。そういう姿に独歩を重ねながら、いちいち萌えて読みたいわ」
木村「本当は、ヒプマイ独歩と国木田独歩との類似性を指摘できたらスマートだったんだけどなぁ…。ヒプマイ作った人は、なんで独歩をこのキャラにしたのか…。」
犬山「こんど教えてください!!!」
木村「これは、二葉亭四迷からはじまる近代文学作家の人となりと作品を、小説家でもあり評論家でもある高橋源一郎さんが解釈を加えて小説にした一冊。でね、その“解釈”ってのが、ぶっ飛んでて最高なの!」
犬山「ここにも啄木が出てくるんだ?」
木村「啄木も出てくるけど、さっきの『石川くん』を気に入ってくれたなら、他の文豪にもヒプマイ味を感じてもらえるかもしれないという期待を込めて」
犬山「夏目漱石、森鴎外、坪内逍遥、泉鏡花、「蒲団」に「こころ」「三四郎」……って、名作だらけだ……」
木村「それだけ見ると敬遠しちゃうのはわかるんだ。でもね、この本読めば、教科書に載ってるような偉大な作家さんにも、私たちと同じようにちゃんと生活があって、ダメだったり情けなかったり欲にまみれてたり、人間臭い部分がめちゃくちゃあったんじゃん!っていうのがわかって、すごく身近に感じられるよ。名作って言われてるものも、そういう生活のなかで生まれたものだってわかると、私たちの生きる現代と地続きにあるものだって感じられるし」
犬山「なるほど、ハードル下げてくれるんだね」
木村「ちょっとこれ見てみてよ! 啄木がローマ字で日記を書いてたことは知ってる?うだつの上がらなかった日々をローマ字で書いたのは、愛する妻が読んで傷つかないように。と本人は言ってて、屈指の日記文学にもなってるの。これだけ聞くと美談じゃない?」
犬山「うんうん」
木村「でも実際にはめっちゃ浮気してたこと書いてるから(笑)。原典は文語だからそこまでサイテー感が伝わってこないんだけど、これが高橋版「ローマ字日記」として紐解かれると…。伝言ダイヤルで女性誘って、「109」前で待ち合わせして会ったけど顔がブサイクでお金無駄にしたとかって、まさに今日渋谷で起きててもおかしくない臨場感が出るわけよ」
犬山「サイテーだ(笑)」
木村「あと、新刊が発売されたときの読者の反応が、インターネットの掲示板風に描かれてたり、漱石が途中で胃潰瘍になるシーンではリアルな胃カメラの写真が添えられてたりして「エッ!」ってなるからね」
犬山「「漱石こんな胃してたんだ」って思いを馳せながら読み進められるわけね」
木村「実際には高橋さん自身の胃の写真なんだけどね。歴史に名を残してる大作家さんを揶揄しながらも、とにかく文学をおもしろがらせるための仕掛けが満載なの。私はこれを読んで、文学研究ってこんなに自由なんだって思わされたんだ」
犬山さんのお悩み、その2。「両方の意見を理解できていないと、偏った発言になってしまう」
犬山「コメンテーターのお仕事をしていると、時事問題に対して反射神経がすごく必要なんだけど、たとえば意見が二分したときなんかは、自分の考えは果たして正しいのかって揺らぐときがあって」
木村「自分が勉強不足だなって感じたとしても、何か意見を言わなきゃいけない立場じゃない?そういう時ってどういう気持ちでコメントしてるの?」
犬山「私のモットーとして、被害者に寄り添うっていうのはひとつあるんだけど。でもそのためには、両方の意見を理解できていないと、偏った発言になってしまうから。難しいんだよね。私の発言によって救われる人がいれば傷つく人もいる。そのことはしっかり自覚しておこうと思ってる」
木村「でも最近の犬山は、生き方や考え方、幸不幸の捉え方は人それぞれでどれも間違ってないんだってことをポジティブに発信してるよね。それを子どもの世代のスタンダードにしようと活動もしてる」
犬山「ダメなところをイジって笑い飛ばす風潮があったけど、これからはそうじゃなくて、肯定し合う人間関係の築き方がスタンダードになっていくべきだなって。だから読書からも、いろんな生き方に触れたいと思ってるんだよね」
木村さんが処方した本は…『無限の玄/風下の朱(古谷田奈月)』と『あひる(今村夏子)』
木村「小説家の川上未映子さんが責任編集を務めた文芸誌早稲田『文学増刊号 女性号』が去年発売されたのね。「女性」と「書く」ことをテーマに総勢82人の書き手が参加して、古谷田さんはここに、女性が一切出てこない「無限の玄」を発表したの。女性号に、男だけの家族の物語を描いたところに、私は古谷田さんの挑戦を感じたんだよね」
犬山「かっこいい!この雑誌とても話題になっていて気になっていたのだけど、そんな作品も収録されているんだね」
木村「対となる「風下の朱」で描いたのは野球部を作ろうと奮闘する女子大生の姿。一般的にメジャーなのは野球だけど、女子の世界になるとソフトのほうがメジャーに反転するでしょ?同時に、野球をやってる主人公たちもマイナーな存在としてあしらわれる。目を凝らせば世の中にも見いだせるこういう構造を、野球部とソフトボール部の対立って形で描くんだよね。あと、「生理」への抗いや嫌悪感ってのも、大きな主題になってるって感じた」
犬山「ジェンダーに関しては、ニュースとか新聞とかで考える機会が多いけど、文学の現場では作品としてどう表現されてるのかを知っておくのも、すごく大事なことだと思う」
木村「犬山は、子どもたちの心に寄り添う活動をしてるから、今村夏子さんの小説はぜひ読んでいてもらいたいと思っていたの!」
犬山「子どもを描く作家さんなの?」
木村「うん。……うーん。描いてるのは子どもであって子どもじゃないっていうか。勧めておいてはっきり言えないところがもどかしくもあり、そこがこの作家さんの驚異でもあるんだけど。子どもの目を借りて物語の世界に入っていくと、当たり前のように受け入れてた景色が一気に歪む瞬間が訪れて、読む前の価値観には戻れなくなる感じ」
犬山「怖いけど、そこまで価値観が変わる体験、とても興味がある!」
木村「とくにこの『あひる』は、暴かれてしまった感がすごかった。簡単に言えば、家にあひるがやってきました。学校帰りの子どもたちが遊びに寄ってくれるようになって家が活気づきました。大人たちは喜んで、子どもたちを手懐けようといろんなおもてなしをしました。…でもね、子どもがなにも気づいてないと思ってる?って話」
犬山「そのあらすじだけでも気になる……」
木村「デビュー作『こちらあみ子』もぜひ読んで欲しいよ。純粋で一途なゆえに、負の標的とされてしまう女の子の話。“あみ子的な”って表現が一般的になってほしいとすら思う傑作なんだよ」
カウンセリングを終えて…「萌えながら読めるぜー!」(犬山さん)
犬山「啄木の“友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたたむ”が枡野訳されると……。“友達が俺よりえらく見える日は花を買ったり妻といちゃいちゃ” ああ、たまんない…。まさに私の描いてた妄想世界です……」
木村「犬山の萌えが爆発してる(笑)。お気に召してなによりだよ」
犬山「そんなに独歩のこと知らないはずなのに、本当にすごいと思う。作家さんの中でいちばん独歩に近いのって、やっぱり啄木なのかな?」
木村「昔の人で言ったら啄木だし、現代でいったら、枡野さんだと思うから、枡野さんと啄木の組み合わせこそ、犬山にとっては最強なんじゃないかと。石川啄木の歌集だけだったら勧めてなかったと思うな」
犬山「くぅー、萌えながら読めるぜー!こうやって自分の知らない作家さんの作品を教えてもらえるってありがたいことだね。木村のプレゼンつきだと俄然読みたくなるし」
犬山「木村はね、たぶん私はこういうのは読んだことあるなっていうのを、外してセレクトしてくれている気がして。きっと『あひる』とか、私が刺激に弱いのを知っていて、選んでくれたんでしょう?」
木村「ある一文によってそれまで見えてた世界がガラッと変わる感じ、好きでしょう?(笑)」
犬山「やっぱりそうだ!今日で木村のことがさらに好きになったよ」
木村「あの本の感想を人と話したことってあんまりないから、嬉しいな。犬山は、社会問題とか人の心の問題にも敏感だから、きっと深く感じるものがあると思う」
犬山「本を読んで感想を言い合うのって楽しいよね。この間、木村にも取材させてもらって、超おもしろかったわけですよ。この人はこんな本の読み方してるんだなって」
木村「あのときは谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』の魅力を力説したら、犬山どんどん引いてったよね(笑)」
犬山「コーフンして谷崎氏の肉声朗読まで聴かせてきたんだもん!「ほら、ここでよだれをすするよ」とか詳しく解説付きで……しばらく耳に残って消えなかったわ、谷崎氏の声(笑)」
今回、ご購入いただいたのは…
なんと、木村さんが処方した4冊すべてをご購入いただいた犬山さん。「今日読んじゃうんだろうな。原稿たまってるのに」と笑いながら話してくれました。