愛は「個別的な物語のメタファー」であることを証明した『ボーイフレンド』シーズン2|松田青子エッセイ

愛は「個別的な物語のメタファー」であることを証明した『ボーイフレンド』シーズン2|松田青子エッセイ
自分の目で、世界を見たい Vol.16
愛は「個別的な物語のメタファー」であることを証明した『ボーイフレンド』シーズン2|松田青子エッセイ
LEARN 2026.03.01
この社会で“当たり前”とされていること。制度や価値観、ブーム、表現にいたるまで、それって本当は“当たり前”なんかじゃなくって、時代や場所、文化…少しでも何かが違えば、きっと存在しなかった。情報が溢れ、強い言葉が支持を集めやすい今だからこそ、少し立ち止まって、それって本当? 誰かの小さな声を押し潰してない? 自分の心の声を無視していない? そんな視点で、世界を見ていきたい。本連載では、作家・翻訳家の松田青子さんが、日常の出来事を掬い上げ、丁寧に分解していきます。第16回は、恋愛リアリティショー『ボーイフレンド』シーズン2について。五話分、放映回数が増えたことで聞こえてきた「声」とは?

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松田青子
松田青子
作家・翻訳家

まつだ・あおこ/『おばちゃんたちのいるところ』がTIME誌の2020年の小説ベスト10に選出され、世界幻想文学大賞や日伊ことばの架け橋賞などを受賞。その他の著書に、小説『持続可能な魂の利用』『女が死ぬ』『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』(いずれも中央公論新社)、エッセイ『お砂糖ひとさじで』(PHP研究所)『自分で名付ける』(集英社文庫)など。

愛って何だと思いますか?

Netflixの恋愛リアリティショー『ボーイフレンド』、シーズン2もすばらしかった(泣)

シーズン1は、私の頭の中で「あの名作」と呼ばれており、大好きなシーンを、あとからYouTubeで公開された本編未公開シーンとともに時々思い出してはいまだにグッときている。

シーズン2は、共同生活の期間が一ヶ月伸びて二ヶ月間になり、エピソード数も五話分増えたのだが、この五話分増えたことで今回可能になったことが、今の社会においてとても大切なことなんじゃないかなと感じた。

五話分の余裕によって、恋愛パートではない、グリーンルームでの雑談やそれぞれの人生や生活の中の悩みや考えが、きつきつじゃない、ゆったりとした流れで見ることができた。

私が特に感銘を受けたのは、リビングで「愛って何なのか」というテーマで一人一人答えていた際の、フーウェイさんの答えである。

大学院でジェンダー学を研究しているフーウェイさんは、愛は「個別的な物語のメタファーだなって思っちゃう」と言い、腑に落ちていないように見える周囲に伝わるように、しばらく言葉を重ねた。みんなさらにわからなくなったのか、フーウェイさんの話の後も沈黙が続き、ウィリアムさんが「むずかしい」とつぶやいて、その一連の流れは終わった。

松田青子連載イラスト

全て伝わらなくても歩み寄る。

このエッセイ連載でも何度か書いているけれど、現在のSNSがベースになった社会生活の中では、わかりやすさが重視される。パッと面白さやすごさ、ひどさなどの要素がわかりやすく伝わったものがバズり、一瞬良くも悪くも人気になる。つまり、わかりにくいもの、さまざまな読解の余地を含むものは、この土壌においては見過ごされやすい。

リアリティショーも本来ならば伝わりやすさを軸に展開するものだ。

けれど、『ボーイフレンド』のシーズン2は、「恋リア」的な誤解や喧嘩だけではなく(そしてシーズン1で最高に面白かったユーサクさんの鶏むね肉にまつわるいざこざのようなことでもなく)、もっと根源的な、それぞれ違う性格と過去と人生を持つ人と人が出会い、かかわるうえでの伝わらなさを、未公開シーンではなくて、本編に収録した。

「愛って何なのか」と聞かれた時、それぞれの答えは違う。簡潔な一言で説明できる人もいれば、少し言葉が必要な人もいる。まだはっきり言葉にできない人だっている。その事実だけでも、愛は「個別的な物語のメタファー」であることを裏付けているし、シーズン2が番組全体を通して証明してみせたことそのものだろう。

ヒロヤさんとトモアキさんの新宿二丁目のゲイコミュニティについての会話も、伝わらなさをめぐる場面の一つだ。お互いを理解したくても、まずはそれぞれこれまでに積み重ねてきた日々と経験、「個別的な物語」が邪魔をしてしまう。けれどその先で、それでも歩み寄る姿勢は愛である。

四十歳で『ボーイフレンド』に参加したカズユキさんが、グリーンルームで時を過ごすうちに、新しい出会いを追い求めるのではなく、十五年間付き合っていた人との日々をジャーナリングで振り返っていく姿が丁寧に、温かく描かれたのも、今回素晴らしかったことの一つだろう。思い出を読み上げる姿が「恋リア」でこんなにしっかり映し出されるのはなかなかないことなのではないか。カズユキさんの「個別的な物語」は、こういう愛のかたちもあるのだと愛の「幅」を示したし、シーズン2の深みにつながっていた。

松田青子連載イラスト

自分と違う他者への気づき。

もう一つシーズン2で特徴的だったのは、結婚や子どもを持つことの可能性ついて言及され、それぞれのカミングアウトについて語る場面が何度もあったことだ。シーズン1ではカミングアウトしておらず、周囲に背中を押される側だったテホンさんが、シーズン2では、自らの経験とともに、カミングアウトをまだできていない人たちを勇気づける立場になった。

このカミングアウトにおいても、自分はカミングアウトする必要がなかった、家族に理解されているジョウブさんが、家族関係で苦しんできたボーイズの会話を聞くことで居た堪れなくなって、退室する姿があった。けれど、ジョウブさんの母親が息子のセクシュアリティを受け入れてくれていて、北海道までおでんを持ってきてくれたと聞いたリュウキさんが、その「実態」を「奇跡」のようだと言う場面は、羨望だけではなく、その「実態」があること自体が希望だと感じているようにも思えて、何度見ても泣いてしまう。

違いや伝わらなさ、わからなさを描く「余裕」があったシーズン2が成し遂げたことは、固定観念や偏見でまとめられがちだったり、同性婚や夫婦別姓など、個人の選択が認められなかったりする社会において、とても大きなことだったと思う。そして、それぞれの苦悩や喜びとともに、「おしゃれ魔女トモアキ」の「萩の月」やヒロヤさんの3Dプリンター、ボミさんがずっとつけていたキツネのぬいぐるみなどなどのディテールがあまりにも愛しく、このすべてが愛なんだと言いたくなる。

text_Aoko Matsuda illustration_Hashimotochan

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