きゃりーぱみゅぱみゅの大人なLADYになるわよコラム 〜第75回 30代女子との会話はむずいわよ〜
第75回 30代女子との会話はむずいわよ
皆さま、ごきげんよう。30代女子の会話の難しさに頭を悩ませている、きゃりーぱみゅぱみゅです。

私はこの1月で33歳になったんですけど、友達とかと話してて最近ちょいちょい思うんですよね。
30代女子って何を話すのもむずい…。
いろいろ考えすぎて、何を話せばいいのかわからなくなってしまうことがよくあります。
例えば先日、お正月の帰省中に地元の友達の集まりに顔を出したら、妊活とか不妊治療の話で盛り上がる場面があったんですね。
私はそれを「うんうん」と言いながら聞いてたんですけど、
「きゃりーは結婚して1年目で自然に授かって本当によかったね」
これを言われたときに、めちゃくちゃ焦ってしまいました。
ここで変な返しをしてしまったら、嫌味に聞こえてしまうかもしれないし、なんなら相手を傷つけてしまうことになるかもしれないし、あ~、やばいやばいどうしようどうしよう…。

そう考えながら頭を超絶フル回転させて出した答えが、
「でも妊娠中は切迫流産と切迫早産になって、生きた心地がしなかったけどね…」
「ふ~ん、そっか~」
なんとか角を立てずに切り抜けられたみたいで、変な汗が出てきました。
いや、もちろんその友達全員にまったく悪意はないですよ?
意地悪な皮肉とかではぜんぜんなくて、本当によかったと思って言ってくれた言葉です。
でも私としては、それをどういう立ち位置でどう受け止めたらいいんだろうというか…。
自分はその大変さとか苦しみがわからないから「そうだよね、わかるわかる」とは言えないもどかしさが残ります。
素直に「ありがとう」と返したらいいところでも、「いや~、でも…」みたいにどうしてもなってしまうんですよね。
なんかこういう会話が30代になって、めちゃめちゃ増えてきた気がします。
とにかく気を使うようになりました。
昔は思ったことをそのまま普通に伝えられたはずなのに…って。

未婚だったり既婚だったり、子どもがいたりいなかったり。
ちょうどこのくらいの年齢から、みんな立場がそれぞれになってきているのを感じます。
立場の変化と一緒に、価値観、興味、ライフスタイル、世界もそれぞれになりつつあります。
この前、独身の友達から「こないだもディナー食べたあとに、レイトショーで映画2本観ちゃった」という話を聞きました。
日々子育てに振り回されてる自分にとっては、それがまるで別世界の話のように聞こえてきて、
「え~、いいな~」
今の自分にはできない羨ましさとともに、もはや住む世界が違いすぎて会話が噛み合ってない決まりの悪さが、この言葉になって私の口から出てきました。
ちょっと前まで私もそっち側にいたはずなのに、なんか不思議な感覚です。
「今からごはん行こうよ!」と誘われても、「その時間はいつも赤ちゃんが泣き出す時間だし、やめとくか…」とか「今から赤ちゃんの面倒をお願いしたら、夫は大変だろうな…」とか。
先回りしていろいろ考えてしまって、今ではすっかりつれない女になってしまいました。
子育てって予期せぬことの連続なので、何かあったときの“悪いほう”ばかりを考える癖がすっかりついてしまったみたいです。
昔あった「大丈夫っしょ!」の精神が減ってる気がします。
まあ、これが“守るものができた”ということなのかもしれないですけど…。

とはいえ、お互いにそれぞれがいる世界は尊重したいですし、相手の世界を否定しているように受け取られたくありません。
ということで、慎重に言葉を選んで話すようになりました。
その結果、気づけば何を話すにしても、必ず最後に「でも~~だけどね」と“自分を下げる要素”を入れている自分がいます。
わかりやすい例で言うと、こんな感じです。
「最近何してたの?」
「ロンドンでライブしてたよ」
「え~、すごい」
「でも、郊外のめっちゃ小さい会場だったけどね」
冒頭の「でも、妊娠中は生きた心地しなかったけどね」もこれと同じです。
ついでに言うと、これのもっと上品なバージョンを林真理子さんやジェーン・スーさんや大久保佳代子さんたちのコラムでもよく見かける気がします。
最後に自分をふんわり下げることで控えめなコミュニケーションを成立させてると思うんですけど、これがスマートにできていると美しさすら感じます。
まさに“大人なLADY”という感じですね。

でも面白いことに、これって日本国内でしか通用しないコミュニケーションっぽいんですよね。
以前、海外で「いやいや自分なんて…」と謙遜しながらインタビューで話してたら、「え、君はスターなんだよね? どっちなんだい?」と突っ込まれたことがありました。
海外の人には“自分を下げる”というコミュニケーションが基本的にないらしく、それどころか盛って自分を大きく見せながらしゃべるのがスタンダードみたいです。
実際に私の知り合いの外国人たちもそうです。まったく自分を下げることをしません。
例えば「自分は海外で超ハイレベルな学校に行ってたし、今はまだ本当の実力が生かしきれてない」みたいなことをいつも言ってます。
あと、誰が相手だろうと、勝負事は常にガチで勝ちに行こうとするし、それに負けると「ま、私は○○で1位取ったことあるけどね」と自慢のような負け惜しみを言います。
一般的な日本人の感覚としては「え、何この人? めっちゃグイグイじゃん」って思うかもしれません。
でも実は世界標準はそっちのほうで、特殊なのは日本人の感覚のほうらしく、こういうカルチャーの違いって面白いなあとつくづく思います。

で、この違いはどこから来ているのか?
私なりに考えてみたんですけど、これはやっぱり嫉妬の強い国民性だからなのかなと…。
例えば、海外の思考回路で「うちの息子はこんなにすごいのよ」とストレートに自慢されると聞いてて面白くないですよね?
嫉妬心が湧いてきて「ふ~ん、じゃ、失礼します」と会話が終了してしまいます。
でも、日本伝統の「うちのは本当にダメ息子で…」だと、「え、どうして?」と耳を傾けられてコミュニケーションが成立します。
ドヤると話を聞いてもらえないけど、自分を下げると話を聞いてもらえる。
つまり“プラスなこと”は嫉妬されてしまうから話せなくて、“マイナスなこと”しか話せなくなる。
なるほど、わかりました。
だから30代女子って、つい愚痴トークみたいなのに走っちゃうのか(笑)。
たしかに振り返ってみると、「最近、けっこう夫とケンカしちゃうんだよね…」みたいな切り口から転がっていく話が多い気がします。
でも、マイナスなことだからこそみんなすごく聞いてくれるし、「そうだよね、わかるわかる」と共感してもらえるんですよね。
今日もカフェとか温泉とか行くと、同僚のこととか彼氏のこととか旦那のこととか姑のこととか、どのグループも悪口ばっかり話しているのが漏れ聞こえてくると思います。
でも、それは嫌味にならないよう、ひたすら自分を下げて行ったら結果的にたどり着いてしまった愚痴大会。
お互いへの気遣いが織りなす団体芸だと思って、生暖かい目で見守ってあげてください。

















