「いまの世の中、一部の人だけがトクをしていてズルい」と思う気持ちって? |松田青子エッセイ
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まつだ・あおこ/『おばちゃんたちのいるところ』がTIME誌の2020年の小説ベスト10に選出され、世界幻想文学大賞や日伊ことばの架け橋賞などを受賞。その他の著書に、小説『持続可能な魂の利用』『女が死ぬ』『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』(いずれも中央公論新社)、エッセイ『お砂糖ひとさじで』(PHP研究所)『自分で名付ける』(集英社文庫)など。
恐るおそる臨んだ、アメリカへの入国審査。
今年の春、ハーバード大学で一週間を過ごした。一年以上前から進んでいた話ではあったのだけど、去年の私は仕事がとてつもなく忙しかったことや、同行する研究者さんの都合もあって、去年の秋に予定されていた滞在のスケジュールを、今年の春に変更していただいた。
さて、そのスケジュールが変更された期間に何があったかというと、アメリカの大統領選である。そして、ご存知のように、トランプ大統領が再び誕生。我々はトランプ政権になって混迷しているアメリカに、アジア人として行くことになった。
しかも、渡米まであと一週間というタイミングで、トランプ大統領がハーバード大学を公然と批判し、政府の助成金の打ち切りや、留学生の受け入れ資格取り消しの可能性をちらつかせたりと、露骨な圧力をかけはじめた。びっくりするほどピンポイントな事態だ。
ニュースで目にした人も多いと思うし、詳しいことはネット記事などを読んでいただきたいのだけど、排外主義と保守主義を掲げ、「アメリカ・ファースト」を推進しようとするトランプ政権と、多様性と留学生の人権を尊重するハーバード大学が全面対立している状況である。
ハーバード大学以外でも、アメリカ国内で、そして空港で、あらゆる人が「不法移民」扱いをされ、強制送還されたり、家族と離れ離れにされたり、施設に連行されたりといったニュースが耳に入ってくる。ハーバード大学の人たちも私たちの渡米を心配してくれて、入国する時はスマートフォンの電源をオフにしておいたほうがいい、最低でも出発の五日前からSNSに書き込まないほうがいい、などなど注意点を教えてくれた。
当日、ビビりながら入国審査に臨んだのだけど、そういった状況下であるせいか、むしろこちらを緊張させないよう心がけていることが伝わってくる、かつて入国審査で感じたことのないほどの優しさをまとった職員さんに当たり、拍子抜けするほどスムーズに入国できた。
そうして、無事ハーバード大学にたどり着き、一週間の間に、研究者や院生さんたちとの勉強会に参加したり、講演をしたり、空き時間は学内や近郊を観光したりして過ごした。
勉強会で出会った院生さんたちのほとんどが留学生だった。それぞれの研究内容や、不安な現状について穏やかに話してくれたけれど、もし本当に留学生の受け入れ資格取り消しが執行された場合、ここで研究ができなくなってしまう人たちばかりだった。日本に帰ってきてからも、みんな今どうしているだろうかと時々考えている自分がいる。

「お互いさま」の効用。
トランプ大統領が大学に圧力をかけはじめた頃、SNSで目にして私が驚いたのは、大学に助成金があったなんで知らなかった、不公平だ、という内容のコメントが多くの賛同を得ていたことだった。確かに、自分たちはお金をもらっていないのに、一部の人たちだけが恩恵を受けていることは、不公平に見えるかもしれない。
けれど、助成金があることによって、研究者は研究を続けることができる。ものすごくわかりやすい例だと、医学の分野だと、研究によって新薬や新たな治療法が開発され、結果的に、研究をまったくしていない私たちの命が助かったりする。普段私たちは意識していないことが多いかもしれないけれど、あらゆる分野の研究が存在し、誰かが持続させている努力のおかげで社会は少しずつ変化しているし、変化してきた。単純に、お金をもらってずるい、という話ではないのだ。
留学生に助成金を出しても、その後帰国してしまうから自分の国にとって損だ、とも言われたりするけれど、人によっても違うし、それはお互いさまのところがある。互いに留学生を受け入れることで相乗効果が生まれるし、世界がより豊かになる。これは今作家として、人文系に限られるところはあるけれど、大学の研究者や関係者にかかわることがあるなかで、実際にそう実感できることだ。研究者の人たちはどんなに忙しくても、留学生を受け入れ、面倒を見る。他の国の研究者たちと積極的につながろうとする。そうすることで、自分の研究している分野が途絶えずに続いていくことの重要性をわかっているのだ。

すでに、私たちはシェアし合う社会に暮らしている。
今年シーズン4が配信された『一流シェフのファミリーレストラン(The Bear)』というアメリカの大ヒットドラマがある。一流レストランで経験を積んだ主人公のシェフが、家族経営の小さな店を再生させていく物語なのだけど、このドラマで何度も描かれる印象的な場面がある。料理人や接客係の人たちが、有名レストランや、外国のレストランに見習いに行くのだが、受け入れる側は、どれだけ短い期間であっても、自分たちの構築してきた技術と知識を惜しみなく教えるのだ。自分たちの知識が他のレストランに、他の国に流出したら損だ、なんて考え方は存在しない。不況でレストランが次々と閉店していく苦しい局面でも、技術と知識をシェアし合い、サポートし合うことで、新たな人材が育ち、新しい何かが生まれてくる環境を死守しようとしている。これもまた様々な分野において、実際に行われていることだろう。
互いにシェアし合わないと、サポートし合わないと、いい社会、そして世界は築けない。でも、それが世界的に見て難しくなっているし、ずるい、と誰かに対して思わせることで、本当の問題から目を逸らせる手法は日常に溢れている。日本でも排外的な雰囲気は日に日に強まっていて、「日本人ファースト」を謳う政党も出てきた。もちろん今私が書いてきた文脈では測れない問題もある。でも、忘れてはいけないのは、シェアし合い、助け合い、混じり合ってきたことで変化してきた世界の恩恵を受けて、私たちはすでに生きていることだ。
text_Aoko Matsuda illustration_Hashimotochan


















