女性が知っておきたい、災害時の性暴力リスクと身の守り方

女性が知っておきたい、災害時の性暴力リスクと身の守り方
もしもの時に備えよう。防災図鑑AtoZ
女性が知っておきたい、災害時の性暴力リスクと身の守り方
LEARN 2025.03.11
災害大国日本。日本では、大きな災害が起こるたびに、女性目線の避難所の運営や、防災対策の不足が指摘されています。特に、女性を狙った暴力や性暴力は深刻な問題となっています。災害時、私たちはどのように自分の身を守れば良いのでしょうか? 性暴力の撲滅と安心安全な社会の実現を目指す、「日本フォレンジックヒューマンケアセンター」の長江美代子さんに、教えていただきました。

災害時、「困っている」と言えない女性たち

――災害時、避難所は女性とって過酷な状況だと聞きました。実際どんな困り事があるのでしょうか?

長江:災害時の避難生活では、生理用品の不足や、トイレが男女別でない、入浴ができないなど、健康面や衛生面、安全面などでさまざまな問題が発生します。中でも妊産婦さんは、体調管理や授乳についてケアが必要な時期に、それが受けられず、赤ちゃんの生育にも影響が及ぶ危険性も。しかし、多くの女性はそうした困った状況にあるにも関わらず、声を上げられないと言います。「こんな大変なときに」「自分のことで迷惑をかけたくない」と、遠慮をしてしまうのです。

日本では、育児や介護と言った場面で女性がケアラーの役割を担うことが多く、災害時においても、そうした役割が求められがちです。子どもや高齢者などの世話にまわり、自分自身のことは後回し。そのために、「助けて」と言えない状況があるのです。

――ケアラーとしての役割が女性に重くのしかかると、心身の負担はさらに増えてしまいそうです。

長江:実際、避難生活中に体調を崩すのは女性が多いと言われています。自分は我慢して、子どもやお年寄りに水を譲ってしまい、脱水症状を起こしたり、エコノミークラス症候群になってしまったりするケースもあるようです。また、精神的なストレスや、冷え、不衛生な環境から、膀胱炎や膣炎といった下半身の不調も出やすくなると言われています。

まさかこんな時に、こんなところで……。災害時の性暴力被害の実態

――災害時には、女性に対する暴力や性被害が増加するということですが、それはなぜでしょうか?

長江:一般的にストレスの多い環境では、暴力が増えることがわかっています。特に、災害時は、社会システムが働いておらず、警備体制もインフラも整っていない状況です。そうした混乱の中では、性暴力を含め犯罪が蔓延しやすい状況です。また、基本的に性暴力は、絶対的な力関係があると起こりやすく、加害者は自分よりも小さくて弱い者に加害行為を行います。そのため、多くの人が集まる避難所では、女性や子ども、高齢者がターゲットとなり、性暴力被害のリスクが高まると考えられます。

――例えば、どういった被害があるのでしょうか?

長江:就寝中に毛布の中に男が入ってきた、車中に連れ込まれて被害にあった、授乳をのぞかれた……といった、さまざまな報告があります。「まさか」と思うようなことでは、「入浴施設へ連れて行く」と若い女性が集められ、性被害にあった例もありました。

――性暴力加害者の特徴について教えてください。

長江:世間では、性加害者は一時の性欲やストレスによって、思いつきでそうした行為に及ぶと思われがちですが、実は、かなり計画的に犯行を行います。そのため、災害時という混乱していて捕まりにくい状況は格好の機会になりうるのです。また、高齢者は性被害にあわないだろうという思い込みもありますが、そんなことはありません。被害にあった高齢者は、「恥ずかしい」という思いからなかなか声を上げられないことも多く、そこにつけ込んで繰り返し反抗に及ぶ加害者もいます。

また、性暴力加害者の8割は、顔見知りだと言われています。信用できると思ってついて行った先で被害にあったり、家族や親戚から被害にあったりということがとても多いのです。ただ、災害時には、見知らぬ人による加害が普段の3倍に増えるというデータがあります。そのため、人の出入りが激しい避難所において、環境整備は重要な課題と言えるでしょう。

――性暴力被害は、肉体だけでなく精神にも大きな影響を及ぼします。その実態についても教えてください。

長江:性暴力被害は、「生きたまま殺される」とも言われ、心にも、深い傷をもたらします。その代表的なものがPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。性被害者の約半数が、被害後長きにわたりPTSDや精神的な問題に苦しめられることがわかっています。特に災害時は、遠慮から助けを求めることができない、我慢してしまう、といったケースも多く、被害の早期発見や対応に繋がりにくい実態もあります。

――災害時、性暴力被害のリスクが増加することが知られている中で、日本ではどういった対策がなされているのでしょうか?

長江:2016年の熊本地震あたりから、ようやくテレビで、災害時の性暴力やDVリスクについて報道があり、少しずつ、そういった事実が知られるようになってはきています。しかし残念ながらまだまだ十分な対策がなされている状況とは言えません。

日本では、性暴力被害者の支援先として、全国の都道府県に最低1か所「ワンストップ支援センター」が設置されていますが、対応にはかなり差があるようです。そんな中、私たち日本フォレンジックヒューマンケアセンターでは、病院拠点型のワンストップ支援センター」の設置拡充に向けて活動しています。性暴力被害者が、つらい状況の中で、自力で警察や弁護士へ相談したり、病院へ行ったりするのはなかなか難しいことです。そこで、性暴力の被害者を治療から告訴などの司法手続きまで包括的に支援する場が重要だと考えています。災害時には、このワンストップのフレームワークで急性期対応するSART(サート)チームが支援体制に組み込まれることを提案しています。

また、同時に、「SANE(セイン)」と呼ばれる、性的暴力被害者に対する専門的な看護ケアと支援を提供する「性暴力対応看護師」の養成にも力を入れています。「SANE」は、アメリカで1970年代に始まり、現在そのプログラムは世界各地に広まっています。また、アメリカでは、DMAT(災害派遣医療チーム)に「SANE(フォレンジックナースとも呼ばれています)」が組み込まれているため、災害時でも性暴力被害者の急性期の対応が可能です。先に紹介したSARTチームのメンバーにもSANEが含まれています。ぜひ日本にもそうしたチームを作ってほしいと声を上げてはいるものの、まだ実現には至っていません。

災害時、性暴力被害を受けないためにできること

――災害時、女性が暴力や性暴力から身を守るためには、どのような対策ができるでしょうか?

長江:まず、危険な場所には近づかないということが第一です。特に、死角となるような場所、個室、夜間でなくとも人の少ない場所には注意が必要です。また、そうした場所ではできるだけ一人で行動しないということも大切です。

●覚えておきたい、災害時の危険な場所・時

・避難所のトイレ
・着替え
・授乳中
・就寝時
・車の中
・自分の家に片付けに行ったとき

避難所では、プライバシーへの配慮から、仮設テントやパーテーションを立てることもありますが、一方では、中の様子が外からはわからなくなるという、防犯上のリスクが問題視されています。

――今各地では災害対応にリーダーシップを発揮できる女性を育成する動きも活発化しているそうですね。

長江:災害時の救護・支援スタッフの多くは男性が中心で、これまで女性の視点というのはほとんど反映されてきませんでした。しかし、さまざまな女性の困りごとや問題が浮かびあがってきた今、やはり女性のリーダーの存在が必要だと感じます。女性が負荷を抱えすぎていないか、男性に言いにくいことがないか、妊産婦さんのケアはできているか、そうした配慮を行き届かせることで、過酷な状況も改善していくと感じます。また、女性たちが「困っている」と声を上げやすくもなるのではないでしょうか。

――災害時、身を守るためにはどんなものを用意しておくといいでしょうか?

長江:危機的な状況を前にすると、人は動くことも声を出すこともできなくなってしまうことがわかっています。そこで、大きな音の出るものを用意しておくことをおすすめします。ポイントは、難しい操作が必要でない、手軽さ。吹けば音の出るホイッスルや押すだけの防犯ブザー、最近ではスマホのアプリなどもあるので、活用してみてもいいかもしれません。また、生理用ナプキンや簡易トイレ、ウェットシートなどの衛生用品も必須です。女性用の防災セットもあるので参考にしてみてください。

全ての人が安心して暮らせるように。一人ひとりに必要な備えと知識

――「災害大国」とも言われる日本では、いつ大きな災害に見舞われるかわかりません。そうした中で、女性や子どもをはじめ、全ての人が安心安全に避難生活を送れるような仕組みを作るためには、どんなことが必要だと感じますか?

長江:やはり、避難所の中でも互いに信用して助け合える、関係性(コミュニティ)づくりが必要だと感じます。中には、独り身で周囲に家族や知り合いのいない方もいれば、精神的な疾患を抱えていて、人と関わることが苦手な方もいると思います。振る舞いや表情に気を配り、声をかけるなどの配慮ができるといいですよね。コミュニケーションこそが、一人ひとりの身を守ることにもつながっていくはずです。

そのためにも有効なのが、避難訓練です。さまざまな場面を想定したロールプレイシミュレーションを組み込むことで、いざというとき慌てずに行動できます。例えば、レクリエーションやミーティングを通じた避難所内でのコミュニティの作り方。さまざまな人のいる避難所内でコミュニティを作るためにも、ルールづくりや環境整備は重要になります。

――災害時に限らず、女性に対する暴力や性暴力の問題を撲滅するためには、一人ひとりがどのようなことを知っておくといいでしょうか?

長江:性暴力被害は、「まさかこんなところで?」というところで起こります。「なぜ助けを求めなかったのか」と、被害者を責める人がいますが、あまりに意外なので、被害者は身動きができず、声も出すこともできないのです。しかし、被害者の半数以上がそういう状態に陥ることが、まだまだ世間には知られていません。被害者が声を上げられるためには、まず社会が変わる必要があります。自治体や学校などを通じて、性暴力・性教育の知識を広げていくことは、まだまだ課題だと感じています。

性暴力は私達が思っている以上にありふれたものです。しかし、身内や顔見知りが加害者である場合も多く、その実態がなかなか見えてこないのが現状です。おそらく、把握されている数の10倍は被害者がいるのではないでしょうか。性暴力は、誰にでも起こりうるということ、そして、災害時にはそのリスクがより高くなるということを、しっかりと覚えておいていただきたいですね。

text_Rennna Hata illustration_Natsuki Kurachi edit_Kei Kawaura

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