教育学者・上間陽子さんも絶賛。 ドラマ『フェンス』が示す真の沖縄の姿とは。 LEARN 2023.03.28

『アンナチュラル』など数多くの話題作を手掛けてきた脚本家・野木亜紀子氏による待望のオリジナル作品『連続ドラマW フェンス』がWOWOWで放送中。沖縄が抱えるさまざまな問題に正面から向き合った本作を、沖縄在住の教育学者・上間陽子さんはどういう思いで視聴したのだろうか。

「 沖縄の人々の単純化できない心の内までも描かれていました 」

私は今、普天間基地の近くに住んでいます。コザで生まれたので軍用機の音には慣れていたつもりでしたが、基地と住宅地が近い普天間の爆音は桁違い。義理の妹が管制官なので、5歳だった娘はこんなことを言ってきました。「飛行機が低く飛んでいるから◯◯(義妹)に電話して。◯◯の指示なら聞いてくれるでしょ」と。その時に私は「◯◯の言うことを聞くのは白い飛行機。灰色の飛行機をなんとかできる人は日本にはいないんだよ」と答えるしかありませんでした。5歳の子に日米地位協定があるから諦めろと説明しなければいけないのが沖縄です。

本作には沖縄で起こる暴行事件や軍用機の部品落下事故など、米軍関係者関連の実際の事件がモチーフとして出てきます。事件が起こるたびに立ちはだかるのが、フェンスというタイトルにも象徴される不条理な日米地位協定です。物語は東京から来たキー(松岡茉優)の視点で進行。キーと一緒に視聴者も沖縄への理解を増し、解像度が上がっていくつくりは脚本の妙だといえます。私たちにとっては当たり前だった米軍基地前のフェンスが、外部の目線を通して一際奇妙に映っていました。

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キーは沖縄の理不尽な現状をしっかり怒ってくれます。しかし沖縄の人たちは現実でも自分の苦しみをあまり言葉にしません。基地と隣り合わせの生活を強いられる沖縄には、複雑な住民感情が潜んでいるからです。基地があるから危ないと思う人もいれば、その基地で働いている人もいる。この島でいろんな他者と共に生きていくためには軍用機が飛んでいても知らんぷりをしなくてはいけない。そこに痛みがあったとしても、共同体の輪を考えると、基地の話や政治の話は沖縄の人たちにとってもしづらいものなのです。そんな沖縄の人々の単純化できない心の内までも丁寧に描かれていたので驚きました。撮影は沖縄中部がメイン。実際に普天間や辺野古でカメラを回すことで生まれるリアルさ、徹底した言語指導や沖縄出身の演技者の起用、そして「ゆいまーる」(助け合い)など沖縄の言葉を用いながら、その根底にある沖縄の文化や精神までも伝えてくれているのにも好感が持てます。沖縄が舞台の作品は表面上の雰囲気だけを切り取られるものも多いですが、エンターテインメントだとしてもリアリティを外してはいい作品にはならないですよね。制作陣やキャストは相当沖縄のことを勉強されて、覚悟を持って挑まれたのだと思います。

そして物語の一番の主題となるのは米兵による性的暴行事件。これは沖縄の人が今も現実にさらされている「暴力」です。私は職業柄、性的虐待や性暴力を受けた女性たちが身近にいます。だからこそ、この手の作品は実際の当事者を傷つけるような演出がないかヒヤヒヤしてしまうこともある。しかし本作は女性たちを社会の片隅へと追いやってきたこの島の現状や構造の問題もしっかり描いてくれていて、そこに誠実さを感じました。また、被害者に寄り添う周囲の大人たちの対応も素晴らしかった。沖縄だけの話ではなく、トラウマと共に生きるサバイバーの方はこの世界にたくさんいます。その方々がどうしたら前を向いて生活できるのか。その回復の回路までも描こうとしてくれていたのには救われる思いがしました。

日本とアメリカ、本土と沖縄、ジェンダーや人種……いろんなところに乗り越えるべきフェンスは存在します。そんな世界の現実を示すのと同時に、そこに生ずる差別や暴力はやはりおかしいというメッセージを強く感じました。特に本作は、自分ごととして同一視すべき問題と、沖縄固有として捉えるべき問題の2つが含まれています。その視点を往復させながら、ぜひ鑑賞していただきたいです。

text : Daisuke Watanuki

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