伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第22回

LEARN 2022.07.01

アイドルとしてはもちろん、ラジオパーソナリティとしても大活躍。乃木坂46の山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを、自由に綴ります。

(photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Tamago)

「小学生のころ」

父は私と一緒に住んでいた時、ひとつだけ後悔していることがあると言う。それは私が小学校に行かずに帰ってきた時、一度だけ叱ってしまったこと。初めて聞いたのは先日、二人で食事をしていた時だったが、叱られたはずの私は今、ぼんやりとしか覚えていない。何しろ、父に会わなかっただけで、学校に行かずに帰ってくることなんて、実は何度もあったからだ。

小学校2年生くらいからだろうか。だんだん学校に行く足取りが重くなり、平日は毎朝憂鬱だった。原因は、女の子からの仲間はずれや軽いやっかみ、男の子からのいたずら。大人になった今なら「気にするな、胸を張れ」と言えるようなことばかりでも、当時の私は神経質で臆病で、周りのほとんど全てが敵に見えていたのかもしれない。鋭い言葉が降りかかると何も言えずに黙って傷つき、やっと言い返せたと思いきや、今度は自分が放った鋭い言葉に自分で傷つく、その繰り返しだった。結局、6年生までのほとんどの時期、私にとって学校は苦手な場所だった。

とはいえ完全に不登校になる度胸はなく、毎日ちゃんと家を出た。成績を下げて怒られるのが嫌だったので、授業もテストもしっかり受けていた。運動は苦手だったが、成績欲しさにとりあえず参加して、見事に失敗し傷跡を作っていた。でも、高学年の時の担任の「昼休みは全員外に出て体を動かせ」という言い分だけはどうしても理解できず、校内にいるのがバレないように下駄箱の外履きを持って図書室に向かったり、保健委員という大義名分で、当番の日以外も保健室に居座ったりした。6年生で吹奏楽部に入ってからは「練習室で自主練していると何も言われない」ということを知り、どうしてもっと早く気づかなかったんだろうと悔やんだ。汗水流して自分の好きなことに打ち込む、みたいなピュアさとは程遠い。ずる賢い子供である。

思いつく限りの悪あがきは全てやった上で、どうしても学校に行けなかった日もある。母に諭されても気が進まず、一旦目の前まで来てみても、すでに遅刻している時点で、重い門に手をかける気になれない。ここまで来たので今日は満点、そう諦めて折り返した後は、しばらく通学路で時間を潰していた。公園、文房具店、駄菓子屋、駅ビルの書店、昔住んでいたマンションの駐車場、今(当時)住んでいるマンションの階段やロビー、駐車場。自宅の玄関を開けずとも、隠れ家はたくさん見つかる。なかでも平日の昼間のドラッグストアは穴場だった(※良い子はマネしないでね)。背丈を余裕で越えるくらい高い棚がいくつも並んでいるし、それほど混んでいないので人目につかない。使いもしないヘアカラー剤の、やけに艶々としたサンプルの毛束をしげしげと眺めながら、共働きの両親がともに出かけているであろう時刻になるまで待ってから、誰もいない我が家に帰宅した。
でも、見計らって帰ってきたのに、ときどき、なぜか父だけが家にいた。当時の父は休日にも出社することがあって、その代休をとっていた時にしれっと私が帰宅し、思わず叱ってしまったのだろう。お互いびっくりしただろうし、学校をサボっているのは事実なので、反論の余地はない。

今となっては懐かしい思い出だし、叱った父のことも全く恨んでいない。なじめなかった小学校のクラスメイトや担任に対する感情も、不思議と消えている。「あー、あの頃の私、悪知恵が働いていたなあ」と、遠景に見えるくらいだ。しかもその私が、圧倒的に男子の生徒数が多い中学になじめたのだ。高校からは学業と並行して、今度は女子しかいないアイドルグループに所属したのだ。大学の学食で、同じように一人でごはんを食べている女子に声をかけて友達を作るなんて、我ながらどうかしている(ざっくり言うとナンパですからね)。今なんて、ラジオという公共の電波越しに見知らぬ誰かに話しかけ、毎日違うゲストと気さくに話している。人生何があるか分からない。
どの経験も、どの感情も、何ひとつ無駄ではなかったような気がして、いや何ひとつ無駄にしてたまるかという気概のようなものさえ芽生え始めている。もしまた美しくない思い出が増えても、それはそれでひとつのエピソードということにして、いつか笑い話になったらいい。

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