伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第7回

LEARN 2021.11.05

アイドルとしてはもちろん、ラジオパーソナリティとしても大活躍。乃木坂46の山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを、自由に綴ります。

(photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Kiwa Inaba)

「大人版・夏休みの自由研究【後編】」

「こんにちは、お一人ですか?」部屋の奥から顔を覗かせた先生は、いかにも大らかそうな印象を持った人だった。申し込みフォームにしっかり「大人1名」と書いたはずなのに、なぜ、ここにきて改めて一人かと尋ねたのだろう。挙動不審すぎて、陶芸体験に一人で申し込むようには見えなかったのだろうか。

私のモヤモヤをよそに、体験はサクサクと進んでいった。回転させる粘土は見た目の重量感に反してかなり柔らかく、両手で外から軽く押さえると高さが出て、反対に内から手を添えると口が広がっていく。変わっていく表情を一瞬たりとも見逃さないように、しっかり脇を締めて腰を据え、水分量や圧や摩擦を感じ取り、土の塊に集中する。自分の手で形になっていく喜びだけでなく、強制的なスマホ離れができたのも大きかった。いくら通知が気になったとて、土まみれの手では触れられない。日常的にいろんなことを考えてしまう人とか、無心になりたい人とか、休むのが苦手な人とか、子供の頃に泥団子作りが得意だった人にも向いていると思う。

内側からの膨らみや輪郭。指が触れたときにできた線を、どれくらい残すのか。手仕事を感じるわずかないびつさが、ちょうどいい具合に私の心を満たす。自分の感覚に集中して、良いところで止めて、もう触らないようにする。それもまた勇気なのだ。決められた範囲の中で創造性を発揮する面白さに、すっかり惚れ込んでしまった。
大量生産・大量消費の時代に利便性を追求した結果、淘汰されたものはたくさんある。でも、便利でなくたってこの世から無くならなくていいと思うものがいくつかある。陶芸も、無くならなくていい、いや、無くならないでほしいと願うものの一つである。一つとして同じものはない、表情の異なる器を食材や料理と合わせたり、気分で選んだりしてみる。均一ではないからこそ、使うたびに新しい発見があるし、見るたびに心が反応するのだろう。

「陶芸体験」で体験者が行うのは、粘土を器の形にするまでだった。色付けや火入れといった難しい工程は先生が代行してくれるので、色を選んだところで終了となった。洗い場で手についた泥を洗い落としていると、帰る前にもう一つ作業があると伝えられた。申し込み用紙の空いているスペースに器のイラストを描き、底に彫りたい文字を書いてほしいのだという。父と母それぞれの誕生日を彫って渡せば、唯一無二のプレゼントとして収まりが良い。さっそく“2021.”と書き始めたら、すかさず「あっ大丈夫ですよ日付はこっちで書くんで!」と言われてしまった。

これは完全に私の予想だが、先生が書こうとしてくれている日付は、作成した今日の日付だ。さっき初めてお会いした方がうちの両親の誕生日など知る由もなく、奇跡が起こらない限り結婚記念日でもない。何の思い入れもない日付が彫られた夫婦茶碗を贈ることになるのだ。絶対におかしい。意味が分からない。でも先生のご好意はちゃんと受け取らなきゃいけない。だってこんな挙動不審な人間にも親切に教えてくださったのだから。違うんです……入れたい日付が別にあるんです……なんて、とてもじゃないけど言い出せなかった。

「だいたい2ヵ月後にご連絡しますので、完成を楽しみにお待ちくださいね」教室を後にしてから、先生のその言葉がずっと頭に引っかかっていた。この時点で母の誕生日はとっくに過ぎていたが、父の誕生日が1週間後だから、私は茶碗を作ることにしたのだった。……ん? 2ヵ月後って言った? 
結局私は、両親にとっても私にとっても何の愛着もない日付が入った夫婦茶碗を作っただけでなく、何の愛着もない日に渡すことになってしまった。突然のプレゼントを純粋に喜んでくれるタイプの相手なら良いのだが、うちの両親は勘がいいので詮索されてもおかしくない。頼むから器をひっくり返して底に彫られた日付を見つけないでほしいし、見つけてしまったとしても、謎の日付を怪しまないでください。

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