今のあなたにピッタリなのは? 絵描き・Lee Izumidaさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
さまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う一冊を処方していくこちらの連載。今回のゲストは、絵描きのLee Izumida(リー・イズミダ)さん。元“BEAMS店員” という異色の経歴を持つ彼女に、独立のきっかけや絵描きならではの作品の楽しみ方、今後の展望などを伺いました。
今回のゲストは、絵描きのLee Izumidaさん。
北海道の田舎町出身。2019年に〈BEAMS〉を退社後、絵描きとしての活動を本格的にスタート。アクリル画を得意とし、ショップのウィンドウ装飾などを手掛ける。デジタルを一切使わない “アナログ派” で、いつもスケッチブックを持ち歩いているのだとか。
“BEAMS店員” から “絵描き” が誕生した経緯。
木村綾子(以下、木村)「はじめまして。この連載のゲストはいつも担当の編集さんとふたりで「次、誰と会いたい?」みたいに話しながら決めていくんですが、今回は先月来てくださったMICHELLE(ミシェル)さんに紹介していただいて。これまでいろんな人に会ってきましたけど、絵描きさんとお話しするのは初めてかもしれないです」
Lee Izumida(以下、Lee)「お招きいただいてありがとうございます。MICHELLEとはBEAMSで働いていた頃の館(やかた)が同じでした。彼女はレディース、私は「Pilgrim Surf+Supply(ピルグリム サーフ+サプライ)」と店舗は違ったのですが、当時から仲が良くて…!」
木村「Leeさんは現在、絵画一本で生計を立てられていると伺いました。肩書きが、イラストレーターじゃなくて絵描きを名乗っていることにまず興味が湧いて。何かこだわりがあってそうしているんですか?」
Lee「実は、イラストレーターを名乗っていた時期もあったんですよ。当時は相手の話をよく聞いて、柔軟に動かないといけない仕事の依頼が多かったのですが、私、どうやらあまり人の話を聞けないみたいで、やめにしたんです(笑)」
木村「なるほど! 確かにイラストレーターは、オーダーの意図を汲み取ってイラストを描くイメージです。「これに合うイラストを描いて下さい」みたいな。でも、それができなかったゆえの、アーティスト路線への転向だったんですね」
Lee「私、すぐに “自分” を出しちゃうから、これは違うなって。絵描きを名乗り始めてからは、伸び伸びと活動ができるようになりました」
木村「絵を売って生計を立てるって難しいことだと思うのですが、絵描きとしてのお仕事が軌道に乗り始めたきっかけって何だったんですか?」
Lee「やっぱり、BEAMS時代に描かせてもらったウィンドウが大きかったのかなと思います。お店のディレクターがいつも自由に描かせてくれたのですが、それが徐々に、ファッション感度の高い人たちへと届くようになったんです」
木村「Leeさんがいらっしゃったのって、神南にある、あの大きなお店ですもんね。確かに、あそこを自由演技で任されるなんて、聞いているだけでワクワクします」
Lee「最初は結構ビビっていましたよ。「え、いいんですか!」とか言いながらも、内心「どうしよう?」って(笑)」
木村「でも続けるうちに、評価が伴っていったんですね。ちなみにいつ頃から、「これは絵描き一本でいけるぞ!」という手応えを感じ始めたんですか? 独立のきっかけなんかもお聞きしたいです」
Lee「私、毎年個展をやっているんですよ。人が来ようが来なかろうが、それだけは昔から続けてきたことだったんですが、3年前に『スニーカー展』をやった時に、絵がたくさん売れたんです。そんなこと初めてだったので、「今のタイミングならいけるかもしれない!」って直感で」
木村「毎年必ず個展を…!簡単に言いましたけど、凄いことです。BEAMSのウインドウという華やかなスポットの一方で、地道に続けていた個展という存在が、何よりも大きな自信材料になったわけですね」
エピソードその1「個展は “研究結果” みたいな位置づけ」
木村「毎年の個展のテーマはどうやって決めているんですか?」
Lee「う~ん、「今発信したいもの」というか、それこそ直感ですね。私はいつもその時に興味があることをとことん調べて描くので、個展はある意味、“研究結果” みたない位置づけになるんですよ。今までは、『スニーカー展』 のほかに、『魚展』 や 『花展』 なんかをやりました」
木村「『魚展』 が気になります。ギャラリーの中をお魚でいっぱいに?」
Lee「はい、38匹で埋めました。でもね木村さん、聞いてください。『魚展』 ね、1匹しか売れなかったですよ…」
木村「え、1匹だけ!?」
Lee「“1回目の緊急事態宣言 in 京都”!条件が最悪だったんです。結局、37匹が自宅に戻ってきました(涙)」
木村「えー!でもそっか。売れなければ手元に残るのが個展ですもんね。芸術の世界はシビアだ…。ところで、今年の個展のテーマは何だったんですか?」
Lee「『実家』です。学生の頃からずっといつか描きたいと持っていたテーマだったんですが、コロナ禍で奥に秘めていたものを発信したいなって思えたんです」
木村「たしかに、コロナ禍では誰もが「場所」について見つめ直すきっかけを得ましたもんね。実家はいわばその原点ですね」
Lee「そうなんです。なんというか、コロナって私たちに、「死」をものすごく身近なものとして突きつけてきたじゃないですか。いつ訪れるか分からない「死」と直面した時に、今自分の絵を誰に見せたいかを考えたら、やっぱり両親で。北海道で過ごした幼少期の思い出や自然、家族や友人に思いを馳せながら描きましたね」
処方した本は…『白いしるし(西加奈子)』
木村「Leeさんはこれまで絵を通じて多くの人を惹き付けてきたと思うのですが、逆に、誰かの絵を見て無性に心が惹き付けられたり、圧倒されたり、なんならそこから恋愛に発展したりした経験はありましたか? いわゆる“才能惚れ”というか」
Lee「ないです!一度もない!(笑)もちろん、作品を見て「かっこいいことやっているな!」って思う人はいますよ。でも、だからって「好き♡」みたいな感情が湧くことはないですね。画家同士の恋愛なんて、絶対めんどくさいことになりますもん。今もこれからも「付き合いたくない職業No.1」は画家です(笑)」
木村「そこまでハッキリと(笑)。…でも、ますますオススメしたくなってきた本が、こちらです。『白いしるし』は、まさに画家が画家を好きになる物語。お金にならない絵を描き続けている女性主人公が、真島という画家の絵に惚れこむところから始まる恋愛小説なんですが…」
Lee「げぇ! 画家同士の恋愛ですか?! 絶対にうまくいかないですよ」
木村「え、どうして分かるの!(笑)…その通りなんです。“極上の失恋小説”ってコピーがついてるくらいに、読んでいて苦しくなるほどうまくいかないんですよ。狂おしい恋心に捕らわれながらもどうすることもできない、“才能惚れの行く末” みたいなものが描かれています」
Lee「想像するだけでゾッとしますが、自分には絶対に訪れないだろう出来事なので、逆に興味がわいてきました」
木村「西さんって小説だけじゃなく絵も描く方で、ほとんどの単行本では装丁もご自身で描かれているんですよ。小説執筆と並行してダンボールに絵を描いて、本が出るタイミングで個展を開くというスタイルなんです。商業的な活動をしながらも、自分の個展が常にあるLeeさんのスタイルと近しいものを感じたので、ぜひ「画家通しの難しい恋」を疑似体験してもらえたらなと思います」
エピソードその2「勝手に物語を作っていく様子が楽しい」
Lee「私、最近、4枚セットの絵を描き始めたんですよ。お花が枯れていく様子や、家が完成していく様子を4コマで表現しているんですけど、みんないろいろ深読みしてくれるのが面白くて」
木村「シンプルな絵こそイメージを喚起しやすいのかもしれませんね。本でいう“行間を読む”的な」
Lee「そうそう。シンプルだったり、下手したら意味さえなかったりする4コマなのに、見た人それぞれが自分の物語を付けてくれるんだから、人の想像力って凄いですよね。…ところで木村さんは絵本も読みますか?」
木村「絵本はすごく好きで、自分のお店でもよく取り扱っています。子どもの頃に好きで読んでたものも、今読むと感じ方が変わっていたりするから面白くて」
Lee「そうなんですよね。昔、お母さんに読んでもらっていた絵本も、もしかしたら親子で感じ取っていたものが違っていたのかな、なんてことも最近よく考えていて。実は私、いつか絵本を作ってみたいなと思っているんです。意味のない、最高にナンセンスな絵本を」
処方した本は…『絵本ジョン・レノンセンス(ジョン・レノン)』
木村「あのジョン・レノンが、絵本も描いてたことはご存知でしたか?」
Lee「知らなかったです。『絵本ジョン・レノンセンス』って、すごいタイトルですね(笑)」
木村「「ジョン・レノンのセンスを絵本でどうぞ」的な感じなんですかね。ただこの絵本、ポール・マッカートニーが「序文」で、訳者の片岡義男さんが巻末の「解説」でも書いてるように、どの話もまったく意味をなしてない超ナンセンスな一冊なんです」
Lee「ナンセンスな物語っていいですね。こういう訳が分かんないの、好きです」
木村「意味なんて必要ない。なんとなく面白いな、おかしいなと思えればそれで充分じゃない?って感覚もかっこいいですよね。愛と平和を歌ってきたジョンレノンが、「こんなふざけこともできるんだぜ」っていうのを見せつけてくる感じ」
Lee「絵も超わけわかんなくて最高ですね!」
木村「言葉と絵も全然脈絡がなくて、やりたい放題なんですよ。でもファンは、「ジョン・レノンの描くものだからきっと強いメッセージがあるはずだ!」とかって解釈に勤しんでいたのかな、なんてことも想像すると面白いですよね」
Lee「ふふふ。絵画も実はそんな感じですよ。みんなすぐに「あれはこうだ!」とか意味をつけたがりますが、描いた本人はそんなに深く考えてないことのほうが多かったり(笑)」
木村「とにかくとことん自由な本なので、Leeさんが絵本を作る際にはこういうものを目指してほしいなと思って紹介させていただきました」
エピソードその3「描いている時が楽しくて」
木村「現在35歳で、独立2年。いよいよ油の乗っていく時期だと思いますが、今後の目標や展望はありますか?」
Lee「「おばあちゃんになるまで描き続けること」です!これは、昔からずっと変わっていない、私の目標です」
木村「おおお!(拍手)「あのブランドのウィンドウをやりたい」とかではないんですね」
Lee「私、もともとそういう欲みたいなものが無いんですよ。自分の作品が貼り出されても、「これ描いてるとき楽しかったなー!」って気持ちでいっぱいになっちゃう」
木村「達成感で満たされるみたいな感覚はないんですか?」
Lee「ないんですよ。描いてるときの高揚感がMAXで、評判がいいとか、多くの人に見てもらえたとか、いくらの値が付いたとかっていう評価が自分の中での大きな自信に直結する感覚はあまりなくて。だから請求書をよく出し忘れるんです(笑)」
木村「きっとそういう姿勢が良いんでしょうね。“商業っ気”がしないというか、純粋に絵が好きという姿勢が絵に表れている感じが。さっきおっしゃっていた「相手の意図が汲みとれない」とも実は繋がっていて、たとえ大きい仕事であっても、ブランドの世界観に引っ張られないのがLeeさんのアーティストとしての魅力であり強みである気がします」
処方した本は…『東山道エンジェル紀行(町田康)』
木村「最後に紹介したいのは、天才同士のコラボレーションが形になった一冊です。これは、画家の寺門孝之さんと小説家の町田康さんが、構想期間20年をかけて完結させた絵本なんですが、まずは中を開いてみてください」
Lee 「え、なんですかこの本!こんな本見たことないっていうか、つくりがすごいですね」
木村「物語が前半後半で2つに綴じられていて、紙質も色も違って、間に大判のポスターが挟み込まれていて…。他にも細かな仕掛けが詰め込まれているのでぜひ時間をかけて楽しんでほしいのですが、実はこの本、すべて手製本なんです。…というかこれを印刷機で刷るのは無理ですよね(笑)」
Lee 「クラフトだからこそ遊べるワザですね。っていうか、遊びたい放題ですね(笑)」
木村「寺門さんは、薄い麻の布をキャンバスに、表と裏両面から絵の具を染み込ませて一枚の絵を仕上げる方なんですが、その絵を見た町田さんが、そこに夢と現、あの世とこの世の境目を感じて、行き場のない〈追放者〉の物語が生まれたんだそうです」
Lee 「すごい感性ですね。才能が連なってく感じ、かっこいいです」
木村「関わった人全員がいっさいの妥協せず、純粋に作りたいものを作り上げたことも伝わってくるんですよね。これぞデジタルではなし得ない作品」
Lee 「実は私も紙にこだわっていて、デジタルでは描かないんです。いつどこで閃いてもいいように、毎日画材を持ち歩くオールドスタイルなんですが、これは今後も変えたくないなと思っていて。こういう本と出会うと、クラフトでできることってまだまだたくさんあるなってワクワクしますね」
対談を終えて。
対談後、『絵本ジョン・レノンセンス』を購入してくれたLeeさん。「ナンセンスな本って、その時の気分や状況で解釈が結構変わるので、読むのが楽しみ。勝手に深掘りしたいです!」と話してくれました。一度見たら忘れられないLeeさんの絵はこちらのWEBサイトから。次の個展の開催が楽しみだな〜!