今のあなたにピッタリなのは? ファッションディレクター・MICHELLEさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
さまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う一冊を処方していくこちらの連載。今回のゲストは、ファッションディレクターのMICHELLE(ミシェル)さん。スポーツマンだった高校時代から一転、ファッションの世界へと飛び込んだ彼女に、今月からスタートさせる新しいブランドや最近関心があるという社会問題について伺いました。
今回のゲストは、ファッションディレクターのMICHELLEさん。
京都府出身。2018年に〈BEAMS〉を退社後は、友人とスタートさせた移動式の古着ショップ「Blanche Market(ブロンシュ マーケット)」のディレクターに。愛称 “MICHELLE” の由来は、アメリカのドラマ『フルハウス』に出てくる双子の赤ちゃんに似ていたことから。憧れの女性は陸上選手のアリソン・フェリックスで、ピンクの襟は片方だけ出すのが彼女流♪
“武井壮の女版” だった高校時代。引退後はファッションの道へ。
木村綾子(以下、木村)「はじめまして。MICHELLEさんは元々〈BEAMS〉にいらっしゃったと伺いました。昔からお洋服に囲まれて育ってきたんですか?」
MICHELLE(以下、MIC)「いえ、実はそうでもないんです。私、もとがめちゃくちゃ “スポーツマン” で、高校生までは陸上部で「走り高跳び」と「七種競技」をやっていたんです」
木村「そうなんですね! …えっと、ななしゅきょうぎ、って、なんですか!?」
MIC「「七種競技」っていうのは、ハードルと走り高跳び、砲丸投げ、200m、走り幅跳び、やり投げ、800mの7種目で、合計ポイントを競う競技です。“武井壮さんの女版” だと思っていただければ…!」
木村「分かりやすい。分かりやすすぎて聞いてるだけで息切れました(笑)。スポーツ畑のど真ん中にいたMICHELLEさんがファッションのお仕事を志すようになったのには、どんな経緯があったんですか?」
MIC「昔の陸上競技の格好ってね、めちゃくちゃダサかったんですよ。今でこそ「ナイキ」なんかが可愛いウェアを展開するようになっているんですけど、当時はまだまだ古参のブランドの方が良しとされていて。海外の選手は、可愛いウェアに派手な髪をなびかせて走っているのに、どうして自分はこんなにも機能性を重視した服装しかできないんだって…!」
木村「いちばんオシャレを楽しみたかった時期にため込んだフラストレーションが、引退後に爆発したわけですね」
MIC「専門学校の卒業後は〈BEAMS〉に入って、渋谷の店舗に配属となりました。もともと東京に興味があった訳でもないのですが、人事の方に「こっちにおいでよ」って誘ってもらって。よし、行ってみるか!って」
木村「渋谷のお店って、神南にある、めちゃくちゃ大きなお店ですよね? なんだか、すごい勢いで駆け抜けましたね。陸上からファッションへとフィールドを変えて、住む場所も変えて、BEAMSの中でもきっと人気が高いだろう大きな店舗を勝ち取るなんて。BEAMSって誰もが知っている大きなブランドですけど、MICHELLEさんにとってはどんな会社でしたか?」
MIC「とにかくレーベルがいっぱいあるんですよ。ジャパンメイドやサーフ系といったジャンルに分けたものから、T シャツ・鞄・レコードといったアイテムに分けたものまで…!」
木村「たしか、本も出していましたよね?」
MIC「さすが、よくご存じで! それぞれの分野に特化した専門家がたくさん在籍していたので“動物園みたいな会社”と呼ばれていました。先輩からも「ここにはいろんな人がいて、その気になったら何でもできるから、自分から発信していくことで繋がるよ」って」
木村「いい会社!いい先輩! 何でもできるという視点では、会社の体質自体に「七種競技」と通じるものも感じますね」
MIC「確かにそうかもしれませんね。私も入社するまでは「自分は一生、洋服だ!」っていう偏った決意を持っていたんですけど、BEAMSのおかげでむしろ世界が広がったと言いますか。洋服を軸にしながら、もっとできることがあるんじゃないかって自然に考えられるようになりましたね」
エピソードその1「実店舗を持たず、オンラインとポップアップで」
木村「今は、ご友人と古着屋さんをされているんでしたっけ?」
MIC「少し前までデザイナーの友人とふたりで「Blanche Market(ブロンシュ マーケット)」という古着屋さんをやっていました。オンラインをベースに、リアルなポップアップストアを併用して営業していたんです。実店舗は持たずに、お店やギャラリーの空きスペースを借りながら」
木村「私もオンラインで本屋を始めたばかりで、ポップアップに興味があるので教えてください!! ポップアップって、どうやったらできるんですか?」
MIC「初めのうちは直接売り込みに行ったりしてましたよ。青山の国連大学前で開催している「ファーマーズマーケット」に古着がばーっと並ぶタイミングがあって、開催日に行って運営の人に直談判して、その後メールで改めてお願いして…。そういうことを重ねていくうちに、TSUTAYA やPARCO、阪急などの担当の方から、「次、うちでやりませんか?」って声をかけて貰るようになった感じです」
木村「すごく勉強になります!着実なステップアップが、まるで華麗な三段跳びを見てるようでした(笑)。…でも、古着ってすべて一点ものなので、同じものはふたつとないじゃないですか。セレクトもその時々で変わって、さらに場所まで変わるとなったら、「Blanche Marketなら間違いない!」と思っていただくには相当な信頼とセンスが必要なんじゃないかと。そこを勝ち取ってきたってのが改めてすごい!」
MIC「お洋服も、その時の自分たちがいいなと思ったものを買い付けているので、最初から世界観を作り込むというよりは、感性の延長で楽しみながらやってきた部分が大きいんです。場所に合わせて置くものを変えて、ブランドの表情を変えながらやっていくのも楽しくて。あ、木村さん! 実は私、今月から独立をして、新たにひとりでお店を構えることになったんですよ」
木村「それは大きな人生の転機だ! どうりで「Blanche Market」の説明が過去形だったわけですね(笑)新しいお店については、どんなビジョンを描かれているんですか?」
MIC「ブランド名は「BÉBÉ(べべ)」で、フランス語で “赤ちゃん” を意味する言葉です。心機一転始めるぞっていう思いと、誰からにも愛されるブランドでありたいっていう願いが込められています。今まででやってきた古着の販売に加えて、オリジナルの展開も増やしていけたらなと考えているところです。アーティストの人たちとコラボして、一緒にお洋服を作るのが夢だったんですよね」
処方した本は…『AとZ アンリアレイジのファッション(森永邦彦)』
木村「これからいよいよオリジナルの服も作っていくというMICHELLEさんにぜひ紹介したいのが、アンリアレイジのデザイナー・森永邦彦さんの哲学です」
MIC「アンリアレイジ知っています!体つき関係なく着れる『〇△□(2009年)』のコレクションを通して、体型の概念を覆すみたいな挑戦をしたりだとか」
木村「そうです!私にとって森永さんは、洋服を作っているようで実はもっと違うものを作っているように思えることがあるんです。一着の洋服で世界を変えるってことがもしできるとしたら、成し遂げるのは彼なんじゃないかとさえ期待しているほどに。…そしてまさにこの本は、森永さんが、服作りを通して世の中をどうみつめているか、その全てがご自身によって書き下ろされた一冊です」
MIC「ブランドは知っていても、その服が出来上がるまでの背景を知る機会はなかなかなかったので、まさに今の私にとって参考書になりそうです」
木村「アンリアレイジのコレクションでは、サカナクションの山口さんやRhizomatiksの真鍋さんなどと毎回新しい世界を見せてくれてますよね。映画やステージ衣装などで異ジャンルの人とのコラボも積極的だし…。それぞれが先鋭的なことをやっているのに、それを上手いバランスでひとつのステージや作品に作り上げる姿からは、これからオリジナルの展開に力を注ぐMICHELLEさんにも感じ取ってもらえる何かがあるとも思います」
MIC「私、根が”体育会”ということもあって、今まで人に甘えるのが苦手だったのですが、できないことは人に頼るっていう姿勢も感じ取れるといいなと思います」
木村「この本の中には、“神は細部に宿る”というアンリアレイジの思想を体現するパッチワークについて書かれた章もあるんですが、実はあのパッチワークって、たった一人の人が続けてきたことご存知でしたか?」
MIC「え!あんな繊細な作業をたった一人で!?」
木村「そうなんです。〈真木くん〉という森永さんの親友なんですが、もともとファッションにまったく興味がなかったそうなんです。大学を中退しても将来に何の見通しも立てていなかった彼に、試しにパッチワークをお願いしてみたところ…そこに彼の天性の才能があり、人生の仕事を見出す結果になったという。人に頼る、つまり何かを預けるっていうのは、期せずして、その人の新たな才能を開花させることにもなるんですよね」
MIC「しかも結果的に、唯一無二のパートナーを森永さんは得たという…。私も「BÉBÉ」を通して、そんな仲間を増やしていきたいです!」
エピソードその2「知らないことって罪だなって」
MIC「古着の買い付けにヨーロッパへ行った時のことなのですが、私、見た目が高身長で派手だからか、ものすごいお金を持ってるように思われるみたいで、スリの対象になることが多かったんですよ。ポケットの中に手を入れられたり、男の人に囲まれたりしたこともあって…」
木村「怖い! 外国では未だに当たり前のようにそういうことがあるんですね」
MIC「そういう体験をした直後に、黒人に対する暴力や差別の反対運動「Black Lives Matter」が本格化したこともあったので、最近、人種をめぐる問題が、どうも人ごととは思えなくなりました。改めて、知らないことって罪だなって思うようになったというか…。知った上での行動だったら私は何を選択してもいいと思っているんですけど、やっぱり無知と無自覚。知らない上で堂々としていたり、誰かを傷つけてしまうのって私はもうしたくないなって」
木村「たしかに。お洋服はTPOで取り替えられても、皮膚って脱いだり変えたりできないですもんね。異文化の地に出ていって、自らが「他者」であることを突きつけられるその感覚、聞いていてすごくしっくりきました。実際に経験したことで、興味の矛先が社会問題だったり「私って何だろう?」みたいな方向へと向いていくのは自然なことですね」
MIC「あとは「フェミニズム」についても、もっともっと知識を得たいと思っていて、最近はそういう本をよく読んでます。これまで洋服を売ってきて、さらにこれからは自分でも作るとなると、ルッキズムの問題を考えずにはいられないんですよね。背が高い、低い、太ってる、痩せてる…、あとは顔のタイプなんかでも、着れる服って制限がかかるじゃないですか。お洋服ってサイズの問題があるから、残酷な側面があるとも思っていて。似合う服、似合わない服、自分や他人がそう決めつけてるだけかもしれない“呪い”を、どうしたら解放できるのかって」
処方した本は…『ファットガールをめぐる13の物語(モナ・アワド)』
木村「まずは、フェミニズム文学と体をめぐることで一冊紹介できればと思います。この本の主人公は自分の体型に悩みを抱えている女の子なんですが、着飾るものやセックスに対するコンプレックスを払拭しようとダイエットで理想の体型に近付けていくんです。理想の体型を手に入れた時に、果たして幸せを手に入れたかという物語」
MIC「私、お洋服ってサイズの問題があるから、残酷な側面があるとも思っていて」
木村「同感です。私も背が低いから、デザイン性の高いものを着こなせなかったりした経験があるんですけど。それに見合うように自分の体を変えたとして、果たしてそれは幸せなのか。結局自分の内面と向き合うことであるし 」
MIC「自分の身体って心にも影響しますものね」
木村「さっき話してくれた、「皮膚は着替えることができない」という問題であったり、実際に海外に出て自分が他者であることを突きつけられることで改めて自分とは何かみたいなことを考えるきっかけになったミシェルさんにお勧めしたい。最後にちょっとニッチな紹介をを付け加えると、この「書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)」という出版社は、個人的に是非注目してもらいたい出版社のひとつなんです。ミシェルさんのお好きな韓国文学なんかも積極的に刊行しているほか、「刺繍」や「短歌・俳句」、「雑貨」の本なんかにも力を入れられていて。フックアップしてカルチャーを届けている出版社で私にとっては 「BEAMS 」みたいなイメージもあるんですよね」
処方した本は…『天才たちの日課 女性編(メイソン・カリー)』
木村「もう一冊は、体育会系で根が真面目なMICHELLEさんの人柄を踏まえて、この本を。ここには、作家や女優、歌手、写真家、画家、衣装デザイナーなど、世界に名を馳せる143人の女性たちの、一日の活動パターンがまとめられています」
MIC「天才たちの “日常” は、きっと私たちにとっての “非日常” でしょうから、すごく興味があります」
木村「そう思いがちですが、実際読んでみると、彼女たちの抱える悩みや葛藤や、人生における課題って、“天才だから”と別枠にできるものなんかじゃなくて、極めて普遍的で、人間的で、根っこの部分は私たちと繋がってるんだ!と感じられるんです。
才能に秀でてる一方で、家事が全然ダメだったり、ものすごーく偏屈な一面があったり…」
MIC「それはなんだか頼もしいです! 目次に並ぶ錚々たる名前を見てるだけでもワクワクしますね。草間彌生にココ・シャネル、え…!フリーダ・カーロの日課まで知れちゃうんですか!?」
木村「知れちゃうんです(笑)。さらに一冊まるごと〈女性編〉と括っているだけあって、彼女たちが女性としての性をどう生きたかにも、多くの注意が払われています。ミシェルさんもきっと、これから先、女性として社会からいろんな課題を突きつけられると思うんです。結婚や出産、家庭と仕事の両立について悩んだとき、百科事典的に気になる人へアクセスしてもらいたいですね」
MIC「百科事典的に! 今までになかった本の楽しみ方です。「この人もこんな風に頑張ってきたんだから」って慰められたり、元気をもらえたりできそうですね」
対談を終えて。
対談後、『ファットガールをめぐる13の物語』を購入してくれたMICHELLEさん。「木村さんにじっくりと話を聞いてもらった時間はとても贅沢なひと時でした。選んでもらった本は今後の仕事に活かしていきたいです!」と話してくれました。時折、見せる “いたずら” っぽい表情が可愛いMICHELLEさんのInstagramはこちらから。新ブランド「BÉBÉ」の動向にも要注目です!