今のあなたにピッタリなのは? 夏子さんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
さまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う一冊を処方していくこちらの連載。今回のゲストは『人間失格』がバイブルと謳う夏子さん。途中、どことなくキャリアの築き方や好きなものが似ている彼女から、私にオススメの一冊を処方してもらうというユニークな一幕も実現しました。
今回のゲストは、女優の夏子さん。
「ファッション誌の白黒カルチャーページが好き」だと語る、生粋の“カルチャー系”。女性誌で好きな本を紹介していく連載『夏子の本棚』を担当したほか、Instagram上では自身の描いたイラストを披露することも。昨年の初舞台をきっかけに女優業へも活動の幅を広げており、当面の目標は『夏子の冒険(三島由紀夫)』の夏子役を演じることなのだとか。
『人間失格』が人生のバイブル!?
木村綾子(以下、木村)「初めまして。夏子さんのことはずっと気になる存在でした!というのも夏子さん、Instagram で太宰治の『人間失格』を「私のバイブルです」って投稿されていましたよね?それ以来、いつかお話ししてみたいと思っていたんです」
夏子さん(以下、夏子)「わ、嬉しいです。けど、「『太宰治検定』を運営されている木村さんと対談することになりました」って連絡が来た時は、正直どうしようってなりました(笑)」
木村「大丈夫! 太宰はみんなの太宰。いきなり検定問題出したりもしませんから(笑)…ところで夏子さんは、女性ファッション誌で本の連載もされていたんですよね?」
夏子「そうなんです。この間最終回を迎えてしまったんですが、『夏子の本棚』という名前で毎月好きな本をお勧めしていました。初めての書くお仕事だったんですが、本の魅力を文章で伝えることの難しさを感じながらも、自分が書いたものが広い読者に届くのは、楽しかったです」
木村「活字の重みと責任はありますよね。特定の誰かに向けてではなく、誰が読んでも気に留めてもらえるようにと、意識していたことはありますか?」
夏子「10代の読者が多い媒体だったので、各回、本を好きになる入り口になるような一冊を選ぼうと心がけていました。自分の好きなニッチなものはぐっと抑えて(笑)」
木村「夏子さんは元々、モデル業がお仕事の入り口だったんですよね?」
夏子「はい、もともと『SEDA』という雑誌の専属モデルをやっていました」
木村「『SEDA』のご出身だったんですか!?実は私が初めて文章の連載をさせてもらったのも『SEDA』でした!」
夏子「え、すごい偶然!なんだか私、木村さんと境遇が似ていますね(笑)」
木村「まだまだ共通点が出てくるかもしれないですね。今はモデル業と女優業を両立されていると思うんですが、演じることにも興味があったんですか?」
夏子「いえ、それがまったく。成り行きに身を任せていたら、いまこんな感じです」
木村「演技の世界に飛び込んでみて、いかがでしたか?」
夏子「昨年、初舞台を踏ませてもらい、そこでようやく「これで生きていきたい」っていう覚悟ができました。今まで3本舞台をやらせていただいたんですけど、すっかり舞台が楽しくなりました」
木村「本がお好きだから、物語の中に身を置くことが合っていたのかもしれないですね」
夏子「そうなんです。虚構の世界というか、私、“現実逃避”が大好きなんですけど、舞台って始まっちゃうと逃げられなくて。虚構の世界に逃避して舞台上にいるのに、今度はその現実から逃げられないっていう矛盾した感覚に魅了されています」
エピソードその1「こんな分厚い本を読んでいたらカッコイイんじゃないか」
木村「本が好きになったきっかけはなんだったんですか?」
夏子「きっかけは小学校2年生くらいの時に手に取った『ハリー・ポッター』だったと思います。「こんな分厚い本をこの歳で読んでいたらカッコイイんじゃないか」っていう見た目から入ったパターンです(笑)」
木村「わー、その感覚、懐かしい!(笑)初期衝動として間違ってないと思います」
夏子「わ、分かってもらえますか?(笑)けど、本を読んでいる自分を俯瞰で見たときに、いいなって思う感覚は幼いながらに確かにありました」
木村「夏子さんのように自分を俯瞰で見れる人は、本を開いた瞬間、物語と同時に、その本を読んでる自分の物語も同時に立ち上がるような気がするんです。夏子さんのお話を聞いていたら、私にとっての読書の原体験も蘇りました。まさに、本を読んでる自分自身が主人公にもなれる冒険譚です」
夏子「自分自身が主人公になれる本!?」
処方した本は…『はてしない物語(ミヒャエル・エンデ)』
木村「もともとは、骨折して入院した兄に祖母がお見舞いの品として贈った本だったんです。私はまだ小学生でした。病院の、あのひんやりとした匂いのなか、ベット際に、『はてしない物語』と題された分厚い本が置かれてある。それがやけにカッコよく見えたんですよね。お見舞いに行けば読めるから連日通って…。傍目には、ずいぶん兄思いの妹に見えていただろうなぁ(笑)」
夏子「確かにそのシチュエーションはカッコイイですね。不謹慎かもしれないですけど、小学生の頃は、「骨折」とか「入院」って言葉さえもなんだかカッコイイ存在のように感じてしまいました…!」
木村「『はてしない物語』は、映画の『ネバーエンディング・ストーリー』の原作にもなっている物語なんですが、物語の内容も造本も総動員して本好きの好奇心を刺激しまくってきます。まず、主人公の名前が“バスチアン・バルタザール・ブックス”。物語は、彼がいじめっこから逃げるために飛び込んだ古本屋のシーンから始まるんですが、そこで一冊の本に出合う。その本の題名が、『はてしない物語』」
夏子「主人公の名前に“ブックス”が入ってて、本のタイトルもこの本と同じ!」
木村「しかも、ですよ。その本と出合うシーンがまた、たまらないんですよ。これは実際に夏子さんにも体験してもらいたいので、読んでみますね。 《バスチアンは本をとりあげると、ためつすがめつ眺めた。表紙はあかがね色の絹で、動かすとほのかに光った。パラパラとページをくってみると、なかは二色刷りになっていた。さし絵はないようだが、各章の始めにきれいな大きい飾り文字があった。表紙をもう一度よく眺めてみると、二匹の蛇が描かれているのに気がついた。一匹は明るく、一匹は暗く描かれ、それぞれ相手の尾を咬んで、楕円につながっていた。そしてその円の中に、一風変わった文字で題字が記されていた。はてしない物語 と。》」
夏子「え、ちょっと待ってください!この本の装丁やページデザインと、まったく一緒じゃないですか!」
木村「そうなんですよ。「いま私それ読んでるよ!」って。「もしかして誰かに見られてる!?」とか思って、後ろ振り返りましたもん(笑)。そこからはもう、主人公と同化したような感覚で一気に冒険の世界に没入しましたね。こんな仕掛けで物語の世界に遊ぶこともできるんだよってことを教えてくれた、衝撃的な出合いでした」
夏子「なんだか夢がありますね。ロマンチックです…!」
エピソードその2「ハッピーエンドの物語は困ってしまう」
木村「私、かれこれ20年くらい太宰の魅力を語り続けてきて、もはや鬱陶しい人間に成り果ててしまっているんですが(笑)。考えてみたら、誰かと一緒に太宰を語る機会って、実はそんなになくて。…なので教えてください!夏子さんは、太宰や『人間失格』のどういうところが好きなんですか?」
夏子「う〜ん、太宰ってなんだか“悲劇の象徴”みたいな作品が多いじゃないですか。私、きっと本能的にああいうのが好きなのかなって思います」
木村「明るい作品もあるけど、根っこの部分は通底してウェットですもんね」
夏子「先日、ある本を読む機会があったんですけど、最後の最後までものハッピーな内容だったんです。 未来に向かってキラキラ輝くみたいな。なんだか私、すごく困惑してしまって(笑)」
木村「ハッピーエンドで終わる作品を読んだときの戸惑い、私もめちゃくちゃよく分かります!幸せの絶頂で終わられてしまうと、その先のことを想像してしまうというか…」
夏子「そうなんですよ、まさに!だったら、ありのままを描いてくれた方が、私の場合、希望を感じるんです。でも一方で、少しひねくれた私もいて、「なんだこの暗い本は!こんなもん読んでるから性格まで暗くなるんだよ!」ってくらい言える人にも、ちょっとだけ憧れがあったりもするんですよね(笑)そっちでいられたら、それはそれで素敵だなって」
木村「確かに、『人間失格』を読まずに済む人生っていうのも、味わってみたかったですね(笑)」
処方した本は…『太宰治の辞書(北村薫)』
木村「太宰が好きで、読書が日常の延長線上にある夏子さんにぜひお勧めしたい作品があります!この本は、北村薫さんファンには根強い人気を誇る《私》シリーズの最新作。主人公の《私》が、《円紫さん》と一緒に、本にまつわる謎を解き明かしていく物語なんですが、17年ぶりの最新作のタイトルに太宰治の名前を見たときには興奮しました」
夏子「太宰シリーズを読んでることを前提に物語が進んでいくわけですね。まさに太宰の上級編…!」
木村「編集者の《私》が、友人に借りて読んだ太宰治の「女生徒」に隠された謎を知る。作中にも登場する“ロココ料理”を手がかりに、作家の創作の秘密を読み解いていくんですが、その過程にも、まるで息をするように作家の名前や作品名が出てきます。物凄い知識と情報量で知的興奮をかき立てられるし、本が次の本を呼び寄せて物語を繋いでいく流れには、思わずため息がもれるほどなんです」
夏子「知的興奮っていい言葉ですね。確かにここにまだ読んでない本の話がサラッと出てくると、追いつかなきゃって気持ちになりそうです」
木村「北村さんの作品には通底して、本とともに生きる幸福が描かれています。30年も作家生活を続けられていて、作品数もめちゃくちゃ多いんですが、初めて読む北村作品として、夏子さんも好きな太宰治をテーマにしたこの一冊をオススメします」
エピソードその3「いま同じ時代を生きている作家さんの本を」
木村「本について聞くことは、その人の心に触れる手がかりにもなると思っています。…そこで質問!夏子さんはいま、どんな本が気になってますか?」
夏子「そうですね。いま同じ時代を生きている作家さんの本を読みたいなって思いが強くて。でも普段は「迷ったら岩波文庫」って決めています(笑)」
木村「「迷ったら岩波文庫」!名言出ました(笑)」
夏子「あとは海外文学を読むようになったのを機に、翻訳違いなんかも好むようになりました。翻訳される方によって全然違うなっていうのにも気付き始めて」
木村「訳者が違うと、作品もその表情を変えますもんね。一つの物語が、さまざまな人の言語感覚や感性の管を通って私の元に届く。「この訳者を通ると、こんな表情を見せるんだ!」って気づいたときのあの幸福はひとしおです。……あれ?「訳者」を「役者」に変えてみると、演技にも同じことが言えますね!」
夏子「わ、ますます訳者さんへの尊敬が増しました。私、外語大学に通っていたんですけど、翻訳の授業が好きだったんです。原文を渡されて順々に当てられていくんですど、訳す生徒によって世界観がバラバラになって。教授も「翻訳は芸術だ」っていう人もいれば、「それを崩してしまうと作者への冒涜だ」っていう先生もいて。本もそういう目線で選んでいくと面白いなって」
木村「翻訳する立場として、本と向き合っていた経験もあるんですね。…これはルール違反かもしれないですが、夏子さんに本を処方してもらいたくなってきました(笑)」
夏子「えええ、私が木村さんに…!?これは大変だ(笑)」
夏子さんが処方した本は…『サブリナとコリーナ(カリ ファハルド=アンスタイン)』
夏子「この作品は、中南米に住んでいる女性達の理不尽さが描かれた小説で、「全米図書賞」の最終候補作にもなった一冊なんです。家庭に問題があったり、家族に暴力を振るわれたりと、重い内容も出てくるのですが、特に希望がましくもなく悲観的でもなく描かれているのが印象的です」
木村「もしかして、今こうして、太宰のことや、同時代小説を読むことで得られる気づきなど、いろいろなお話をした上で、この作品を選んでくれたんですか!?」
夏子「ちょうど私も読み終わったばかりだったというのもあるんですが、直感でこの本が浮かびました。私、中南米には行ったこともないし、正直なところ具体的なイメージさえも持っていなかったんですが、その国や彼らの暮らしが見えてくる感じがして」
木村「ニュースやドキュメンタリーを通して突き付けられる現実とはまた違った、自分の想像力を乗っけて向き合える現実と、小説のなかで出合えたんですね。…あっ!」
夏子「どうしましたか!?」
木村「ちょっといまから怖いこと言いますね(笑)。この本の帯、サンドラ・シスネロスがコメントを寄せてますよね。実は、夏子さんにもう一冊オススメするならあれかなぁって考えていたのが、まさに彼女の小説だったんですよ!」
夏子「わぁ、本が次の本を呼び寄せた。さっきの北村薫さんの小説みたい!」
木村「おあとがよろしいようで(笑)。…とするのはもったいないので、私がバトンをもらいますね」
木村「これは、ラテン系の移民が集まるシカゴのある街を舞台にした作品で、街に越してきたエスペランサという少女が綴る日記のようなエッセイのような文体で物語が展開していくんです。多感な年頃に、言語や文化や個性の違いに晒されながらもさまざまな経験を通して、世界を、自分を、知っていく」
夏子「クォーターとして日本で生まれ育ってきた私にも、共感できる部分がありそうです」
木村「それにさっき、夏子さんが紹介してくれた『サブリナとコリーナ』のように、悔しいことや悲しいこと、やるせないことも起きるのに、悲観的ではないというか。リズミカルな文体やユーモア溢れる筆致には、悲しみさえエネルギーに変えてやろうという強さがにじみます。…実は私の姪っ子は、いまアメリカに住んでるんですが、まさに多感な年代での移住になったので、この本がいつかの支えになればと思って、日本を発つときにプレゼントしました」
夏子「本のプレゼントっていいですね。今日、木村さんからたくさん本を処方してもらいながら、誰かのことを思いながらする本選びって、素敵だなって思っていました」
対談を終えて。
対談後、『はてしない物語』と『太宰治の辞書』を購入してくれた夏子さん。本について話している時の、幸せそうな表情が印象的でした。今後、Hanakoでも何か企画をやるとかやらないとか(?)彼女の活躍に乞うご期待〜!(私も夏子さんから処方してもらった『サブリナとコリーナ』を読み進めながら、これを書いています。)