痩せ信仰を捨て、自由になるには? 本当の意味で“太らない食べ方”を考える
「こんなもの食べたら太るなあ」「ダイエットしないと」「痩せて綺麗になったね」。あるあるフレーズだけど、何で私達って太ったらダメって、本能みたいに思い続けているんだろう。いつの時代もダイエットコンテンツが量産、衰退を繰り返しているのを見れば、痩せようと思うこと自体に無理があるのかもしれない。そこで、いわゆるダイエットとは対照的で、科学的にも効果が検証されている太らない食べ方を探ってみた。すると、見えてきたのは、ただ痩せるだけではなく、痩せ信仰からの解放の重要性だった。
※マインドフルネスストレス低減法(MBSR)
慢性的な痛みやストレスを抱える人に向けて、マサチューセッツ医科大学 ジョン・カバット・ジン博士によって開発された8週間のマインドフルネスの集中トレーニング。多数の研究機関により、その効果が科学的に実証され、数多くの研究論文が蓄積している信頼できるプログラムの一つ。現在は、世界中の医療機関、福利厚生機関、教育機関、会社経営の現場をはじめ、幅広いシーンで応用されいる。
我慢するダイエットが成功しないことは科学的に立証されていた
時代とともに技術や流行は変化するけれど、いつの時代も廃ることなく巷に溢れているダイエットコンテンツ。「〇〇ダイエット」が登場してはいつの間にか消え、を繰り返す。それは、「痩せたい」と望む一方、思うような結果を得られない人が多くいて、需要が尽きないことの裏返しだといえる。
ダイエットは多くの場合、食べる量や、糖質、脂質が多いものを減らしたり、何かを“我慢する”ことが多い。しかし、実は我慢するダイエットは続かないだけでなく、心身ともに健康を害するリスクが高いことが各国の研究結果からわかっている。
こう話すのは、企業向けにメンタルヘルス改善のためのマインドフルネス指導などを行う水野雄太さん。水野さんとともにマインドフルネスの普及活動に取り組む精神科医の植田真史さんは、体への悪影響だけはなく、摂食障害の発症にも『抑制的摂食』は関与し(※3:Stice, 1998)、精神面でも様々なリスクが潜んでいることを指摘する。
そんな悪循環の中で、食べること自体がストレスや不安に直結し、食事に対して否定的な感情を持つようになるケースも。また、抑制的摂食は、空腹感といった自分の体の感覚に目を背け、理性で無理に抑え込んでいる状態。結果、内受容感覚(体の中の感覚)が低下し、不調に気づきにくくなってしまうリスクもあります。
体は飢餓状態なのに、食べたいと思わない。はたまた満腹で体は苦しいのに、食べたい衝動を抑えられないといったケースは、身体感覚と心の結びつきが阻害され、心身が乖離してしまった状態。うつ病をはじめ、心の病を抱える方にも心身の乖離は多くみられます。
そもそも食べ過ぎはなぜ起きる?
我慢するダイエットの弊害はわかった。でも、理性で抑えないと、ついつい食べすぎてしまう、そんな場合どうしたらいいのか。そもそも、食べ過ぎてしまうという反応は、生理学的にみると、どういう状態なのだろうか。
適度に美味しいものを食べたり、飲むことでリフレッシュできるなら、いいストレス発散方法。ただ、問題なのは、自分で制御できないくらいストレスや気分の揺らぎが大きい場合だ。
また、他の動物と比較して、人間ならではの事情がアロスタシスの負荷の増大に拍車をかけていると植田さんは指摘します。
また、ヒトは過去に起こったことを何度も反芻して、ストレスを何度も内的に経験する、あるいは、未来のことを予測する能力があるゆえに、起きていないことに対してもストレスを抱えたり…。大脳の発達が皮肉なことにストレスの蓄積に一役買ってしまっているんです。
加えて、ストレスが高まると私達の体は身を守ろうとして、ストレスホルモンと呼ばれる『コルチゾール』を多く分泌します。この結果、脂肪が蓄積しやすくなるだけでなく、『レプチン』という食欲を抑えるホルモンの分泌が減り、『グレリン』という食欲を増進させるホルモンの分泌が増え、総合的に食欲が増進します。
食べ過ぎのもととなるストレスを自身の中で増幅させてしまう私達。さらに悲しいことに、ストレスへの防御反応の結果として、ストレス→食べ過ぎ→体重増加の悪循環が促進されてしまうというわけだ。
我慢ではなく味わう。ストレスフリーの太らない食べ方って何?
生きていくうえで避けられないストレスは多数あり、その結果として食べ過ぎる。食べ過ぎないように、無理に抑えても、根本的な解決にはつながらず、むしろ心身を蝕む…。こんな八方塞がりな状態を打破するために、植田さんと水野さんが提案するのが「マインドフルイーティング」だ。マインドフルイーティングはその名の通り、マインドフルネスを活用した食べ方のこと。
マインドフルイーティングの実践の仕方は以下の通り。簡単に言えば、目の前の食事に集中し、五感を使って食べるだけだ。
マインドフルイーティングのやり方
① スマホやテレビの電源を切り、周りに読み物などを置かないようにする。
②自分自身の食べるプロセスを把握できるように、沈黙で、ゆっくりとした動作で、落ち着いて、心をこめて食事に向き合う。
③ 食べ物の色や形を観察し、口に近づけて香りを嗅ぎ、ゆっくりと口に入れ、唇や口内の感触を感じ、ゆっくりと噛む音を聴き、味をしっかりと確かめて、喉の奥に消えていくのを感じ取る。
④ 同時に、どんな思いが浮かんでくるかを観察する。
⑤ 2口目以降もこのように食べ続ける。時間がないときや、誰かと食事をする時などは、最初の数口だけでもこの食べ方を実践する。
マインドフルイーティングを実践するとどのような効果が期待できるのだろうか。
実際に、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究ではマインドフルイーティングの頻度が高いほど、体重が減少する傾向があることが確認されています(※4:Daubenmier et al. , 2011)。
また、五感をフルに使って集中して食べることで、ストレスの原因となる記憶から離れることができる。結果として、ネガティブな感情に呑み込まれて、衝動的に食べすぎてしまうことを回避でき、感情的摂食を抑えられます。ほかにも、食べ物の味わいが深まったり、食べ物への感謝の気持ちが生まれやすくなったり、ゆっくり食べることで消化が促されるなど様々なメリットがあるんですよ。
ただ、実践してみると、そわそわしたり、スマホを見たくなったり、別のことを考えてしまったり、意外にも難しいことに気付かされる。
それが短期的なら問題ないのですが、常態化してくると、心のエネルギーをどんどん消費してしまうので、不安障害や抑鬱気分の増幅にもつながってしまいます。そういった時は、まずその落ち着かない感情を感じ取ってみることから始めてみましょう。五感をフルに使って何かと対峙できる大きなチャンスだと捉えて、丁寧に向き合いたいですね。
痩せ信仰。私達を縛るものから自由になるには
ストレスによって誘発される過食。そして、その過食を堰き止めるために有効なのは我慢ではなく、価値判断をすることなく食に向き合うマインドフルイーティングであるとここまで解説してきた。
ただ、体質や骨格が違えば、体型が人それぞれであることは必然であり、そこに良し悪しなど存在しない。たとえ、食べ過ぎて肥満になったとしても、(もちろん、生活習慣病などのリスクは高まるが)別にたくさん美味しいものを食べて、幸せで自分が満足しているならそれでいいのだ。
一方、医学的に肥満であってもそうでなくても、「痩せなければならない」「太ってはいけない」という思いに囚われ続けている状態は苦しい。と同時に、私達が子どもの頃からメディアを通して見てきた“美しさの表象”は往々にしてスレンダーであり、ボディポジティブという概念が登場した昨今でも、その呪縛からは簡単に自由になれないというのが多くの人の本音ではないだろうか。
身体チェックとは、鏡で何度も自分をチェックしたり、他人と自分を否定的に比較したりするなど、自分の体を批判的に調べること。一方、身体回避は自分の身体的外見に関する懸念を引き起こす状況を予防したり回避したりすることを目的とした行動が含まれ、ぶかぶかの服を着る、体重を測らない、鏡を避けるなどが挙げられます。
マインドフルイーティングのベースとなっている、マインドフルネスの実践は、こびりついた価値観をほぐし、こうした痩せ信仰の呪縛から解放されるための一助になることがわかっている。
私たちは、自分自身を癒したり、ウェルビーイングや幸せを最大限にすることよりも、体重や外見に気を取られすぎているのかもしれません。今この瞬間に心が何をしようとしているのか、何をなぜ体に入れているのかといった基本的なことに注意を払えば、神経質になったり無駄なエネルギーを使ったりすることなく、より健康になっていくことができるでしょう。——『Full catastrophe living, revised edition』より
ダイエットと対照的な考え方であるマインドフルネス。オランダのマーストリヒト大学の研究では、対照群と比較して、マインドフルネス介入群の参加者は、食欲、二分法思考(白と黒、善と悪など二項対立でものごとを考えること)、ボディイメージへの関心、感情的摂食、外発的摂食(空腹や満腹などの体内の状態を考慮せず、外部の刺激に反応して食べること)において有意に大きな減少を示したという(※7:Alberts et al. , 2011)。
では、マインドフルネスはなぜ、外見への執着や、食行動まで変容させる効果があるのか。
例えば、『何か嫌なことがある→甘いものを食べてみたらすっきりした→また何か嫌なことがあったら、甘いものを食べよう』と、どんどんループし、ストレス食いがやめられなくなってしまうのもその一つ。こういった『刺激→行動→報酬』という一連の流れを精神科医のジャドソン・ブルワーは『習慣ループ』と定義し、これは報酬によって強化されていきます。
マインドフルネスは、この自動運転的な習慣ループに“間”を作り、選択の余地を生み出す作業。そのための具体的な手法に『STOP』というものがあり、Stop(立ち止まる)、Take a breath(ひと呼吸)、Observe(観察する)、Proceed(次に進む)という4ステップの頭文字をとったものです。
仮に、結果として食べすぎたとしても、自分で食べようと決めるのと、無意識に衝動で流されるのでは雲泥の差がありますよね。自由に選択することができるということは自己効力感や自己肯定感につながります。
「痩せているほうが美しい」。「食べ過ぎは太るからよくない」。嫌というほど、そんな情報のシャワーを浴び続けて生きてきた私達にとって、価値観や行動パターンを変えることはとても骨が折れるような作業に思えるかもしれない。
だけど、太ることへの恐怖や嫌悪が湧いてきた時、食べ過ぎた自分を否定してしまう時、抑圧ではなく、別の選択肢を探ってみる。立ち止まり、ひと呼吸おき、“ウェルカムマット”を心の中、いっぱいに広げて、その時の感情や、感覚に優しく耳を傾け、迎え入れてあげよう。
そんなふうに、マインドフルネスをもって、思考の余白と、選択の余地を創り出すことで、ダイエットだけではなく、こうあるべき、という私達の自由を縛るものすべてからいつか解放されたらと願う。
【出典】
※1:Spangler, 2002, "Testing the cognitive model of eating disorders: The role of dysfunctional beliefs about appearance." , Behav. Ther.
※2:Hill, 2004, "Does dieting make you fat?", Br. J. Nutr.
※3:Stice, 1998, "Modeling of eating pathology and social reinforcement of the thin-ideal predict onset of bulimic symptoms." , Behav. Res. Ther.
※4:Daubenmier et al. , 2011, "Mindfulness intervention for stress eating to reduce cortisol and abdominal fat among overweight and obese women: an exploratory randomized controlled study.", J. Obes.
※5:Thompson et al. , 1999, "Exacting beauty: Theory, assessment, and treatment of body image disturbance." , APA PsycBooks
※6:Shafran et al. , 2004, "Body checking and its avoidance in eating disorders.", Int. J. Eat. Disord.
※7:Alberts et al. , 2011, "Dealing with problematic eating behaviour. The effects of a mindfulness-based intervention on eating behaviour, food cravings, dichotomous thinking and body image concern." , Appetite