食体験から魅力を紐解く。漫画家・ほしよりこの〈味の履歴書〉
その人の食体験を知れば、その人の魅力がもっと見える。
仲よし一家の週1回のお楽しみは〈ブルボン〉と『土曜ワイド劇場』だった。
子どもの頃、週1回の家族団らんのときにだけお菓子が食べられた。ほしさんの履歴は、そんな愛すべきエピソードで綴られる。
ほしさんは2歳上の姉と5歳下の弟に挟まれた、3人きょうだいの真ん中である。3人とも小さいときから大食いで食い意地がはっていたので、食事どきの奪い合いは熾烈だった。姉の食べ方はおっとり優雅で、好きなものは最後まで残しておくタイプ。でもその内実は、自分のものは自分のもの、よりこのものも自分のもの、というジャイアンタイプ。一方、弟は両親からの愛情の注がれ方がハンパでなかった。割を食うのは真ん中と相場が決まっている。欲しいものがあっても、「お姉ちゃんに借りなさい」と言われるし、幼少期の写真も極端に少ないと、いまだに嘆く。
3歳で見事な食べっぷり。
ほしさん3歳のとき、銭湯の帰りにたびたび寄ったのが〈お好み焼きジャンボ〉だ。店名通りジャンボなお好み焼きを、ひとりで完食。その横綱級の大食漢ぶりに周囲はびっくり仰天したという。
母は心尽くしの手料理を食べさせたい人で、あまり外食の習慣はなかった。晩ごはんのメインはたいがい魚で、それも切り身より一尾丸ごとが多かったから、幼い頃から魚の食べ方には長けていた。幼稚園で唯一ほめられたのが、箸の持ち方と魚の食べ方だったそうだ。たまに豚肉が食卓に上ると、子どもたちは歓喜した。「それが私たちのステーキだったんです」
揚げ物もご馳走で、3人ともアジフライが大好きだった。あるとき、いとこの家に遊びに行って泊まることになったのだが、ほし家のその日の晩ごはんはアジフライの予定だった。「泊まるのはうれしいけど、今日はご馳走の日やったから残念」と言うと、叔母が「ご馳走って何なん?」と聞くので、「アジフライ」と答えると、叔母が2人のいとこに向かって言い放った。「あんたら、よう聞き。アジフライをご馳走て言うてる人もいるんやで」と。「その言葉が今も耳に残っています」
職人の家で、祖母の代から食事よりも仕事優先。質素倹約を旨とした。父も「昼はうどん、夜は適当に」という食生活で育ったから、母と結婚して最初の食事に海老チリが出たとき、「こんなしゃれたもん、食べたことない」と驚いたそうだ。
土曜の夜の家族のお楽しみ。
外食もあまりしないし、甘いものも食べさせてもらえなかったが、土曜の夜だけは特別。テレビの部屋にふとんを敷き詰めて、家族みんなで〈ブルボン〉のお菓子を食べながら、『土曜ワイド劇場』を見るのが楽しみだった。CMになると、誰かがゴールドブレンドをいれる。普段はできない夜更かしもOKなのだが、一生懸命眠気に耐えていても、30分もしないうちに寝てしまう。「翌朝、母に、誰が犯人やったん? と聞いたりして(笑)」
父は寝る前、子どもたちによく本を読み聞かせをしてくれた。ほしさんのお気に入りは『木いちごの王さま』だった。王さまが望めば、パーッと食べ物が現れる。パンもミルクも出てくるし、ふかふかのベッドだって現れる。「食べ物が並んだ絵もよくて。憧れましたね。父がページをめくろうとするのを『めくらんといて』と止めてじーっと見てました」。映画でも食べ物のシーンが好きだし、自分でも食べるシーンを描くのが好きというほしさんの原点は、こんなところにもあったのかもしれない。
食の世界が少しずつ広がる。
たまの外食は、〈ステーキのあさくま〉へ。「ドイツの山小屋みたいな建物なんです。素敵な格好をさせてもらって、お行儀の悪い子は連れて行かないと言われて。初めてナイフとフォークを使ったのもここ。ドキドキする体験でした」。同じような経験を甥っ子にもと、先日、友人のレストランに連れて行った。緊張しながらナイフとフォークを使う姿が愛らしかった。洋食デビューは、いつの世も晴れがましく、かわいらしい。
小学校高学年のとき、粗挽きウインナーのシャウエッセンが登場。ほし家でも大ブームが起こる。「むちゃくちゃ、おいしかったんです」。買ってはゆで、姉弟3人で食べまくった。「山盛りにして食べてました」
高校生になって、自分でお金を持つようになると、食事情は一変する。朝はコンビニのパン、お弁当まで食べて、お昼は学食のパン、帰りには〈マクドナルド〉や〈ミスタードーナツ〉へ。当然太る。高校2年でパン屋でバイトを始めると、売れ残りのパンをシェアした友達とともに加速度的に太った。「やせようと鬼ごっこをしたら、走った途端に、みんなのスカートのホックが次々飛んで、大笑いしました」
大学生になった姉がデートから帰って、大興奮で教えてくれた初めての石焼きビビンパの話。「…器が、石やねん。石の丼やねん。それがあっつあつで、生卵とご飯を混ぜて、スプーンでジューッと押しつけると‥焦げんねん。焦げてるところと焦げてないところがあって、卵もふわっとしてるとこもトロッとしてるとこもあって、ちょっと辛いのも入れて、もう、めちゃくちゃおいしい」と。「へーっ、そんな食べ物があるんか」と食べるのが楽しみだったのだが、実際食べてみると姉の話のほうがインパクトで勝っていた。のちに姉の夫となる彼は、ほしさんを初めて焼肉に連れて行ってくれた人でもある。焼肉は、母の実家の庭で焼きながら食べるものだと思っていたのだが、店で食べる焼肉はいろんな部位があって、おいしさに感動したという。焼肉も好きだし、豚足も好き。20代のときによく行ったのは〈水月亭〉だ。そんなふうに、長ずるにつれ、食の世界がどんどん広がっていく。
日々充実の大人の食卓。
ひとり暮らしを始めて、自炊するようになってからは、肉は好きだが外食に任せて、自分で料理するのはほとんどが魚。それも切り身ではなく、鮎だったりサンマだったりを一尾で。結局、子どもの頃に食べたものをなぞっているのかもしれない。カツオの叩きや刺身も、割引になる夕方の時間を狙って求める。「料理を作っていると癒されるんです」。ただ、作りながら食べたりしていると、何を食べたかわからないので、ちゃんと作ってお盆に並べて、食卓に向かう。「夜ごはんは平坦な暮らしの中の一大イベント」。ゆっくり味わう。
ご飯は一度に7合炊いて冷凍する。内訳は玄米5合、赤米1合、ハトムギなど雑穀1合の割合。炊きたては3〜4杯食べて、そのあとおにぎりも作る。おかずにはブームがあって、ホイル焼きや乾物など。ひとり用の小さなコンロで、テレビを見ながら豚しゃぶも。最近、嗜好が変わってきたのか、かんぴょう巻きが好きになったり、まったく好きではなかった湯豆腐に目覚めたり。湯豆腐は自宅で作るし、〈嵯峨 おきな〉に食べに行ったりも。最新のブームだ。
仕事の関係で東京に行く機会も増え、食いしん坊の友人たちと東京グルメも楽しんでいる。「よく行くのは、焼き鳥、蕎麦、天ぷら、寿司、あ、とんかつも。東京のほうがおいしく感じます」。とくに焼き鳥は大好きで、よく行くのが五反田の〈とり口〉。上京の楽しみのひとつだ。逆に、関西にはあちこちから友人たちが来る。最近とくに多く、毎週のように外食するうち、ちょっと太り気味とか。
ほし家のファミリーヒストリーも、ほしさんの個人史も、常に食べ物に彩られている。それってとても、幸せなことである。
猫のスーパー家政婦、今日も参上。
連載20周年を迎え、5月に最新刊『きょうの猫村さん』10巻(弊社刊)が発売された。猫のスーパー家政婦・猫村さんは、今日もぼっちゃんとの再会を夢見ながら日々大奮闘中!