@帝国ホテル 東京 ラ ブラスリー #草笛光子、今日も帝国ホテルで
芸歴73年、映画、ドラマ、演劇界のレジェンドであり、華やかな着こなしで知られるファッショニスタ。そんな日本を代表する大女優・草笛光子さんと〈帝国ホテル 東京〉とは、彼女のデビュー当時から深いご縁で結ばれているという。春の午後、思い出の場所で、ホテルのこと、銀座の街のこと、そして女優人生について伺った。
「ここは女優人生がスタートした若き日の時間が詰まった場所。訪れると今も背筋が伸びますね」
〈ラ ブラスリー〉に草笛さんが現れると、パッと花が咲いたようだった。輝くシルバーヘアに、足元は「靴が大好き」という彼女自身の愛用の一足から〈マノロ ブラニク〉のスエードパンプス。今年90歳を迎える女性がヒールを履きこなす姿の、なんと素敵なことか…!真紅のベルベットの席に着き、店の支配人がグラスにシャンパンを注ぐと「あら、お昼間からいただいちゃっていいのかしら?」と茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「私は帝国ホテルとは本当に長いお付き合いで、フランク・ロイド・ライトが設計した〈ライト館〉(1967年に建て替えのため閉館)があった頃から通っているんです。このレストランもそうですが、私は昔からクラシックな雰囲気が大好き。最初は二十歳の頃、〈東京宝塚劇場〉や〈日生劇場〉の舞台に出ていた新人女優時代に、ほら、どちらの劇場もホテルの目の前でしょ?だから公演の期間中ここに泊まっていたことがあったんです。マチネが終わったらお部屋で休憩して、夜公演の前にまたタクシーで劇場に行って…という毎日。だから帝国ホテルは私にとってまるで楽屋のような、と言ったら失礼かしら(笑)、とても寛げる場所なの」
ホテル二代目の本館である〈ライト館〉が今年開業100周年を迎える〈帝国ホテル 東京〉は、昭和の長き時代を通して芸術家たちに愛されてきた。草笛さんは、その歴史の中に身を置いた〝美しき生き証人〟と言える。
「以前、本館の中2階に〈プルニエ〉(1997年に閉店)という魚介料理のレストランがあったのね。そこで劇作家の菊田一夫先生と三船敏郎さんと3人でお食事したりね。三船さんがとても面倒見のいい気遣いのある方で、これ食べなさいあれ食べなさいって甲斐甲斐しく私のお皿に盛ってくださるから、もう緊張しちゃって必死でいただいたのを覚えているわ(笑)」
そして、昭和を代表する大女優との親交を深めたのもこのホテルだった。
「大先輩の山田五十鈴先生がこのホテルに住んでいらしてね。山田先生がいらっしゃるときは総支配人の犬丸(一郎)さんにお願いして隣のお部屋をとってもらうの。それで山田先生のお部屋で食べたり飲んだりしながらたくさんおしゃべりして、翌朝起きたら目の前の劇場へ仕事に行く、なんてこともありました。高名なテノール歌手の藤原義江さんもこのホテルに住んでいらしたので、何度もお食事をご一緒しましたよ。今もお友達の舞台を観に来たときなどはホテルのラウンジやバーに立ち寄りますが、思い出すのはやっぱりあの当時のこと。懐かしいわね」
そもそも、草笛さんが初めて銀座の地を踏んだのは、地元でも歴史ある横浜第一高等女学校の時代。友人に勧められ、歌劇が何たるかも知らぬまま〈松竹歌劇団〉のオーディションを受け、合格者は60人に1人という難関を突破して研究生となってからだった。
「当時〈松竹歌劇団〉の稽古場が〈歌舞伎座〉にあったんです。楽屋口から階段を上った2階にね。桜木町から省線電車に乗って有楽町駅で降りて、東銀座の〈歌舞伎座〉まで毎日歩いたの。それが17歳の、最初の銀座体験」
〈歌舞伎座〉の稽古場で、朝から夕方までバレエやタップ、日本舞踊、歌に三味線と猛特訓の日々。「辛かったけど、好奇心の方が優って」夢中で芸を磨き、卒業時には優等生の証である〝三階級特進〟に選ばれていた。
「稽古場にいたのはみな私と同じ年ごろの女の子だったけど、パーマをかけたり口紅をつけたりお洒落な子たちばかり。私なんてまっすぐな黒髪をおさげにして、洋裁で使う白い平ゴムで結んでいるような素朴な子だったの。でも、先生には『あなたは何にも色がついていなくて、真っ白だったから一番教え甲斐があった』と言われて、確かにそうだったのかなと。あれからもう70年以上も銀座に通っているのね」
そんな修業時代の思い出の味が、老舗中華料理店の中華饅頭。なけなしのお小遣いで買った、大切な体験だそう。
「たとえば、舞台評論家の先生に連れて行っていただいた銀座5丁目のバー〈ルパン〉や、結婚式のウェディングドレスを作ってくださった森英恵さんのお店〈ひよしや 銀座店〉など、思い出は色々あるけれど、最初に浮かんだのが〈維新號〉のお饅頭のこと。レッスンの帰り、同級生と1週間に1度くらい『今日はちょっと贅沢しちゃおっか』と言って肉まんとあんまんのセットを食べるのが自分への唯一のご褒美でした。それってとても尊いでしょう。銀座は華やかな街だけど、私にとっては〝芸を磨いていた場所〟であり、何も知らなかった白紙の自分が、芸能の世界に入った出発点。だからこのホテルに来るとあの頃のキラキラした気持ちを思い出すの。忘れちゃいけないと思いますね」
撮影時、あまりのフォトジェニックさに一同「かわいい!」を連発していたら、「私のこと何歳だと思ってるの?」と笑っていた草笛さん。インタビューを終えた後も、向かいの劇場へと観劇に出かけて行った。このホテルで過ごす時間は、これからも彼女の女優人生の一ページであり続けるのだろう。
思い出の場所はほかにも...
銀座 維新號(ぎんざ いしんごう)
昭和23(1948)年創業の老舗中華料理店。草笛さんが「青春の味」と語る中華饅頭は今も店一番の名物。肉まん、あんまん各1個648円。
Bar Lupin(バー ルパン)
「評論家の先生に教えていただいた素敵な場所」(草笛さん)。昭和3(1928)年創業の伝説のバー。創業以来、多くの文士や写真家、俳優らに愛される。
銀座 くのや
江戸後期の天保8(1837)年に糸物商として創業。肌触りのいいガーゼのハンカチや風呂敷など、オリジナルの和小物で知られる名店。「私もガーゼの手ぬぐいをよく作ってもらったの」(草笛さん)。
衣装協力・ドレス(アナザーアドレス―大丸松坂屋百貨店ファッションサブスクリプションサービス https://anotheraddress.jp/)/ブローチ、リング(共にオート ジュエラー・アキオ モリ TEL:03-5524-0027)/靴は本人私物、イヤリング・バングルはスタイリスト私物