第3回 だれかの住む街と菓子 〜長崎『南蛮の追憶、海を渡る桃カステラ』〜/高野ユリカ
写真家の高野ユリカさんが写真と文で綴る新連載。街や建築についてのお仕事をフィールドワークとする高野さんが、街を歩いて見つけたスイーツを切り口に‶街と菓子”を語ります。
春、大好きな街、長崎への出張が入った。以前から仕事柄、出張はとても多い方なので、出張先の現地で菓子を探しては買って、撮影の合間によく食べがちだった。長崎には私の好きなポルトガル由来の菓子がたくさんある。
坂の多い街の路地を下り路面電車に乗って、松翁軒本店2階の〈喫茶室セヴィリヤ〉へ。1階のカステラのショーケースを横目に異国情緒あふれる階段を上ると、レトロな空間が。長崎の王道涼スイーツ“ミルクセーキ”を注文。シャカシャカとシェーカーを振る音と、外から窓越しに聞こえる路面電車の音がmixされて空間に響いて心地いい。グラスに目一杯まあるくのっかる薄黄色の存在感。卵をほじくるようにして食べてみる。極上の冷たいスクランブルエッグを食べているような感じ。最初はかき氷みたいなのに、食べていくうちに徐々に溶けていって卵の味が濃くなってくる。ええ、それはまるで卵のカプチーノのようなんです。
そのまましばらく川沿いを歩きながら街を散策。柳が風でそよいでいて気持ちいいな。眼鏡橋付近の飛び石で、少年が川を覗き込んであそんでいるのを横目で見ながら、中華街や出島地区を通りすぎると、南蛮貿易の商人たちも仕事の合間にこんな風に過ごしていたのかなと思い浮かんでくる。
商店街を歩いていると、お菓子屋さんやカフェの看板のあちこちで、さも当たり前かのようにメジャーな人気を誇っている同ビジュアルのケーキを見かけた。“シースクリーム”というものらしい。シースってなんだ?? 元祖シースクリーム発祥の老舗〈梅月堂〉。中間にカスタードクリームを挟んだスポンジ生地の上に、黄桃とパイナップルのシロップ漬けがのっかっている。スポンジ生地はカステラの文化があるからなのか思ったよりもしっとり。長崎の子どもたちにはシースクリームとショートケーキ、どっちが人気なんだろう。記憶の中のあの味として今日も脈々とDNAに刻まれてゆくのだ...。
〈梅月堂〉のお姉さんとお話ししていたら、もう一つの記憶の味“桃カステラ”の話が出た。長崎では春のこの時期、桃の節句や春のお祝い事、贈答用に桃カステラを贈るのだそう。「うちのおばあちゃんが毎年贈ってくれるのが春の楽しみで。お菓子屋さんがそれぞれ作っているから各ひいき家庭で贔屓にしているお店も違うみたい」なるほどそういうものなのか。お姉さんおすすめの万月堂へ行ってみると、冷蔵ショーケースにずらっと桃、桃、桃...桃の形のおっきいカステラ! 想像以上におっきく、厚み10cm以上。これ人の顔くらいあるよね。翌日船で移動だったので、あなたを乗船中のおやつにと決めた。いざ、船に乗りこみ、天気もいいので船のデッキでモグモグ。もっちりふわふわのカステラは蒸しパンとカステラのあいだの子みたい。見た目は甘そうなのに、上にのった砂糖が甘すぎなくて絶妙。こんなの毎春届いたら春が待ち遠しいね。南蛮商人たちも船でカステラ食べてたかな。すでに日本由来に置き替わった桃カステラを連れて、長崎の海を渡るのでした。ボーーッ(船笛)。
写真と文 高野ユリカ
こうの・ゆりか/写真家。新潟生まれ。ホンマタカシ氏のアシスタントを経て、2019年に独立。建築、環境、街などの分野を中心に活動。 https://www.yurikakono.com/