冷やされ忘れたマヨネーズ#03 豆苗も私も生きもの|小原 晩エッセイ

冷やされ忘れたマヨネーズ#03 豆苗も私も生きもの|小原 晩エッセイ
冷やされ忘れたマヨネーズ#03 豆苗も私も生きもの|小原 晩エッセイ
CULTURE 2026.02.28
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』など、日常を描くエッセイで話題を集めてきた小原晩さんが、食べものとそれにまつわる生活を綴ります。今回は「びんぼうの味方」と聞きつけて育てはじめた豆苗についての少しビターな記憶を語ります。

#03 豆苗も私も生きもの

他人の家で豪快に育つ窓べの豆苗から目をそらす。

うちではうまく育ててやれなかった無数の豆苗を思い出してしまう。

ひとり暮らしをはじめて、自炊をするようになり、とても安いし、二度三度はよみがえるし、あれはびんぼうの味方なのだと人づてに聞いて、スーパーで買ってきた豆苗を、卵と炒めて醬油をかけたら、もうそれだけで立派においしかった。他人に食べさせるような感じのしないごく個人的な料理が好きだ。

切りとった豆苗はおいしくいただいたわけだけれど、これからを担うのは、残された根の部分である。水につけておくと、ぐんぐん伸びるらしい。また食べることができるらしい。やってみよう。タッパーに水道水を入れて、根を浸す。窓辺に置く。よしよし。しめしめ。それから三日たって、四日たって、水がなくなれば、足した。すると、少し密度のうすくなった、それから色もうすくなった、豆苗のでがらしのようなものが生えてきた。ほほう。生命力って目にみえるのだ。一週間ほど経って、刈り取る。よく洗って、フライパンで炒めて、前回と同じように溶いた卵を入れて、醬油をかけて、食べる。なんだか、なまぐさいというか、豆苗の嫌な青くささ、えぐみは濃くなって、噛んでいる間、顔がしわしわになる。

これをひとが喜んで食べているわけがないのだから私が何かを間違えている。けれど調べることが苦手なので、というか、なんとなく調べることを拒否しているようなところがあるので、真相がわからないまま、何度も挑戦しては、顔をしわしわにする。

しわしわになるだけならまだいいのだけれど、毎日毎日水を換えたりすることができなくて、気づいたら窓辺で豆苗がぐちゃぐちゃになっていたこともある。恋人と一緒に住んでいる家だったから、少し怒られ呆れられ、それからは豆苗を育てようもんならじっと睨まれるようになった。

一度くらいはうまく育てられたかもしれないけれど、そんな記憶はうすうく、うすうくなるほど、失敗をつみかさねている。来世は豆苗を生命力いっぱいに育てられる立派な人間になりたい。そんなことをだらだら言っていても仕方がないのだから、豆苗の育て方を、今ここにきて、やっと調べる。

窓辺におくこと。夏は一日二回、他の季節は一日一回水をとりかえること(足すのではなく、完全にとりかえる)。水は根がつかる程度にすること。豆は水につけないこと(くさりやすくなるらしい)。

これらのことを守ろうと思うと、急な気力の減退の多い自分のようなものには、無理だと思った。いとうるわしい豆苗の再収穫は、いつか訪れるはずの安寧の日々に託そう。

小原
小原 晩

おばら・ばん 1996年、東京都生まれ。作家。2022年に自費出版でエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(のちに商業出版)を刊行。その他の著書に『これが生活なのかしらん』。

HP|https://obaraban.studio.site/

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