おひとり様推奨!針と糸で未来を切り開け。コーエン兄弟に才能を見出された新鋭が描く“お裁縫クライムサスペンス”『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』の見どころ
今作がおひとり様映画におすすめな理由
針と糸という最小の道具から生まれる極大のサスペンス。独創的な構造と設定、そして切実な物語は想像以上に心の奥深くに刺さるかも。じっくり堪能するためにも、まずは1人で鑑賞してみるのはいかがだろうか。
山道を運転中、犯罪の匂いがする事故現場に遭遇したお針子の女性。2人の男が倒れ、周囲には拳銃と鞄が転がっている。彼女は警察に通報しかけるが、針と糸を使ったある計画を思いつく——。2019年、当時19歳だった新鋭監督フレディ・マクドナルドが映画学校の入学審査用に製作した6分の短編映画『Sew Torn』。その創造性と完成度の高さは瞬く間に話題となり、配給権を獲得したサーチライト・ピクチャーズにより劇場公開された後、公式YouTubeにて配信された(現在も視聴可)。作品に影響を与えたというジョエル・コーエン監督も作品を鑑賞し、絶賛すると共に長編映画として撮ることを強く推奨。そうして2024年に発表された映画が、12月19日公開となる映画『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』。その名の通り、不幸で孤独なお針子を主人公に据えた、若き監督の創造性に溢れた”お裁縫クライムサスペンス”である。
舞台は山々に囲まれた小さな町。お針子のバーバラ(イヴ・コノリー)は、唯一の肉親である母の死後、”喋る刺繍”の店を譲り受けるも常に閑古鳥が鳴いており破産寸前。親しい友人も恋人もおらず、孤独な日々を送っていた。ある日、バーバラは常連客グレースのウェディングドレスの仕立てに遅刻した挙句、ドレスを仕上げる大事なボタンを失くしてしまう。店までボタンを取りに戻ろうと来た道を引き返すバーバラだったが、その道中でバイク乗りの男2人による事故現場に遭遇。路上には薬物のようなものと拳銃、大金入りのアタッシュケースが転がっていることから、どうやら犯罪絡みの事故のようだ。それを見たバーバラの頭に3つの選択肢がよぎる。「大金横取り」か「通報」か「見て見ぬふり」か。だがどれを選んでも、彼女を待ち受けていたのは茨の道だった……。

見せ方と内容、その両方においてとてもヘンな映画である。本作はバーバラが事故現場を目撃した後、彼女がどのような選択肢を取るかで分岐する3つの未来を順番に映し出していく。分岐した未来はそれぞれ交差することなく、ただ「この選択肢はこの未来に繋がっていました」と示すのみ。マルチエンディング・ゲームの感覚を映画に落とし込んだようなこの構造は、ドイツ映画『ラン・ローラ・ラン』(98)を想起させつつも、より皮肉で残酷だ。良かれと思って下した決断ほど、バーバラ持ち前の不運によって思いもよらぬ方向へ転がっていく。その積み重ねが、人生のままならなさを強烈に浮かび上がらせる。
世界観も独特で、バーバラが販売する”喋る刺繍(紐を引っ張ると録音されていた声がでる仕組み)”を始め、主人公の乗る車や町並みはどことなくメルヘンチック。それでいてコーエン兄弟風のダークなユーモアと不条理さ、暴力性を併せ持つクライムコメディなのだからなんとも倒錯的な組み合わせだが、それこそが本作の持つ唯一無二の持ち味なのだ。

主人公のバーバラは頼れる身内や友人もおらず、とびきり不運で貧困、かつ運動能力も高くない。かなり頼りない人物だが、そんな彼女にも誰にも負けない特技がある。それがお針子の仕事で培った創造性に溢れた裁縫スキル。単に刺繍をするのが上手いという訳ではなく、彼女は針と糸だけで瞬時にピタゴラスイッチ的な仕掛けをつくることができるのだ。例えば事故現場を目撃して大金横取りを目論んだ彼女は、落ちている銃のトリガー部分に糸を通して…という仕掛けを張り巡らせる。非常に丁寧にその過程が描かれるものの、それが実際どんな結果をもたらすかは作動するまで皆目見当が付かない。短編でも描かれたその仕掛けは、長編となった本作でさらに複雑にパワーアップ。やがてバーバラは銃を持った悪党と対峙することになるのだが、針と糸を使った創意工夫だけで圧倒的な暴力に抵抗しようとする彼女の姿は、思いもよらぬスリルと興奮をもたらしてくれる。ちなみに監督インタビューによれば、その仕掛けは実際に作用するものだというのだから驚きだ。

また本作は単なる奇抜なアイデア映画にとどまらず、社会の周縁で傷を抱えながら生きる人間が、意志と創造性によって未来を切り開いていく物語としても機能している。回想を用いない本作ではバーバラの過去について詳しく明かされないが、冒頭から示唆されるのは彼女が母の亡霊に縛られているということ。彼女は母から継いだ刺繍屋を営み、周囲からは母と比較され、決断する時にはいつも母の声が彼女を後押しする。おそらく彼女はいつも母の言う通りに生きてきた。だからこそ何をするにも自信がないのだろう。そんな彼女が選択の果てに陥る極限状態で、悪党だけでなく母の呪縛とも対峙していく姿はなんとも切実で印象的だ。
針と糸という最小の道具から生まれる極大のサスペンス。予測不可能な連鎖反応の先に何が待ち受けるのかは、ぜひその目で確かめてもらいたい。独創的な構造と設定、そして切実な物語は想像以上に心の奥深くに刺さるかも。じっくり堪能するためにも、まずは1人で鑑賞してみるのはいかがだろうか。
1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。
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