おひとり様推奨!友達を助けたい少女と母に会いたい男。奇天烈な街で幾つもの人生が交差し、優しさが連鎖する映画『ユニバーサル・ランゲージ』の見どころ

おひとり様推奨!友達を助けたい少女と母に会いたい男。奇天烈な街で幾つもの人生が交差し、優しさが連鎖する映画『ユニバーサル・ランゲージ』の見どころ
おひとり様映画#13
おひとり様推奨!友達を助けたい少女と母に会いたい男。奇天烈な街で幾つもの人生が交差し、優しさが連鎖する映画『ユニバーサル・ランゲージ』の見どころ
CULTURE 2025.08.28
デートや友達、家族ともいいけれど、一人でも楽しみたい映画館での映画鑑賞。気兼ねなくゆっくりできる「一人映画」は至福の時間です。ここでは、いま上映中の注目作から一人で観てほしい「おひとり様映画」を案内していきます。今回は映画『ユニバーサル・ランゲージ』について。鑑賞後はひとりで作品を噛み締めつつゆっくりできる飲食店もご紹介。

今作がおひとり様映画におすすめな理由

『ユニバーサル・ランゲージ』

奇想天外で愛おしい映画の世界にじっくり浸りたくなる映画。深い余韻を堪能するためにも、まずはひとりで観にいくのがおすすめかも。

生まれながらの不均衡や貧困、公的支援の欠如もすべて自己責任と見做される冷たい社会に手が悴みそうになるが、そんな今の時代に「人は関わり、助け合うものだ」と思い起こさせてくれる映画が8月29日に公開される。それが新鋭・マシュー・ランキン監督のカナダ映画『ユニバーサル・ランゲージ』。舞台となるのはカナダ・マニトバ州の州都であるウィニペグで、実在する街ではあるのだが、本作で描かれるのはペルシャ語とフランス語が公用語となった“架空のウィニペグ”。ランキン監督が本作のテーマのひとつを「人に優しくすること」と語るように、その街では風変わりな人々の善意が思わぬかたちで連鎖していく。ジャンルで言えばファンタジーなのだが、そこに映し出される損得と無縁な優しい営みは、この時代を生きる我々の心を掴んで離さない。

街中にペルシャ語が溢れる冬のウィニペグ。子どもたちはもう一つの公用語であるフランス語を学校で学ぼうとするが、生徒のひとりであるオミッドは目が悪く黒板の文字が読めない。駐車場で凶暴な七面鳥に出くわし眼鏡を奪われてしまったと弁明するも、腹を立てた先生はオミッドが眼鏡を手にするまで授業の中断を言い渡してしまう。彼に同情したクラスメイトのネギンは凍った湖のなかに大金を見つけ、眼鏡を買ってあげることを思いつく。ネギンは姉のナズゴルとともに、湖のなかにあるお金を取り出すため、大人たちに助けを求めながら奮闘する。

その頃、ケベック州・モントリオールの役所で働いていたマシューが仕事を辞め、故郷であるウィニペグに戻ってきていた。久方ぶりに実家を訪れるも、そこは既に別人の手に渡っていて母親の行方が分からない。親切なウィニペグ住民たちに助けてもらいながら母を探すうち、マシューとネギンの人生が思わぬかたちで交差していく。

映画『ユニバーサル・ランゲージ』

映画はペルシャ語で「ロバート・スミス・スクール」と書かれた学校の外観から始まる。カメラは雪に囲まれた学校の外側から動くことがないまま、騒がしくする生徒たち、彼らを叱責する先生、そこに遅刻してくるオミッドの姿をじっと捉えていく。そうして何気なく捉えた風景の片隅でごく自然に物語が動き出すのだ。冒頭からいきなり立ち登るその独特の空気感に、観る者はたちどころに心を奪われてしまう。

生徒のひとりが実在したコメディアン、グルーチョ・マルクスに扮装していることから、歴史がどこかで変わってしまった世界であると窺い知れる。ウィニペグが属するマニトバ州はカナダから独立しているようで、独自の通貨“リエル”が使われているのだ(カナダ政府に対し、マニトバ州のため反乱を起こした実在の政治家、ルイ・リエルから来ている)。そこはペルシャ語が使われているだけでなく、あらゆるものがあべこべ。カナダとイランが融合したような文化が根付いているが、街には共産主義国を思わせる無機質で色味のない建築物が建ち並ぶ。どれもレンガかコンクリートで作られていて、一見するとその建物が何なのかさっぱり分からない。しかも入ってみるとティッシュ屋だったり七面鳥屋だったりする。数少ない見覚えある施設としてショッピングモールが登場するが、なぜかそこは歴史的に重要な施設として立ち入りが厳しく制限されている。さらに併設の映画館では3Dや2Dは刺激が強すぎるということで、1Dの映画だけ上映しているという。もう滅茶苦茶である。

映画『ユニバーサル・ランゲージ』

そのようにランキン監督はあらゆる文化や歴史や様式を横断して、これまで観たことのない奇妙な世界を創造した。監督の表現を借りれば、これは「テヘランでウィニペグを探し、ウィニペグでテヘランを探す」映画なのだ。ウィニペグ生まれでありながら10代の頃にイラン映画に夢中になり、巨匠モフセン・マフマルバフ監督が設立した学校で映画を学ぶためにイランのテヘランに渡った(そのとき既に学校は閉鎖されていたそうだが)という監督の体験と密接に繋がっているであろう本作には、たしかに70、80年代のイラン映画の空気が流れている。また監督の祖母が幼少期に凍った路上に埋もれた2ドル札を見つけたエピソードに着想を得たりと、脚本も監督自身や周囲の体験が出発点にあるようだ。ただその出力方法が奇想天外すぎて、ささやかな日常を描く映画なのに次になにが起こるのか皆目検討がつかない。その予測不可能性や不条理さが実に楽しく、心地良い温度で笑わせてくれるのだ。

映画『ユニバーサル・ランゲージ』

無機質なウィニペグの街並みは人通りも少なく、雪景色も相まって冷たい印象を感じさせる。だが画一的な街とは裏腹に、そこに暮らす人々は誰もが派手で個性的。必ずしも皆が善人というわけではないが、それぞれが姉妹とマシューを助けるため大なり小なりの優しさを持ち合う。街並みの冷たさがコントラストとなり、浮き上がる人の繋がりが実に温かな感情を呼び起こしてくれるのだ。のほほんとした語り口で展開されていく作品だが、中盤以降には巧みな映画的トリックも仕掛けられていて、それにより見えてくる人々の関係性や多面性がこの街や人々をさらに愛すべきものにする。そうして静かな画とダイナミックな演出を掛け合わせながら辿り着く、物語の円環を閉じるような最後のワンシーン。そこに込められた深い情感はしばらく忘れられそうにない。

映画『ユニバーサル・ランゲージ』

劇中、ウィニペグの殺風景を観光客に紹介するツアーガイドは、何の変哲もないベンチに長年放置された鞄を指してこう紹介する。「どんなに平凡なものでも、人間同士の絶対的な連帯を示す記念碑になれるのです」。“架空のウィニペグ”の平凡な日常を描いたこの映画は、もしかすると人の優しさと連帯の象徴となる記念碑的一作として後世に語り継がれるかもしれない…なんてことを空想してみたり。

奇天烈な世界観と映像スタイルが視覚的に楽しいだけでなく、オフビートな笑いと普遍的な優しさで心もしっかり満たしてくれる『ユニバーサル・ランゲージ』。もちろん誰かと観にいくのも良いけれど、観終わった後はこの愛おしい世界と深い余韻に静かに浸りたくなるかも。じっくり堪能するためにも、まずはひとりで観にいくのをオススメしたい。

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ライター

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。


公開情報
『ユニバーサル・ランゲージ』
『ユニバーサル・ランゲージ』


2025年8月29日(金)新宿シネマカリテほか全国公開

https://klockworx.com/movies/universallanguage/

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