おひとり様推奨!得体の知れぬ悪が心を蝕む。震恐のサイコホラー映画『ロングレッグス』の見どころ

今作がおひとり様映画におすすめな理由
えも言われぬ狂気と極限の緊張感に包まれる一作。同行者に「なんて恐ろしい映画を観せてくれたんだ」と怒られる可能性があるので、まずはおひとりでの鑑賞がおすすめかも。
ホラー映画に期待する要素とはなんだろうか。FBIが正体を掴めない正体不明のサイコパス? 片田舎で斧を振り回し大虐殺する殺人鬼? 不気味な人形や、あるいは超自然的な何か? それぞれ違った恐ろしさがあるが、それらの恐怖が巧みに凝縮された震恐のサイコホラー映画、『ロングレッグス』が3月14日に公開される。
北米配給を担ったのは、『パラサイト 半地下の家族』(2020)や『ANORA アノーラ』(2024)など、アカデミー賞作品賞獲得作をはじめ、話題作を続々と扱う気鋭の独立系映画製作·配給会社NEON。本作が2024年夏に北米公開されると瞬く間に評判を呼び、同社の配給作品で歴代最高の興収記録を樹立。過去10年の独立系ホラー映画としても北米No.1ヒットという異例の記録を打ち立てた。加えてメディアからは「この10年でいちばん怖い映画」と評されるなど、名実ともにこの10年で最高峰のホラー映画と言えるだろう。
謎のシリアルキラーを演じるのは、製作も兼任する名優ニコラス·ケイジ。親しみある彼の相貌からは想像もつかないビジュアルと怪演は新時代のホラーアイコンと呼ぶに相応しいインパクトを放つ。これまで観たことのない、だが我々のすぐ近くに潜んでいそうな“悪”を、我々は彼の姿を通して目撃することになる。
舞台は1990年代半ばのオレゴン州。FBIの若手捜査官リー·ハーカー(マイカ·モンロー)は、並外れた直感力に導かれ、住宅街に潜んでいた凶悪犯の逮捕に成功する。彼女の能力を使えると判断した上司のカーター(ブレア·アンダーウッド)は、長年未解決だった重大事件の担当に抜擢する。その事件とは「平凡な家庭の父親が家族を惨殺した後に自ら命を絶つ」というもの。類似の事件は過去30年に10回発生。いずれの現場にも侵入者の痕跡はないが、“ロングレッグス”という署名付きの暗号文が残されていた。
ハーカーがその事件を調べ始めたある日、彼女の家に何者かが侵入。気付くとロングレッグスからハーカーに宛てたバースデーカードが机の上に置かれていた。そのカードに書かれた文章をヒントに、彼女はロングレッグスの暗号の解読に成功する。やがて犯行にある規則性を見出し、少しずつ真相に近付いていくハーカー。長らく停滞していた事件の捜査が一気に進むが、それと共にハーカーとロングレッグスに接点があることが判明。解決に向かうと思われた事件は、さらなる狂気と混沌に包まれていく……。

ある少女が奇怪な容貌の男に出会い、真っ赤なオープニングクレジットに繋がる冒頭から不穏な空気が作品全体を支配する。日常的な光景に違和感を植え付けていくオズグッド·パーキンス監督の卓越した演出がとにかく見事だ。たとえば正方形に近いアスペクト比の映像から始まる本作には、至る所に四角い視覚的モチーフが仕込まれ、常に何かに囲われているような閉塞感を漂わせる。また閑静な住宅街に誕生日のパーティー、母が暮らす実家など、登場するのはアメリカ的な豊かさや幸福、安心を象徴する場所であるが、映るものや響く音がどこか気味の悪さを孕んでおり、そのすべてが無性に不安を掻き立てるのだ。
パーキンス監督は1996年に起きたジョンベネ·ラムジー事件から着想を得たと語るが、本作を観ているとあらゆるサイコスリラー/ホラーの影響を色濃く感じさせる。連続殺人犯が暗号を残すという点ではデヴィッド·フィンチャーの『ゾディアック』(2007)を想起させるし、女性捜査官がシリアルキラーを追う姿は『羊たちの沈黙』(1991)と符合する。本作で多用される一点透視法(※1)やプラクティカル·ライティング(※2)といった映像手法は『シャイニング』(1980)さながら。そしてそれ以上に本作と重なるのは黒沢清監督の傑作スリラー『CURE』(1997)である。普通の人々が謎の男の影響で突如殺人鬼へと変貌する『CURE』と同様に、本作でも善良な人間が何かに操られるかのように殺人を犯していく。抗えない力により日常が残酷な非日常へと突如スイッチするこの作品の根底には、いつ崩れてもおかしくない不安定なアメリカ社会に抱く人々の恐れが反映されているのかもしれない。
(※1)画面が一点の消失点に収束するような奥行きある構図で撮影する手法
(※2)光源(照明)を映像のなかに組み込む手法

ロングレッグスを演じたニコラス·ケイジの怪演は言わずもがな、主演を務めたマイカ·モンローの演技が本作の恐怖の手触りをより本物に近いものにする。『イット·フォローズ』(2014)の主演としてブレイクを果たし、新時代のスクリーム·クイーンと称されていた彼女だが、本作ではそのイメージに抗う新境地に挑戦。叫ぶ、逃げ回るといった技は封印し、忍び寄る狂気と自身の過去に隠された謎に怯え、躊躇いながらも真相に迫る主人公の内心を抑えた演技で繊細に表現することに成功している。本人によれば『ドラゴン·タトゥーの女』のルーニー·マーラを参考にしたという。彼女の静的な演技とケイジの狂気的な演技とのコントラストがなお互いの技量を引き立てる。ネタバレになるので詳しくは語れないが、この2人以外の俳優も素晴らしいパフォーマンスを披露しているのでぜひ演技面も注目してもらいたい。恐ろしくてそれどころではないかもしれないが。

サイコホラーというジャンル映画である以上は好き嫌いが分かれるのは間違いないが、好みに関わらず観賞後しばらくはこの物語のことが頭から離れないのは確実だ。数々の名作へのオマージュも感じさせつつ、研ぎ澄まされた恐怖演出と俳優陣の名(怪)演、常識の外へ連れ出される話運びからはホラー映画の新たな可能性も感じさせる。
えも言われぬ狂気と極限の緊張感はホラージャンル好きには堪らないことだろうし、映像作品としても相当キレのある一作なので嗜好に関わらずぜひトライしてもらいたい。ホラーにはお馴染みのジャンプスケアはないのでそこはご安心を。ただそれでも同行者に「なんて恐ろしい映画を観せてくれたんだ」と怒られる可能性があるので、まずはおひとりで鑑賞するのが良いかも。

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。
公開情報

『ロングレッグス』
公開日:2025年3月14日(金)
監督·脚本:オズグッド·パーキンス
出演:マイカ·モンロー、ニコラス·ケイジ、ブレア·アンダーウッド、アリシア·ウィット
© MMXXIII C2 Motion Picture Group, LLC. All Rights Reserved.
text_ISO edit_Kei Kawaura