河合優実、「誰かを生き返す」ということ。| 救いやカタルシスで終わらせない映画にこそ、私たちは希望を立ち上げる。逆転不可の現代社会を描く映画「あんのこと」

CULTURE 2024.06.04

「大変なものを観てしまった」と思った。これは誰かと話したくなる映画であり、誰にでも観てほしい映画だ。コロナ禍で居場所を失い絶望してしまった若い女性の実話に基づいた映画『あんのこと』。毒母、薬物中毒、売春……。本年度の邦画の傑作の一つにして問題作。壮絶な人生を送った主人公を体当たりで演じた河合優実さんにお話を聞いてみました。

河合優実

杏(あん)は21歳の女の子。幼い頃から母親からの虐待を受け、小学4年生から不登校になり、12歳になると母親に売春で日銭を稼ぐことを強いられ、覚せい剤中毒に陥るようになった。ある日、ひとりの刑事と出会ったことで、薬物から更生。母親からも離れ、新しい自分の人生を少しずつ歩み始める。が、しかし。突然世界を覆ったコロナ禍により、一筋の光りを見出したはずの杏は生きるための手段を失ってしまう――。
映画を観た後、なんとも言えない気持ちになった。入江悠監督も映画の動機について「自分のすぐ隣にこういう子がいた、という事実を知って衝撃を受けた」と語っていたが、「ステイホーム」や「ソーシャルディスタンス」というふわっとした言葉の裏側に、こんなにも惨たらしい現実があったことを知らなかった、いや、見ようとしていなかった自分に改めて気付かされた。「こんな救いようのない世界にも救いはある」なんておためごかしも言えない、逆転不可の現実を。しかし、そんな中でも杏は生きていたし、彼女を演じた河合優実も全力で生きていた。そのぶざまで実直な「生きざま」を感じる映画だったと思うのだ。

――河合さんはどんな気持ちで杏という役を演じていましたか?

河合 最初から最後まで思っていたのは、「真剣でありたい」ということでした。実在する「ハナさん」(仮名)という女性がモデルなんですが、ハナさんとお会いしたり、お話をしたりすることができないぶん、彼女の気持ちや思いは想像するしかないので、本当に全力で真剣に取り組まなきゃいけないし、この役と、ハナさんを自分が守る、絶対に守らなきゃって。そんな気持ちだったと思います。

――「彼女の人生を生き返す」ことがテーマだったそうですが、生き返してみてわかったことは何かありましたか?

河合 ハナさんの記事を書かれた新聞記者の方に長時間話をうかがいましたし、彼女の人柄やエピソードもいろいろ教えていただいたんです。やっぱり、彼女の生きた時間に思いを巡らせることがわたしには大事で、そうすることで、彼女は虐げられた弱者であるという思い込みは薄れていって、逆に懸命に生きようとする意志の力を強く感じるようになりました。その中ですごく印象に残ったのが、人とのつながりが強くなっていったから薬物をやめられた、という彼女の言葉でした。それは、彼女を助けた刑事さんだったり記者さんだったり、薬物依存の更生サークルの人たちだったりなんですが、たぶん、いろんな人と出会って外の世界が開けたことが大きかったんだと思うんです。ですから、わたしも刑事の多々羅を演じた佐藤二朗さんを感じよう、ジャーナリストの桐野を演じた稲垣吾郎さんを感じようとすごくしていたと思います。

――すごいと思ったのが、薬物依存から立ち直り、新しい人生を生きると希望を持ったときに、コロナ禍に叩きのめされ、分断の割れ目に落ちていってしまう、そこをちゃんと描いているところでした。絶望が非常にリアルだなと。

河合 そうですよね。最初は、自分がいるところが良いか悪いかも考えられない、薬と暴力だけが周りにある世界に生きていて、それが当たり前だった。だから、そこに希望もなければ絶望もない。でも、そこから這い上がり、別の世界を知ったことにより、希望を持つこともできた。だからこそ、そこから落ちてしまったときの杏の絶望は計り知れないものだったとも思うんです。

――でも、自分がいた世界とは違う世界を知ることができことは、彼女にとっては良いことだったし救いだったんですよね?

河合 だと思います。そのときは絶対幸せだった。杏は、わたしたちが感じる以上に心や社会性の部分で小学生ぐらいの経験しかありませんから、そのときのうれしさや喜びは、普通の人が感じるものよりすごく増幅されていたと思うんです。わたし自身、演じていて、いままで感じたことのない満たされた気持ちにもなりました。

――コロナ禍の2020年といえば、「ステイホーム」という言葉が流行りましたが、「家にいる」ことがこんなに過酷で絶望しかないなんて、なんて皮肉なことだろうと。ある意味、「家」に囚われてしまった女の子の話でもある、とも思いました。河合さん自身は家族との関係はどんな感じでしょう?

河合 すごく仲が良いんです。血のつながりを盲信するわけではありませんが、血縁関係にある人だから何でもわかってもらえるはず、みたいなことをすごく思いながら育ってきた部分はあるんです。だから、親とは何でも話しますし、逆にわかり合えないときの方が切なくなっちゃうというか。とにかく、愛されて育ってきたんだなと思いますね。

河合優実
河合優実

――ちなみに、話題になったドラマ『不適切にもほどがある!』ではスケバン・純子を好演して話題になりましたが、彼女の場合は不良とはいえ家族に愛されていました。

河合 あれを演じたのはこの映画の1年ぐらい後。ちゃんと愛されて育っている感じは自分の家庭環境と共通するけれど、80年代に生きていた女の子という点では、想像するしかない部分が多かったので、それがちゃんと成立しているのかどうかが心配でしたけど(笑)。

――ものすごく成立してました(笑)。

河合 よかったです(笑)。

――そして、映画の後半、杏はひょんなことから赤ちゃんを預かることになり、一生懸命育てようとしますが、それも杏にとっては新しい世界であり、希望と幸せにあふれていました。

河合 やっぱり、家って選べないじゃないですか、生まれてくる家は。そこが杏の家のように大変であれば大変であるほど、外に出るのは難しいし、どんどんお互いに依存していくし、暴力も連鎖していく、というのはよく言われていることで。でも、杏は、子供を預かったときに自分が受けた暴力を繰り返さず、守護者になれたことはそういう定説へのアンチテーゼのようでもあって。そういう映画で良かったなって。

――それにしても、河合さんは本当にリアルに演じていらっしゃって、本当にこういう人が生きている、という感じがしましたし、ドキュメンタリーのようにも見えました。演じる上での難しさや面白さみたいなものは、どんなところだったでしょう?

河合 やっぱり、育った環境が違うと、どうしても動き方や所作が変わってくるので、これは難しいなと最初は思いましたね。というか、わたしはいままで環境が近い人ばかりを演じてきてたんだなと実感したんです。手の先まで役作りが必要な役をいままでやったことがなかったんです。

――それは、杏が日記を書くときのぎこちなさ、みたいなことですか?

河合 はい。入江監督からも注文があったんです。小学4年生までしか勉強してない、字をあまり書いたことがない女の子なので。字も何パターンか書いて、どれにしますか? みたいなこともやって。

――すごい! そういうディテールの積みかさねがあのリアリティにつながっているんですね。

河合 想像して創造する、というか。今回、それを溜め込む時間が長かったですし、ハナさんについて取材したりする時間もあったので、杏という女性像が頭の中にある時間が長かったんです。なので、町にいる人とかも気になって、あの子の立ち方いいな、杏っぽいなと思ったり。

――それは例えば?

河合 渋谷のカフェで、レジのところで注文をしていた女の子がいたんです。たぶん、小6か中1ぐらいだったんじゃないかと思うんですが、そういうお店にいるには年下すぎて、なんだかすごく不安げに見えたんです。何て言うんだろう、見かけたら大丈夫かな?とは思うけど、声はかけない、ぐらいの感じ。その雰囲気がちょっとヒントになってたりするんです。

――ところで、河合さん自身が「つらいな」「息が詰まるな」と思うことってありますか?

河合 やっぱり、無関心な風潮ですよね。本当に生きづらさを感じる人たちって、声を上げるとかそういう次元にもいってないから、声を上げられる立場にいる人たちがもうちょっと関心を持たないと何も変わらないなと思うんです。非常に難しいことではあるんですが。杏もそうですよね。自分のいる世界しか知らないから、自分が特殊な環境下にいるとか、そういう考えに及ばないし、逆に、「生きづらい世の中だな」とも思わない。知らないから、「世の中とはこういうもの」だと。でも、役所へ行って、「生活保護を支給しろ」と役所の担当者に多々羅が怒って初めて知るんです。「言ったら変わるんだよ、世の中は」って。

河合優実

映画『あんのこと』

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映画『あんのこと』
2020年6月に新聞に掲載された「ある少女の壮絶な人生を綴った記事」を基に描く衝撃の人間ドラマ。主人公の杏を河合優実が、杏の更生を助ける刑事を佐藤二朗が、杏を取材する新聞記者を稲垣吾郎が演じている。監督・脚本は『SRサイタマノラッパー』や『AI崩壊』などで知られる入江悠。
6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開
配給:キノフィルムズ
©2023『あんのこと』製作委員会

ワンピース¥99,000(スタジオ ニコルソン/スタジオ ニコルソン 青山■03-6450-5773)

Photo_Saki Yagi Text_Izumi Karashima Styling_Mayu Takahashi Hair&Make_Rumi Hirose

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