連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。
CASE11 鰤岡和子〈WOLD PASTRIES〉主宰
おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。
食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。
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家族の成長と、働き方に合わせながら辿り着いた家。
独立開業、結婚、出産。若き日々を駆け抜けた鰤岡和子さん。子供の成長を見守りながら、家族の核であり続ける夫婦理想の家を、東京都下の、自然豊かな丘の上に造った。
山の斜面に立つ、木造2階建ての一軒家。向かい合うように、別棟の小さな菓子工房が立つ。裏山や畑を含めて、敷地は300坪以上。町田市郊外にある家の周辺は、東京都内と思えない長閑さだ。庭にも柚子や梅、すももと様々な木々が植わっている。
「元からあった木もあれば、私たちで植えたものも。花が咲いて葉が繁り、実をつける。年中にぎやかで楽しいんです」と、数日前、子供たちと収穫したという柚子の山を見せてくれた。
鰤岡和子さんは、かつて神奈川県相模原市で〈ひなた焼菓子店〉という店を営んでいた。一人で開いた店を移転し、家具店を併設するカフェにしたのが2011年。夫で家具職人の鰤岡力也さんと出会ったからだ。
人生の、次のステージへ。夫婦で探した理想の地。
「カフェが好きで菓子職人になったので、それは楽しく、忙しくも充実していましたが、私生活はおざなりに。家にも包材などの段ボールが山積みで、寝に帰るだけで」
娘が生まれた後もしばらく同じ生活を続けていたが、「子供と向き合う時間も必要」と、新しい住まいと働き方を模索し始める。八ヶ岳の麓から房総半島まで、様々な土地や物件を見て、辿り着いたのが今の家だ。築七十余年の再建築不可物件を、3年以上かけてフルリノベーションした。
「家造りは、ほぼ夫にお任せでした。信用していますから」と話す和子さんだが、キッチンについては、譲れない点を伝えた。緑が見える窓があること。そして、カフェ時代の器が収まる収納を設けること。力也さんのこだわりは、アメリカの農場の作業場に用いられる、ホーロー製のファーマーズシンクを取り入れたことだ。木製のシステムキッチンやタイルと組み合わせて白で統一し、古きよき時代と今の空気が交じり合うカントリースタイルが完成した。カウンターの高さは、身長差32センチの夫婦の間で希望が割れる。「夫は〝このキッチンでは自分も料理するから〟って、粘ってましたけど」と笑う和子さんの意見が、最終的に採用された。
カントリースタイルは、家造り全体のテーマでもある。力也さんの憧れでもあり、古い梁が残る建物、周囲の環境と、条件も揃ったからだ。床、天井、壁には針葉樹の材を用い、窓の外に広がる里山の景色とリンクさせながら、品よく仕上げた。採光は北側の天窓から。直射を避けつつ、暗くならないよう木張りの天井にニスを塗ることで、光量を調節している。
リビングに置かれたテーブルは、力也さんの最初の作品だ。
「前の店では、菓子の陳列台として使っていて。夫の原点であり、自分たちの暮らしの真ん中にあり続ける大事な存在です」
ほか、ソファや椅子、本棚などもほぼ力也さんの作品。「壁付けの照明など、気付くと見本として持って行かれちゃうんです」と、和子さんはまた笑う。
思い思いに過ごす家族の記憶を紡ぐ家。
引っ越しから8年、娘は大きくなり、力也さんの多忙ぶりには年々拍車がかかり、完成した家で家族団らんという時間は、実は少ないのだという。
「でも私が工房にいるので、娘が友達と安心してうちで遊べる。プチ学童と化しています」
果実の収穫を一緒にしたり、夏は大きなプールで遊んだりと、子供たちにとっても最高の環境だ。「自分自身、年を重ねるにつれ、ものより体験が大事に思えてきて」と、最近は母娘で登山にハマっているという。
貴重な家族の時間は、思い思いの作業に没頭しながら空間を共有することも多いという。力也さんのテーブルで、試作のお菓子を囲んで。お菓子もまた、周囲の自然の移ろいを捉えながら、豊かに進化を続けている。
試作のお菓子が家族の時間の真ん中に。
自然豊かな場所に自宅兼工房を構えてから「お菓子作りのスタンスも少しずつ変わっている」と、鰤岡和子さん。写真は庭で採れた柚子で試作したタルト。コーヒーは、イベントを一緒に行ったこともある広島の〈マウントコーヒー〉の豆をドリップする。夫の力也さんと一人娘が、頼れる試食担当。
ESSENTIAL OF KAZUKO BURIOKA
変わるもの、変わらないもの。住まいの一角の仕事場で。
( FACTORY )
住まいとは別に設けた小さな工房。
和子さんの希望で、別棟にした工房。家族が寛ぐ家の玄関から数歩で行ける庭先にあり、こもれば一人作業に没頭できる。最高の職環境。
( KNIFE )
製菓の師匠から受け継いだナイフ。
実は甘いものが苦手で、「カフェをやるなら」と消極的に修業を始めた和子さんに、菓子のおいしさを教えてくれた師匠。譲り受けた道具は宝物だ。
( GARDEN )
庭に畑。四季折々、自然の食材庫。
庭の木に実る果実も、畑で栽培するハーブも、好きなように使える。「摘む時期やタイミングで香りや味わいが変わり、発見は多い」と和子さん。