まちをつなげるパン屋さん by Hanako1180 自作の薪窯で焼くカンパーニュとビスケット。自給自足で作られる群馬・高崎のおいしいベーカリー〈bien cuit〉へ。
パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まちをつなげるパン屋さん」を掲載。今回は、群馬県高崎市にある〈bien cuit〉をご紹介します。
足るを知る、を体現するような小さくて満ち足りた空間。
目印は表に積まれた薪と、屋根の上の煙突。菜園を横目で見ながら木造の平屋の中に入ると、うつくしいアトリエがある。レンガの床と白壁の部屋に薪窯。自分は群馬県に来ていたはずなのに、フランスの田舎に迷い込んでしまったのか。そんな錯覚を覚える。田中秀二さんは、この部屋を自分の手で改築した。見事な手際なのでDIYだと気づきにくいが、よく見ると漆喰の壁は微妙にでこぼこしていて、かえってうつくしい陰影を描いていた。自らの手で作る実感を大事にする人だ。
薪窯然り。発酵器さえ、電気を使わずお湯を張って温度調節する。メニューは、カンパーニュとビスケット。石臼挽きの全粒粉から種を起こし、使用する小麦は、近くの秋山農園で作られる、挽きたての農林61号。田中さん自身も週に1度は手伝いに行き、農作業に汗を流す。フランスの田舎を巡って、見たもの、経験したものが、いまの生き方のベースとなっている。「パンを、布にくるんだだけでそこらへんに置いてある。硬くなっちゃうけど、それがパンなんですよね。その土地でとれた小麦を使って焼くのがカンパーニュです」田中さんの焼くカンパーニュ。硬い皮は少々手強いけれど、農林61号ならではのゴマに似た香りと旨味は抜群だ。ハーブの文化も田中さんがフランスで知ったもののひとつ。
「お茶でもいかがですか?」そう言うと、田中さんははさみを持って庭へ出ていき、ハーブを摘んで戻ってきて、お湯を注ぎ、ハーブティーを淹れてくれた。生命力に満ちた青い香り。めざましく、鮮烈に。「おいしさって瞬間を味わうことだと思うんです。小麦も挽きたてのほうが、香りがいいですし」LESSISMORE(少ないほど豊か)。
窓から差し込む初冬の淡い光や菜園の緑。なにげないそれらがとてもうつくしく感じられた。BGMもない、まったく静かなこのアトリエで、時間はやさしく過ぎていく。
〈bien cuit〉
近くの農園で無農薬栽培された麦、自家培養したルヴァン種、自作の薪窯で焼く、カンパーニュとビスケットを販売。上信電鉄西山名駅から徒歩20分。
■群馬県高崎市吉井町小暮590
■080-8706-4677 群馬県高崎市
■10:00~売り切れ次第終了
■土日のみ営業(7~9月休業)
池田浩明 いけだ・ひろあき/パンラボ主宰。パンについてのエッセイ、イベントなどを柱に活動する「パンギーク」。著書に『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『日本全国 このパンがすごい!』など。 パンラボblog
(Hanako1180号掲載/photo:Kenya Abe)