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【第12回】小伝馬町 写真家高野ユリカの「だれかの住む街と菓子」/オフィス街と下町の中間のドラマ

FOOD 2023.03.30

馬喰町で撮影が終わった帰り道、そういえば行ってみたいクッキー屋さんがあったっけと思い出し、小伝馬町まで歩くことにした。これまでの人生で、馬喰町は訪れる機会が多かったのに、隣にある小伝馬町は通り過ぎてしまう街だった。…これといって特に思い浮かぶ記憶がないな…というぼんやりした気持ちで、ただ目当てのクッキーに向かって江戸通りを歩く。

<ovgo Baker Edo St. EAST(オブゴベーカー エドストリート イースト)>の抹茶ココナッツクッキーとラズベリーチョコマフィン

この道をまっすぐ行ったら日本橋だけど、まだ少し下町感のある小伝馬町の辺りは思っていたよりもスーツの人をよく見かける。サラリーマン御用達のビジネスホテルの看板を多く見つけると、あぁ、この街は思っていたよりオフィス街なのねと実感。程なくして目的地にしていた、突然現れるブルックリンの街角(?)みたいなアメリカンヴィーガンベイクショップ、<ovgo Baker>に到着。ずらっとガラスケース越しの琺瑯トレイに並ぶ大きめのクッキー。抹茶ココナッツクッキー季節限定のラズベリーチョコマフィンを購入。

クッキーはしっとりほろっと崩れる感じが好みだけれど、ovgoのクッキーは柔らかさと硬さのバランスが理想的。抹茶の苦味とココナッツの風味とちょっとの塩味があって、ヴィーガンと思えないほどとにかくおいしい。ラズベリーチョコマフィンも食べ応えのあるもこもこ感とチョコレートの甘さの中にあるラズベリーの酸味がよく合う。新しい感じなのにどちらも懐かしい安心感。私はヴィーガンじゃないけれど、もし家の近所にあったら通って全種類食べたい…おいしく食べてるだけなのに環境にも優しくできるなんて、徳を積めている。

<Hiromi & Co.(ヒロミアンドコ)>のいちごのカスタードタルトとシュークリーム

江戸通りを1本入ったところには週3日だけオープンしているフランス菓子店、<Hiromi & Co.>がある。真っ白な空間に入るとずらっとガラスケースに並べられた焼き菓子やケーキが、ギャラリーの展示物みたい。おっきな苺が一粒載ったいちごのカスタードタルトと惑星の地面みたいなシュークリームが目を引いた。

奥のカウンター席に座って待っていると、白いプレートに金のフォークとナイフが添えられて、美しく登場。大きい苺が上にひとつ載っかって出てくる菓子って、どうしてこんなにビジュアルがいいんだろう、赤い灯火~。クッキーみたいなサクサクの土台に、カスタードの上に生クリームの層。焼き菓子感が強くて口に入れるとほろほろするな。

<Chigaya Bakery COMMISSARY(チガヤベーカリー カミサリー)>のシナモンドーナツ

<COMMISSARY>ができてから、わざわざこのエリアに散歩に来る人が増えたのでは?というくらいSNSで人気のフードコートだけれど、COMMISSARYにはChigaya Bakeryのドーナツがある。フワッとくしゅくしゅイースト系のシンプルなシナモンドーナツ。少し歪(いびつ)に穴が空いた見た目も愛おしくて口に入れると幸せな気持ち。何となく罪悪感を抱えながらクシュッと口に入れては、まんまと幸福に満たされてしまう魅惑の塊だ。疲れた時やちょっと弱っている時、ドーナツは孤独に寄り添ってくれる。

店主のチガヤさんの記事をwebで読んでいたら、NYでのスタイリスト下積み時代にドーナツパブでよく過ごしていた記憶のことが語られていて、映画のようなワンシーンが浮かんできて胸が詰まった。そうやって誰かの作ったドーナツが今日も誰かを癒して、人の記憶に残って紡がれていく過去や未来を想像するとすごいことだなぁ。小伝馬町のフードコートにもきっと複数のそんなドラマが起きてる。