[ 第14回 ]鎌倉 写真家高野ユリカの「だれかの住む街と菓子」/『 鎌倉ではもう泣かない』
個展が終わった翌週、あまりに無気力すぎてしばらくは部屋から一歩も出れずにいた。私の様子を見かねて「わらび餅でも食べに鎌倉でも行く?」と同居人が誘ってくれて、ようやく部屋の扉を開けて外に出れたのだった。(甘いものなら… 外に出れるかも…)活力。菓子はすごいね。湘南新宿ラインに乗って、鎌倉駅東口を出て二の鳥居を抜け鶴岡八幡宮方面へ向かう。しばらく見かけていなかった海外からの観光客や修学旅行生の姿が戻っていて、街もすっかり元気そう。道が細いのに、観光客の歩く合間に大きな観光バスがすれすれで曲がって行くのを見ると、あぁ、この狭さが鎌倉だなぁと思う。
〈段葛 こ寿々〉のわらび餅
鎌倉の参道スイーツはとにかくたくさんあって選べないくらいだけれど、段葛 こ寿々のわらび餅を食べたいと思いながら、ずっと食べたことがなかった。創業30年のそばとわらび餅の鎌倉の名店。蔦模様のお皿に載って、黒蜜ときな粉が上品にかかったわらび餅、ぷるんぷるんとしていて弾力があって、噛み辛いのをもう諦めて、喉の奥にツルンとそのまま落としていくと、喉越しが気持ちいい。こうやって食べるのが正解だろうか。黒蜜のちょっと尖っていてクセがある感じと、きな粉の優しい甘さ。これは部屋に引きこもっていた心に染みていく…おいしい。まんまと癒されてる…。
〈茶房 雲母(さぼう きらら)〉の白玉クリームあんみつ
坂倉準三設計の白くて美しい旧神奈川県立近代美術館を眺めつつ、鶴岡八幡宮を参拝して、銭洗弁財天方面へ。坂の途中にあるのは茶房 雲母。席について「20分ほどお時間いただきます」と言われて出てくるのは、茹で上がったばかりの、つやつやで、真っ白で、大きな白玉。こんなふうにうっすら湯気が立ち昇っている状態で登場する白玉クリームあんみつは、生まれて初めて。湯気…白玉…アイスクリーム…なんだこの可愛い食べ物は。…完全にあなたが主役…(あんみつって全体であんみつ然として食べていたけれど、こんなに白玉を主役として意識したことなんてなかった)。こし餡の滑らかさや、寒天やフルーツのさっぱりさ、お口直しの漬物も、全てはこの白玉のために。
〈CHOCOLATE BANK〉のフロマージュショコラとショコラドーム
鎌倉駅西口側に来るといつも思い出すのが、まだ上京してきたばかりの時、鎌倉に物件を見にきて「鎌倉には住みたくない」と道端で号泣した恥ずかしい記憶。(私が勝手に作り上げた脳内鎌倉とちがっていただけなのに…。)その時同居人になだめられるように慌てて入ったお店がチェーンのカフェじゃなくてCHOCOLATE BANKだったら、私が鎌倉に住んでいた未来もあったかもしれない。2015年に鎌倉で生まれたMAISON CACAOの姉妹ブランドのイートインショップ。マスカルポーネチーズとコロンビア産のビターチョコレートの組み合わせのフロマージュショコラは生っぽくしっとりなめらかで、上にかかったカカオハスクのパリパリした苦味が効いておいしい。大宇宙銀河みたいな見た目に惹かれたショコラドームも、色んなチョコレートの層の口溶けが豊か。溶けるか溶けないかのぎりぎりの柔らかさでドームの均衡が保たれている。POPなカラーの店内でカラフルな服を纏う店員さんへ質問したら、カカオへの愛と知識で溢れた答えが返ってきた。こんなおいしいチョコレートがある場所で、絶対に泣いてる場合じゃないんだよ!