『続・羽田道中膝栗毛』」| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第72回
【ここまでのあらすじ(詳細は第69回・第70回を読んでね★)】
待ちに待った1年半ぶりの長期休暇。今時めずらしいバックパッカースタイルで国外逃亡を試みていた私は、羽田空港で出国手続き→3時間待った挙句バードストライクで欠航→史上最速の再入国→振替便まで40時間の国内残留が確定→手に持っていたジャケットを紛失、というあまりにも踏んだり蹴ったりな連休初日を迎えていた。

直近数時間の記憶をたどり、ジャケットの在処は搭乗口近くの1人掛けイスだと確信した私は、ある難題に気付いてしまった。あそこは出国済みの場所、すなわち出国審査をしないと辿り着けない場所。乗る飛行機が変わった結果ターミナルも変更になってしまったので、私はもう自力では取りに行けない。今国内にいる人間が数時間前まで羽織っていた上着が厳重なセキュリティで守られた先に落ちている、それを本人も把握している。なぜこうなったのか全部説明しないと伝わらない、特殊すぎる状況なのだ。

落とし物窓口に電話をかけ、何番搭乗口付近のイスに・どんな特徴のジャケットを・たった数十分前に落と__置き去りにしてしまったと懺悔する。該当するような物品は届いていなかったが、事の経緯を2分おきに平謝りしながら説明すると、不憫に思ったのか心当たりのある場所までわざわざ見に行ってくださった。無事に見つかったと折り返しの電話を受け、「不幸中の幸いとはこのこと……!」とルンルンで指定の場所へ向かうと、まさに探していたジャケットを持って、電話の声の主らしきおじさんが現れた。そしてその途端、私の顔面からどんどん血の気が引いていった。ジャケットの胸ポケットに!!! 自分の番組『山崎怜奈の誰かに話したかったこと。』ロゴ入りボールペンが!!!! 挿さっている!!!!!

はっきり言って名札が付いてるようなものだ。もしこの親切なおじさんが山崎怜奈というタレントを知っていて、先ほど電話口で言い訳を披露し、今は目の前にいるアラサーが同一人物だと気付いていると仮定すると、シンプルに恥ずかしい。消えたい。大概の場合、タレントという生き物は初対面の相手に自分を認知してもらえていると喜びを感じるものだし、多くの方々に知っていただくことで仕事が成り立っている部分もあるので偉そうで申し訳ないが、この時ばかりはさすがに頼むから私のことなんて1ミリも知らないでいてほしいと願ってしまった。

ちょっと声を低くして礼を言い、もう落とさないようにジャケットを羽織っておじさんと別れた。さて、ここからがもう本当に、暇。幼い頃から学業に仕事にと慌ただしく生きてきたので、はっきりと「暇だな~」と声に出したのは小学生以来かもしれない。まあまあ遠い羽田空港まで来て直帰するのももったいないのでGoogleマップで周辺の地理を確認すると、関東三大厄除け大師として名高い川崎大師が目に留まった。これじゃん。暗雲が立ち込めているどころかすでに覆われている旅の始まり、私がまずするべきことは厄払いだ。

吸い寄せられるように京急に乗り、本堂の前にたどり着いた頃にはもう夕方になっていた。確実に感じている疲弊に対して今日一日何も生産していない自分に虚しくなりながら財布を開くと、いつもより明らかに薄っぺらく感じた。そう、忘れていたのだ。日本から出るつもりで、数時間前に手持ちの円紙幣を全てPayPayにチャージしたことを。よって、現在の物理的な日本円の所持金はなんと、115円★ ユーロ紙幣やクレジットカードは所持していたので一応確認してみたが、厄除けの初穂料も、参道で売っている焼きだんごも、みーーーんな日本円の現金オンリー★ PayPay富豪、最貧民に急落★ 近くのコンビニで現金を引き出すほどの元気は残っておらず、なけなしの5円で参拝のみを済ませて駅に向かった。

ひとけのない道中に「テレビで紹介されました!」を店先一面に貼り出している揚げまんじゅう屋を見つけ、己の空腹に気付く。目を移すと、揚げまんじゅうが1つだけ入った透明のケースの下に、【各種150円也】という文字を確認。念のため「PayPay使えますか?」と聞くと、店主らしき男性は当たり前のように首を振った。そうですよね~すみません~と今の自分にできる最大限の申し訳なさを表情に込めて再び歩き出す。もう、とことんついていない。待ちに待った1年半ぶりの長期休暇なのにな、渡航も諦めて家に引き篭ろうかな、キャンセル代もったいないな、でも次はどんな災難があるか分からないしな__などと負のオーラ全開でブツブツ漏らしながら歩いていると、数十メートル離れたところから「お姉さーん!」と呼ぶ声が聞こえた。さっきの人だ。誰にもすれ違っていないので一応振り返ってみる。「今日はもう終わりだからー! ラスイチお姉さんにあげる!」

泣いた。そして素直にもらった。泣きながら食べた。この世の揚げまんじゅうで一番美味しいんじゃないかと思った。どこから来たの? としか聞かれていないのにこれまでの七転八倒を全て話すと、彼は「大変だったねえ、ここまっすぐ行くとROUND1あるよ!」と教えてくれた。ラウワンに行ったことがない私に今この状況でラウワンデビューを飾る気力はなかったが、やさしさが全身に沁みた。海外の知らない街を探索するのも楽しみだったけど、ジャケットも見つかったし揚げまんじゅうで空腹も紛れた、なんだかんだ言って人に恵まれているんだからそれで十分じゃないか。ホクホクした気持ちを抱えながら蒲田へ向かう。今夜は最高に美味しく飲めるに違いない。

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