「婦人科だったんか!!!」| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第65回


「婦人科だったんか!!!」
小学校6年生くらいからだろうか。おでこや頬、口周りに赤いニキビができ始め、母に連れられて家から一番近い皮膚科を受診した。最初は複合ビタミン剤と外用剤(塗り薬)を処方され、舌がギュッと縮こまるくらい苦い漢方を「少しでも良くなるなら」と我慢して飲み続けた。ティーン向け雑誌に載っていた医薬部外品の化粧水や乳液もだんだん肌に合わなくなり、皮膚科で処方してもらえる保湿剤を使ってみた。皮膚の細菌に有効な抗菌薬も種類を変えて何度か試したが、当時はほとんど何も改善しなかった。
中学に上がってからは、ネットで評判が良いクリニックに電車で通い、どんな治療があるのか、ほかにいい方法はないのか、クリニック専売の基礎化粧品ならヒリヒリせずに使えるのか、行動範囲と選択肢を広げて肌と向き合うようになった。その頃にはおおよそのニキビ治療で処方されるものの名前を覚えてしまっていて、初めの頃に試して自分には全然合わなかった薬の名前が初対面の医師から出ると「ああ、やっぱりそれしかないんですね……」と落ち込んだ。ニキビの中の膿などを専用の器具で取り除く「面ぽう圧出」という治療を受けることもあったが、顔じゅうのニキビを処置して薬を塗られると、術中も術後も肌が焼けるように痛い。何かを塗って隠すにも隠しようがないくらいの赤ら顔を見られるのが恥ずかしくて、学校では一年中マスクを付けて過ごしていた。


高校生になると芸能の仕事を始め、素顔で人目につく機会が格段に増えたが、裏では変わらず治療を続けていた。その前後から生理にまつわる様々なトラブルにも悩まされるようになり、月のうち数日間はいつも以上にニキビが増えて顔が痛痒いし、冷えるせいか浮腫みやすくもなった。子宮内膜が剥がれた際に伴う出血が数日間にわたって起きていても、学校や仕事は待ってくれない。女性の多い職場でもあり、「生理痛くらいみんな我慢できてるんだから」と思うと、体調不良を申告する勇気を持てなかった。「死にそう…」と呻くほどの痛みを黙って耐えながらダンスを覚えたり、衣装に経血が付いてしまっていないか気にしながらライブ中の早着替えを遂行したことがどれだけあっただろうか。血の気が引いた笑顔でファンと握手をしていても、メイクでは隠しきれていない肌荒れを気にしたファンがそのことをSNSに書き込み、それをエゴサで見つけてしまって「そうよな……アイドルはいつでも肌きれいって思って会いに来るよな……」と落ち込んだこともあった。

内臓を雑巾みたいに絞っているんじゃないかと思うほどの腹痛も、尖った鈍器で打ち付けられるように響く腰痛も、太い縄で何重にもくくって締められているような頭痛も、鎮痛剤を飲んだからといって完全に消え去ることはない。むしろ鎮痛剤の副作用で眠くなってしまい、制御不能のイライラや不安にも支配されながら生活していたが、あまりに酷い時はまともに座っていられなかった。学校ではときどき授業を休んで、保健室のベッドで横になりながら教科書に目をやっていたことも一度や二度じゃない。ここまで書いただけでも「PMS(月経前症候群)なのでは?」と思う症状のオンパレードだが当時は知らなかったので、食生活のせい? 睡眠不足のせい? と自己嫌悪に陥るばかり。平均的な閉経年齢は50歳前後。20代にして万事快調って時が少なすぎるのに、人生はあまりにも長すぎる。

大学を卒業しラジオの生放送を担当するようになってからも、曲がかかっている間に鎮痛剤を飲んだりツボを刺激したりして、少しでも生理痛を誤魔化そうとしていた。見かねた女性スタッフから「子宮内膜症かもしれないから、病院で診てもらったら?」と提案され、「たしかに“痛み”ってここまでが生理痛で、ここからが子宮内膜症ですという境界線があるわけではないよな……」と心配になってすぐに婦人科を予約。検査を受け、内膜症ではないものの、低用量ピルを飲んでみてはどうかと勧められた。それは生理不順や月経過多の改善、PMSやPMDD(月経前不快気分障害)、肌荒れの改善、生理痛の緩和、そして避妊にも効果があるとされる薬だ。毎日できるだけ同じ時間に1錠飲んでほしいこと、処方されるピルの種類や体質によっては服用前の症状とあまり変化が感じられない場合もあること、吐き気や下痢、食欲増加、頭痛、眠気などの副作用にも個人差があること、血栓症になりやすくなる人もいること、合わなかったらすぐに服用を中止して再診してほしいことなど丁寧な説明を受け、まずは1カ月試してみることにした。
低用量ピルを飲み始めてまずびっくりしたのは、新しいニキビの発生がピタッッッと止まったこと。何をしても増え続け、かれこれ10年以上悩み、自分を責め続けてきたけれど、お前ホルモンのせいだったんか!!! 皮膚科も今通っているところで8軒目。合う治療や薬になかなか出会えなかったけれど、私が先んじて行くべきところは皮膚科ではなく婦人科だったんか!!! ピルは値段が高いわりに魔法の万能薬ではないし、毎月忘れず通院して毎日同じ時間に忘れず服用するのは大変だけれど、脂汗をかくほどの腹痛にのたうち回ることもなくなり、明らかに日常のパフォーマンスが変わった。先生に飲み方を相談しながら生理のタイミングも調整できると知り、「試験に被りませんように!」「ライブに被りませんように!」と神様に祈っていた過去の自分に教えてあげたくなった。


女性の中で、生理がくると体調が良くなるという人はいない。妊娠するためになくてはならない体の仕組みではあるが、常になくてはならないものではないし、何もせずただ我慢しないといけないわけでもない。再三言うように生理の症状やピルの効果・副作用にはそれぞれに個人差があり、私の場合4種類ほど試してやっと今服用しているものに落ち着いたが、婦人科の先生に体の不安や不快感を相談し、低用量ピルを服用するという選択肢を知れて本当に良かった。生理にまつわる話というと、どうしても個々の事情は把握されたくない、という人も多い。しかし、個人が「隠しておきたい」と思うことと、社会的な禁忌みたいにタブー視して知識を共有しないことは別の話だ。体の仕組みにまつわる知識の共有が男女関係なく運任せになっている結果、自分の不調と向き合うたびに苦しんでいる人も、普段とは違う体調がゆえ態度が変わってしまう相手を理解できずにただ嫌悪感を抱いてしまっている人もいるのではないか。女性のみならず、この世に生きる全ての人が、体の悩みを一人で抱えなくていい社会になってほしい、ということだけは、声を大にして言っていきたい。

ブラウス 39,600円(ワイエムウォルツ|マービン&ソンズ●03-6276-9433)/アウター69,300円、パンツ 59,400円(共にファビ メルカート|オルピーインク●080-7688-1228)/パールつきリング 30,800円、小指ゴールドリング 19,800円(共にプラウ plow-jewelry.jp)/スクリューゴールドリング 15,400円(メラキ|フラッパーズ●03-5456-6866)/スニーカーはスタイリスト私物
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