「おしゃれとは武装である」| 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第62回
「おしゃれとは武装である」
なんとなく後回しにしていた夏物の服をしまいながら、ひとつひとつに誰かと会ったときの記憶が呼び覚まされていく。中でも、今年の春先に買った花柄のワンピースは本当に出番が多かった。数種類の残布をパッチワークで組み合わせていて、風にフワッと煽られたときのカーテンみたいなシルエットも気に入った。大学時代を共に過ごした友人との食事に着て行ったらかなり驚かれたが、それも無理はない。
仕事の合間を縫って通学していた当時の私は、メディアに出るときの華やかな衣装とは真逆の印象を作るために、無彩色でベーシックな服ばかり着ていた。キャンパス内で声をかけられるのが怖くて、静かに「ただの学生」でありたいという気持ちが強かったからだと思う。その頃の名残か、今でも黒のチェスターコートに身を包むと、いくらか安心する。しかし、最近は手持ちのアイテムに色柄ものも増えてきた。私生活では目立たず慎ましく過ごしたいというスタンスは変わらないのに、この心境の変化は何だろう。考えた結果、私にとって着飾ることは「武装」である、という説に落ちついた。
おしゃれという名の鎧ーーーそれは何も、カチッとした服装に限らない。普段は着ないような服で違う人になりきるような非日常の感覚は、自分の中に潜んでいる隠れキャラ、異なるメンタリティを引き出してくれる。たとえば、分かりやすい女っぽさは気恥ずかしくなってしまうから、ジャンプスーツ、肩パッド入りのジャケット、オーバーオールといったメンズライクなアイテムに、パールのネックレスを忍ばせるくらいが今はしっくりくる。ジャカード、ツイード、コーデュロイのような特別感のある立体的な生地も大好物。やわらかくてゆるい編地のハンドニットは、ずるっと着ているだけで心も緩む気がしてしまう。
あとは、ゴツゴツした存在感のあるシルバーのリングをもりもり着けていると、強くなった気がしてめちゃくちゃ楽しい。生きるとは闘いである。己の弱さ、未知との遭遇、社会のあらゆる敵と向き合い、葛藤の日々は続く。そのためには戦闘服が必要だ。いや別に実際の社会生活において嫌なヤツに正拳突きするモチベーションはないけれど、リングにはお守り的な意味合いもあると思う。殴ったら痛そうな手には、虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが宿っているのだ。だからこそ、武装する必要性をあまり感じない場面、要は自宅に帰ってくると、全ての指からリングを外す。手が少し軽く感じるくらいの解放感もまた心地よい。
衣食住という言葉があるように、着ること食べること住むことは、生活の基礎。「これでいいや」という消極的選択だったとしても、人生で「何を着るか」の選択をしたことがない人はいない。人それぞれに趣味嗜好があり、体型、機能美、経済面、憧れなど、色々な要素が合わさって選んだ服を着て歩いている。どうしてそれを選んだんだろう、自分は選ばないなと思うものでも、その人が「これを身に着けている自分が好きだ」と思って堂々と着ているんだったら、きっとそのどれもが正解。
服装みたいに目には見えないけれど、考え方も人によって全く違う。性格、環境、興味、優先順位などの色々な要素から、自分が一番好きな自分でいるために、しっくりくる価値観や思想で生きている。自分の考えが正しい、他人を間違っていると言うのは、「あなたのその服はおかしい。私の着ている服が正しいのよ」と言っているのに近いと思う。服を試着するように、考え方も本や他人を参考にして試しながら自分に合うものを更新し続けたいし、他人の「その人らしさ」にも柔軟に関わっていきたい。
オールインワン 82,500円、チェーンアームネックレス 45,100円(共にフミエタナカ | ドール■03-4361-8240)/スカーフ 19,800円(ビリティス・ディセッタン|ビリティス■03-3403-0320)/サンダル 49,500円(マービンポンティアックシャツメイカーズ|オーバリバー info@overriver.com)
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