『人生初トランジット』| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第74回

『人生初トランジット』| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第74回
『人生初トランジット』| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第74回
LEARN 2025.11.30
乃木坂46を卒業し、ラジオパーソナリティ、タレント、そして、ひとりの大人として新たな一歩を踏み出した山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを自由に綴ります。
photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Karen Suzuki
山崎怜奈

27歳最後の夜。ローマのテラス席でマルゲリータにかじり付きながら、翌日の行程を考えていた。初めて訪れたイタリアの気候と食があまりにも良かったので、別の都市にも興味が湧く。しかし、ローマ発の飛行機はベネチア行きもミラノ行きも割高で、ここから先も数カ国回る可能性を考慮して断念。アドリア海を挟んだ隣国のクロアチアを視野に入れて再検索すると、時間も価格も程よい便が見つかった。幸い明日の降水確率も低い。

山崎怜奈

翌朝、荷物をまとめてレオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港へ。地中海方面への乗り継ぎ拠点ということもあり、ターミナル1の搭乗口はAの1から83まで存在する。あらゆる免税店をぐんぐん通り過ぎて搭乗列に並び、クロアチア航空の機内に乗り込む。離陸後すぐに配られたクラッカーはバジルとオリーブオイルが効いていて、口に入れた途端におなかがすいていたことを思い出した。

山崎怜奈

1時間もかからずスプリト空港に到着。『紅の豚』や『魔女の宅急便』のモデルとなったといわれている要塞都市・ドゥブロヴニクに泊まるならここが最寄りの空港だが、再びミュンヘンから日本に帰国するまでの日数を考えて泣く泣く諦め、トランジットして首都ザグレブを目指す。しかし、私は生まれてこの方、トランジットを経験したことがない。今思えばここで乗務員に尋ねるべきだったし、予約したアプリで確認すれば同じ便名が書いてあったのだが、全員降りていくのを見て不安になり、10kgリュックを背負って流れのままにあれよあれよと機体から離れ、目の前の出口を通ったら入国というところまで来てしまった。乗り継ぎ時間が40分しかないので「そのまま機内で待機」が正しかったのかもしれないが、街中では多少なりとも気を張っているからか飛行機では気が緩んでしまい、乗務員のアナウンスを完全に聞き逃していた。

山崎怜奈

空港スタッフが周辺におらず、慣れた様子で出口の方へ歩いていく母娘らしき二人に声をかけた。母親はすぐにその場を去ろうとしたが、ピンクのトレーナーを着た高校生くらいの女の子が引き留め、英語でひとこと「ついてきて」と言われた。一緒に出口を通ると父親らしき中年男性がにこやかに待ち構えており、一瞬だけ私を視界に捉えたが、すぐに私には聞き取れない言語でうれしそうに娘たちと話し始めた。感動の再会を邪魔してはならないと思いつつ、そのままフェードアウトしようにも、その後取るべき行動を何も分かっていない私。あたりを見回しているうちに娘が父に状況を説明したらしく、彼は1カ所だけ開いているカウンターを見ながら娘に指示を出し、こちらに会釈した。

山崎怜奈

「大丈夫、どうにかなるよ」彼女はそう言って私を明るく励まし、小走りでカウンターへ向かい、係員に事情を説明してくれた。すると係員は私のスマホに表示されている電子チケットを見ながらテキパキと調べ始め、地下鉄に乗るときのタッチ決済じゃあるまいし、ローマでチェックインした電子チケットをスプリトのゲートにかざしても使えないから、紙で再発行かけるわ〜と呆れ顔で言い残して奥の方へ消えた。搭乗開始を知らせるアナウンスが何度も響き渡るたびに焦りが募り、手間をかけてしまった申し訳なさも喉の奥にずっとつかえているが、私にはそれを伝えるだけの英語力がない。

山崎怜奈

チベットスナギツネのような顔をして突っ立っていることしかできない私に、彼女は突然「どこから来たの?」と尋ねた。数十分は一緒にいたのに、彼女から質問されたのはこれが初。今は興味本位の質問をしている場合ではないと察していたのだろう。紙のチケットを受け取って荷物検査場に向かいながら、数日前に日本から来てヨーロッパを回っていると伝えると、彼女は「日本から?!」「ひとり?!」「クロアチアも初?」「荷物はこのリュックだけ??!!」とこちらの予想以上に驚き、畳み掛けるように質問が続く。うんうんと頷いていると、彼女は目を輝かせながら私を見つめて言った。「you’re so brave!」

山崎怜奈

人様に「勇敢だ」と言われたことが、生まれてこの方なかったからだろうか。このひとことだけは脳内で日本語に変換されず、彼女の口から出た言葉そのままの形で響いた。すごいねとかかっこいいねではない、“brave”というワードチョイスに、行動の結果ではなく姿勢そのものを褒めてもらえた、自分を丸ごと肯定されたように感じたのだ。

山崎怜奈

日常はささやかな冒険のくり返しだ。通ったことのない道を歩く。知らない人に出会う。初めての経験をする。世界にはまだまだ自分の想像を超えた歴史や文化や思想があり、近づこうとすれば多かれ少なかれハプニングもある。失敗もする。されど、慣れたことばかりを手癖で何となくこなしていくような生き方よりも、予定不調和な出来事の数々をどんな姿勢で乗り越え、学び、生きる糧にしていくか、そのスタンスを取り続けられるか。行き当たりばったりで危なっかしくても、その挑戦自体が財産であり、誰もが自分を、そして他者を、褒めたたえていい。彼女と別れて無事に飛行機に乗り込んだ後、この日28歳になったばかりの私は、こそばゆい余韻が残る“brave”という言葉を噛み締めていた。

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