「愛おしくて、うれしい」 | 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第61回
「愛おしくて、うれしい」
最近、何かにつけて「愛おしい」「うれしい」と思った瞬間を書き留めるようにしている。たとえば、「しんどくて眠い」じゃなくて、幸せな理由で眠いとき。友人と３人でおしゃべりしながらたくさん歩いて、回転寿司でたらふく食べて、昼間からお酒も飲んじゃった日のこと。夕陽に包まれた帰りの電車で、気が付いたら眠りに落ちていた。終点で降り、帰宅ラッシュでごった返す中を、友人の腕を掴みながらまだポワポワした状態で進む。外出先で眠気に襲われるときって大概が疲労困憊だったり体調が悪かったりするけれど、人前では気を張って、どうにかあくびを噛み殺すように努める。でもこの２人は、横にいて眠たくなっても、気を使わずにいられる人たち。中学の教室でヨダレを垂らしながら居眠りしている姿も、体育の試合における役立たずっぷりも知っているし、うっかり性根の悪い毒舌を吐いてしまっても笑って突っ込んでくれる。全然ちゃんとしてない、どうしようもない自分も許してくれるって思えるから、眠たくなるくらい心地いい。
私は頭を触られると速攻で睡魔に襲われてしまうところがあり、通っている美容室でカラー剤を塗られているときなんかも、毎回意識が遠のいてしまう。先日も座っているうちに夢の中へいざなわれていたのだが、突然耳をつんざくような叫び声が響き、一気に現実へ引き戻された。あたりの様子をうかがうと、ちょうど私の斜め後ろに座っている男性が、1歳半くらいの男の子を抱えていた。男の子は髪を切られるのがとにかくイヤで、駄々をこねた結果パパに身柄を確保され、さっきの悲鳴からのギャン泣きに至ったらしい。髪と爪って表に出てきた時点で死んだ細胞のはずなのに、切られるのはなんか嫌って感覚があるのだろう。美容師さんも「ごめんよ！」と謝りながらスタンバイ済み。シザーが視界に入る前からこの世の終わりのごとく泣き叫んでいる彼にはきっと聞こえていないけれど。
「ヴェえええ！」「うおおぉおぉぉぃいいいい！！」彼は顔を真っ赤にしながら、全身全霊で絶望を表現し続ける。パパは相変わらず映画『マトリックス』のキアヌ・リーブスさながらのそり返りで、暴れ散らかす息子を押さえている。先にお会計まで終えたママも見かねて参戦。息子の顔を両手で押さえ、少しでも髪が切りやすいように固定。ドスが効いた声でむせび泣く彼に負けない声量で「やだよねえ！」「でもこんな早さで切れる人いないからね！？」と返しながら本当に素早く切っていく美容師さん。人の不幸を笑ってはいけないとは思いつつ、半径２メートルで繰り広げられる壮絶な戦いを鏡越しに見守りながら、私は笑いが止まらない。
無事にミッションクリアした美容師さんが、「僕はお父さんが一番頑張ってたのを見てましたからね」なんて声をかけていた。戦友同士のねぎらい合いに頭が下がる。子育てをする全ての親御さんへの尊敬は常々持っているつもりだったけれど、その周りで支えている人たちへの感情も変わりそうな出来事だった。でも坊や、大人になると感情を思うがまま露わにできる場面は限られるし、無駄な客観性も働いてどんどん泣けなくなるから、今のうちにイヤなことはイヤってたくさん叫んでおくんだよ？ と、悪魔のようなささやきをしたくなってしまう私であった。
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