お昼、入場無料の30分のミニコンサート
文筆家・塩谷舞による「今日、サントリーホールで。」Vol.2
「何か豊かなものに触れて気持ちを切り替えたい。美術館で何かいい展示してないかな、映画館は……」。そんな日常の選択肢に加えて欲しいのが「コンサートホール」。クラシックといって構える必要はありません。純粋に音を楽しむのはもちろん、目を閉じてゆっくりと息を吸いながら、最近の自分のことを振り返ったり、あるいは遠くの場所や知人のことを思い出したり。ホールを出るころには心と体がふわっと軽くなる。文筆家・塩谷舞がサントリーホールで体験して綴る、「コンサートホールのある日常」。
photo:Hiroyuki Takenouchiお昼休みに、心を満たす音楽会。
会社員の頃、お昼に与えられた60分という自由時間の中で出来そうなことであれば、なんでもやっていた。急いで昼食を済ませてから前髪カットに駆け込んだり、オフィスの近い友人と集まって2名様以上で提供される鍋料理を堪能したり、アートギャラリーに足を運んだり……。60分もあれば、案外色んなことが出来るものだ。
けれども、その60分の中で赤坂のサントリーホールに行きコンサートを楽しんでいるオフィスワーカーたちがいる、と聞いて驚いた。だってクラシック音楽やオペラやバレエ……そうした類のオーセンティックな文化を嗜むには、それ相応の時間を費やすことが必要でしょう。昼休みにそれが収まるとは思えないし、というか良いランチを食べるよりもお高くつきそうだし。やはりお昼から優雅に音楽会を楽しめるような方は、お財布事情も違うのか……と感心してしまったのだけれど、どうやらお昼には入場無料の30分のミニコンサートがあり、予約さえすれば誰でも鑑賞出来る(※)とのこと。なんですって!
※未就学児は入場できません。ということで私も12月22日のお昼どき、月に一度開催されているコンサートへお邪魔した。美しいシャンデリアを仰ぎ見ながらホワイエを通り抜け、フカフカの座席に座り、この格調高いホールを見回すだけでも気分が上がる。そして始まったコンサートの主役は、ホールの奥にすえられた荘厳なオルガンだ。スマートなドレスパンツに身を包んだオルガニストの山田由希子さんが登場し、ひらりとマントのようなスカートをひらめかせてオルガンの前に座ったらば、大きなファンファーレのような音が鳴り響いた。まるで沢山のラッパがこちらに向かっているような厚みのある音……と思ったら今度は、ホールを震わせるほどの重低音。なるほど、この楽器が「ひとりオーケストラ」と呼ばれている所以はこれか!と納得する。奏法はピアノのようだけれども、風を送ってパイプから音を出すのだから音色はまるでラッパのようでもあるし、木製のパイプからは木管楽器のような柔らかな音色も出せてしまう。そんな「ひとりオーケストラ」の奏者はまるでコックピットに座る操縦士。手も足も大忙しなのだから、パンツスタイルになるのも頷ける。
ちなみに、5898本のパイプを持つこのオルガンは世界でも最大級。元を辿れば、サントリーホールの初代館長・佐治敬三が、かの有名な指揮者カラヤンから「オルガンのないコンサートホールは、家具のない家のようなもの。コンサートホール自体が、オルガンを備えた楽器なのです」と言われたことがきっかけで、壮大なオルガンをホールに設置する計画が始動。カラヤンからも「音の宝石箱」と絶賛されるコンサートホールが誕生し、今日の私たちを楽しませてくれているのだ。 途中からはサックス奏者の太田剣さんも登場し、オルガンとサックスという珍しいセッションが始まった。そうした独創的なプログラムが出来るのも、無料公演ならでは。しかしお昼休みに心まで満たすことが出来るというのは嬉しい限り。ご馳走様でした!
【今日のコンサート】
サントリーホール オルガン プロムナード コンサート
サントリーホール
1986年、「世界一美しい響き」をコンセプトにヘルベルト・フォン・カラヤンら世界的指揮者や演奏家の助言を取り入れ造られた、日本を代表するコンサート専用ホール。住所:東京都港区赤坂1-13-1 TEL:0570-55-0017(10:00~18:00※休館日を除く)