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誰もが静寂の奏者となるこの場所で。
文筆家・塩谷舞による「今日、サントリーホールで。」Vol.1

LEARN 2022.12.26PR

「何か豊かなものに触れて気持ちを切り替えたい。美術館で何かいい展示してないかな、映画館は……」。そんな日常の選択肢に加えて欲しいのが「コンサートホール」。クラシックといって構える必要はありません。純粋に音を楽しむのはもちろん、目を閉じてゆっくりと息を吸いながら、最近の自分のことを振り返ったり、あるいは遠くの場所や知人のことを思い出したり。ホールを出るころには心と体がふわっと軽くなる。文筆家・塩谷舞がサントリーホールで体験して綴る、「コンサートホールのある日常」。

photo:Hiroyuki Takenouchi
  • ホールに入ってすぐの天井には大きなシャンデリアが。
6630個(!)のクリスタルガラスはアルコールのしずくを表している。
    ホールに入ってすぐの天井には大きなシャンデリアが。
    6630個(!)のクリスタルガラスはアルコールのしずくを表している。

    誰もが静寂の奏者となるこの場所で。

    「でもさ、黙ってじっと座ってるんじゃなくて、もっと一体感を味わいたいじゃん?」

    クラシックのコンサートは良いよ、だなんて話をしていた時、それを敬遠しがちな友人にそんなことを言われた。たしかに、微動だにせず音楽を聴くのはむずかしい。私も耳に馴染んだ旋律が流れてくると指が反応したり、顎の先で音を追いかけてしまったりと、頭より先に身体が反応してしまう。とはいえ、全身を揺らしたり、一緒に歌ったり、無数の蛍のように何かを光らせたり……といったような大胆な鑑賞方法は、クラシックコンサートの客席ではあまり見られるものではない。でもその空間にはまた別の、心地よい一体感がたしかにあり、私はそれが好きなのだ。

  • 客席の表地はワインレッドのぶどう柄。
    客席の表地はワインレッドのぶどう柄。

    クラシックは敷居が高いというけれど、その敷居を跨ぐのはあっけないほどに簡単だ。チケットを買って、電車に乗り、会場に行けばいい。もう少し具体的にいえば、コンサートホールのウェブサイトで公演スケジュールをチェックして、その中から好みのものを探し、チケット購入のボタンを押し、席を指定……と、その手順は映画の予約となんら変わらない。価格も安い席であれば2、3千円程度。それに最近は多くの演奏家が公式YouTubeチャンネルを持っているから、奏者の名前で検索をして予習することも容易になった。もちろん、人気の公演であれば席が即埋まってしまうこともあるけれど、そうした争奪戦に参戦するのは回を重ねてからでいい。

    客席数が多いとされているホールでも2、3千席程度で、大混雑に揉まれることもない。今回訪れたサントリーホールの大ホールは2,006席。到着したらコートをクロークに預け身体をうんと軽くして、ラウンジで少々お酒をいただきたい。ちなみに日本ではじめて酒類の提供を始めたのがここサントリーホールなのだけど、ホール名を参照してもらえればその理由を説明する手間も省けよう。

    さらに空腹であれば、ここでサンドウィッチなどをつまみつつ小腹を満たしておきたいところ。感染症対策で長らく軽食の提供が止まっていたけれど、ようやく再開したということで、その有り難さも増してくる。もっとも、腹が鳴ってしまってはこの空間を包む静寂を壊してしまいかねないのだし。

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    アナウンスが入り、照明が落ちると、それまであった小さなお喋りの声もスウッと消える。この日の演目は五嶋みどりさんのヴァイオリンソナタ。彼女とピアニストのジャン゠イヴ・ティボーデが登場した瞬間に会場はワッと拍手で盛り上がったけれど、曲が始まる前には先の静寂よりも一層、緊張感のあるそれが訪れる。そうした静寂に包まれた時、私はここにいる見ず知らずの人と溶け合ったような一体感に震えてしまう。私たちみんなが静寂の奏者であるという事実に、嬉しくなってしまうのだ。

    彼女が弓を引いた瞬間に、現の中の夢が始まる。そこからは、目を瞑つぶるも、弓の動きを追いかけるも、上質なマッサージのような音の海の中で妄想を繰り広げるも自由。奏者の人生をかけた研鑽の一部を目撃しながら、束の間の非日常に心を預けたい。

    【今日のコンサート】
    サントリーホール スペシャルステージ 2022 五嶋みどり「ソナタの夕べ Ⅱ」

サントリーホール

1986年、「世界一美しい響き」をコンセプトにヘルベルト・フォン・カラヤンら世界的指揮者や演奏家の助言を取り入れ造られた、日本を代表するコンサート専用ホール。東京都港区赤坂1-13-1 ☎0570-55-0017(10:00~18:00※休館日、12/30~1/4を除く)

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