伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第48回
乃木坂46を卒業し、ラジオパーソナリティ、タレント、そして、ひとりの大人として新たな一歩を踏み出した山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを自由に綴ります。
photo : Chihiro Tagata styling : Satomi Urata hair&make : Hitomi Akiyama「夜景」
東京の夜景は残業で出来ている。一日24時間では足りないほど仕事と学業に追われていた頃、よく仕事終わりにファミレスに向かい、レポートを書きながら窓の外を眺めていた。煌々(こうこう)と輝くオフィスビルの、あの窓のひとつひとつに、帰りたいのに帰れない人がいるのかもしれない。そう思うと、キラキラ輝く街のネオンも、たちまち残業の集合体に見えてくる。夜景のひとつと化すハードワーカーの夜は長い。「私だけじゃない、仲間がいる」という謎の仲間意識を持たせてくれるからか、きれいとは思わなかったが好きだった。夜中の1時になっても切羽詰まっている自分が救われるような感覚になっていたのかもしれない。
日没後のマジックアワーとか、暗闇にぽっかり穴が開いたように見える満月の月明かりとか、天から降り注ぐように散る花火とか、そういう夜景はただただ純粋にきれいだと思えるのに、人工光源による都市夜景だけはそういう目で見てしまう。そういえば、クリスマスの夜に繁盛する飲食店は夜景が見えるレストランやバーだけだと聞いたことがある。それが本当かどうかはどうでもいいけれど、今年の12月25日の夜景も、残業する労働者たちによって保たれることだろう。恋人たちに夜景をプレゼントしている人々の存在を忘れずにいたい。
そんな自分がなぜ夜景について書いているかというと。先日、仕事終わりに神戸で後輩と合流し、また別の後輩の主演舞台を鑑賞するという日があった。そしてせっかく神戸まで来たので、王道の観光名所である北野異人館と、日本三大夜景の一つにも数えられる摩耶山(まやさん)の掬星台(きくせいだい)にも行ってみることになったのだ。難しい字だが、手をのばすと星を掬(すく)えそうという意味らしい。しかもそこから眼下に広がる光の海は、きれいな夜景を称する 「100万ドルの夜景」という言葉の発祥でもある。1950年代当時、ここから見える4つの市の電灯の数からひと月の電気代を割り出し、さらに当時の為替レートで換算するとおよそ100万ドルだったとか。美しさを形容したのではなく、電気代に由来しているというロマンチックさに欠けるエピソードだが、これは戦後の復興や経済成長、安全や平和の象徴とも言えるだろう。星が肉眼で見える良さもあるけれど、街が明るい良さもあるよなと思う。それにしても、夜景を見て電灯の数を数えようと考えた人はユーモアがあって素敵だ。東京の夜景は何ドルなのだろう。
掬星台は、カーブが終わったらまたカーブが来るような細い山道を抜けて、最寄りの駐車場に着いてからさらに少し歩いたところにあった。さっきまで聴いていた久石譲さんの音楽が頭の片隅に流れている。街灯はほとんどない。スマホで足元を照らし、前方を歩いている親子の気配をたどる。
階段を上り、人影の間から漏れるオレンジ色の光に近づいていくと、そこには溺れてしまいそうなほど深く鋭く光を放つ神戸の街が眼下に広がっていた。あまりのすごさに魂が抜けるかと思った。全方位から聞こえてくる恋人たちの幸せそうな話し声にも、危うく溺れそうになった。夜景というのは、恋人たちの背中越しに見るとますます輝いて見えるのだというのは、今回の社会科見学における一番の収穫かもしれない。そりゃあ手を繋いで見に来るよなあと腑に落ちる。彼らの写真を撮ってあげたくなってしまったが、夜景なんかよりも相手の方が輝いて見えているであろう恋人たちに「撮りましょうか?」なんて話しかけるのは無邪気にも程があるのでさすがに控えた。そして再三しつこく言っておくが、我々のこれはデートではなく、社会科見学である。
あまりにもきれいなので記録に残したくなり、スマホのカメラを起動する。でも搭載されているあらゆる機能を駆使してみてもやっぱり肉眼で見た景色が一番きれいで、このすごさをしっかりと記憶したいと思った。それにしても、数年前まではほとんど写真を撮らなかった私が、こんなふうに日常を写真に残すようになるなんて。撮った写真を見返して郷愁にかられるような性格ではない私が、数年後には今日の写真をどんなふうに見るのだろう。肉眼で見た灯りの鋭さとか、夜風の匂いとか、光るスニーカーを履いて走り回る子供たちの足音とか、そういうのをバババッと思い出すだろうか。いや、もしかしたら全然見ないか、それとも消去しているかも。だけどできれば、振り返りたいと思えるようになっていてほしい。
帰り道、後輩の運転する車のシートに身を任せ、少し開けた窓からひたすら夜風に当たっていた。肺の空気がすべて入れ替わるんじゃないかと思うほど、大きく大きく息を吸う。前髪なんてとっくに吹き飛ばされていたけれど、不思議と気にはならなかった。東京の夜景を見たくてタワーマンションに引っ越した人が1カ月もしないで感動がなくなるのは、毎日見続けて飽きてしまったのではなく、そもそも疲れて帰って寝るだけの日々で夜景なんて見てる場合じゃないからかもしれない。Podcastでよく聴く番組のアーカイブを車内に流し、笑いながら下る山道で、そんなことを思った。その日は早めに布団に沈み込み、久しぶりにぐっすり朝まで眠った。
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