伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第36回
乃木坂46を卒業し、ラジオパーソナリティ、タレント、そして、ひとりの大人として新たな一歩を踏み出した山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを自由に綴ります。
photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Ayumi Nakaitsu「抜歯」
私の第三大臼歯、いわゆる「親知らず」は、4本すべて横向きに埋まっている。生涯ちゃんと生えきらないどころか虫歯の原因や歯並びに影響を及ぼすこともあるらしく、いずれ抜いた方がいいと学生の頃に医師から言われた。以来何年かに一度、意を決してこの宿命と向き合ってきた私は、このたび最後の1本を抜くことになった。かつて逆側の親知らずを抜いてもらったときには専用のノミとハンマーで砕き割るという方法で、ゴッゴッゴッゴッバキバキバキと衝撃が小気味よく脳内に響き続けた1時間は恐ろしいものだった。あの衝撃が忘れられず、もう片側はこの数年放置していたが、残された1本が隣に生えている奥歯を押しているせいでじんじん痛み始めた。
抜歯後はしばらく顔が腫れるので、術後の数日間は人に見せたくないビジュアルをしている。撮影の仕事を調整できて、なるべく人に会わずにやり過ごせるのは正月休みくらいだろう。そう思って私は昨年のクリスマスに病院の予約をとった。しかし結局は年末ギリギリまでやるべきことが増え、担当医の急な地方出張も重なって、私のラスト抜歯は泣く泣く延期となったのだ。宿命から解き放たれるつもりで、ここ数週間を生き抜いてきたのに。それだけを支えに、固い食べ物をなるべく避けたり、慎重かつ丁寧に歯を磨きつつ、痛みを乗り越えてきたのに。それが、延期…? こうして新年を痛みの最盛期とともに迎えた私は、もはや歯を抜くのが楽しみになり、病院に行きたくて行きたくてたまらないといった具合にメンタルだけが仕上がっていった。
今回担当してくださる先生の説明によると、まず私の歯茎を開き、何回かに分けて歯を分割して切り取り、その根っこを抜き出すのだという。砕き割るのではなく、切り取る、という説明にちょっと安心した。30分で終わるという先生の言葉に期待して挑んだ施術では、始まってすぐ歯の根っこを引っ張る段階に。しかしここからが長かった。「うーん、もう少し削ってみますね」からのキュイーーーーンギュルルドゥルルルルルという機械音、これの繰り返し。要は思っていた以上に歯が微動だにしないので、少しずつ切り取るしかなくなったらしい。スリリングな展開は長期戦に及び、脳内にはマキシマム ザ ホルモンの「包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・キリ」が流れ始めた。麻酔によって痛みを抑えているものの、すぐ近くに神経の管が走っているという恐怖はぬぐえない。口に器具を入れられている以上何かあっても「あうあう、ああ」と生後数カ月の乳児が使う言葉しか言えないし、そもそも顎が攣(つ)りそう。とにかく早く終わってくれという念が伝わってしまったのか、しまいには先生も「がんばって、もうちょっと!」「大きいですね、もう見えてますからね、あと少しで出てくるから!」と声をかけてくれるようになった。いや、そりゃそうだよな。先生だって次の用事があるかもしれないし、1時間もかかるなんて思ってなかっただろうし、とっとと帰りたいよな。勝手に同志のような感情が芽生え、「はい出ましたよ〜!」と言われたときにはオギャアと産声が聞こえた気がしてちょっと泣きそうだった。
それはさすがに大袈裟だとしても、来世紀の未来人にとっても、親知らずの抜歯は人生のちょっとしたイベントであり続ける気がする。もし今より人類の顎が狭くなったら、骨と一体化して第三大臼歯という存在自体がなくなっているか、奥から2本ずつ抜くというイベントに強化されているかもしれない。時間がかかってしまうのは仕方ないけれど、せめてもう少し痛みが出ないやり方が開発されていることを願う。
緊張から解放されて診察室で座り込んでいると、不意に電話が鳴った。前回のエッセイで書いた相棒こと、パソコンの修理業者からだった。店での診断結果によると彼もまた自力ではどうにもならない状態にまで追い詰められており、専門チームに中身を分解されて戻ってくるのだ。これから先、麻酔が切れて痛み止めを飲んでも傷が疼(うず)くときは、ああこの文字を打っているパソコンも年末にバキバキギュインギュインやられてきたのかなと、またしても勝手に心中をお察ししつつ仕事に励もうと思っている。とは言いつつも連日続く想像以上の激しい痛みに完全にノックアウトされ(舐めてました)、全然原稿に手がつきませんでした。校正さん、遅れてしまい本当に申し訳ありません。
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