【第10回】青森　 写真家高野ユリカの「だれかの住む街と菓子」／吹雪く街の、ザッハトルテ 

＜シュトラウス＞のザッハトルテ

「冬の青森に行ったらザッハトルテ食べなよ」初めて青森に行く私に、友人が熱を込めてお薦めしてくれたのを覚えている。…青森でウィーン菓子のザッハトルテ？　どうして？　と疑問に思いながら、雪の降る寒い日に＜シュトラウス＞を訪れたのは数年前。以降、いつの間にか私の中でも青森＝ザッハトルテになってしまったし、同じような熱量で人にも薦めてしまう。

シャンデリアやグランドピアノが置かれた優雅な空間で食べるザッハトルテと熱々のヴィナーメランジェ。吹きつける雪にさらされた身体は自然とカロリーを欲していて、キュッと甘ったるい黒い塊が口の中に入ると、一瞬で甘さが脳まで届く。一気に雪山の遭難から生きて帰って来れたような気持ち。添えられた生クリームは甘くなくて一層黒い塊の甘さが際立つ。いつかウィーンで食べたザッハトルテもこの味だった気がするよ？　味の走馬灯？　アーチ状の窓越しに降る雪の異常な大きさ。いま私の身体は本当に青森だろうか。

＜甘栄堂＞の芳香バナナ

バナナ最中の存在は、最近初めて知った。まだバナナが高価だった時代に、バナナへの強い憧れを大衆に楽しんでもらおうと弘前・津軽地方を中心に広がった風土菓子らしい。

＜甘栄堂＞の芳香バナナは、もうそのパッケージがずるい。菓銘が印字された薄い和紙の包みをひらくとふわぁっと広がるバナナのいい香り。バナナを模したフォルムはすぐには食べずしばらく愛でたくなる。さっくりした最中の皮、中は隅々まで詰まったバナナ風味の白餡がほくほくして、舌触りのひんやり感がバナナだ…。想像を超えて格段においしい。もしや白餡はバナナになるために生まれてきたのでは？　

青森出身の友人曰く「上京してくるまでバナナ最中は全国区のお菓子だと思ってた…」と聞くと少し切ないそのエピソードだけでも郷愁を誘う菓子ってわかる。

＜喫茶マロン＞の特製マロンパフェ

喫茶マロンの特製マロンパフェは出てきた時のそのボリュームにびっくり。

12種類の季節のフルーツが絶妙なバランスで刺さって出てくる。生クリーム、餡子、抹茶とバニラのアイス、一番下のオレンジソースが効いていて、最後のお口直しみたいになって爽やか。

地元の高校生や大学生の女の子同士や、町のおじさん、スーツ姿のサラリーマン、家族同士など色々なお客さんの層が混ざっていておもしろい。聞こえてくる会話をBGMにしながらパフェをつつく。青森に住んでいる人の生活に近いお店な気がするね。

＜SKIP EGG＞のアップルパイ

帰り際にサクッとアップルパイが食べたくなって、＜SKIP EGG＞へ。青森駅のすぐ隣。

ケースに入れられて艶っぽくキラキラ光るパイ生地とりんご。思ったよりもしっとりめのパイ生地に瑞々しい紅玉りんごの大きいコンポートがジュルっとして、果汁味わっている感。

イートイン席でほおばりながら、寒々とした灰色の津軽海峡見てるのちょっと怖い。冬の青森はきびしさと甘さがどっちもおいしい。