〈神倉神社(かみくらじんじゃ)〉
2021.01.09

いにしえの人々が目指した三山を今に体験する。 太神々が鎮座するよみがえりの聖地【和歌山・熊野三山】。自然に宿る神々を訪ねて歩く旅へ。

今回訪れたのは、熊野三山。そこは古来、木や岩、滝などに神々を見いだす自然信仰の盛んな地でもあった。熊野に宿る自然信仰を目の当たりにし、悠久の時間へと思いを馳せよう。12月28日(月)発売 Hanako1192号「幸せをよぶ、神社とお寺。」よりお届け。
〈神倉神社(かみくらじんじゃ)〉
〈神倉神社(かみくらじんじゃ)〉

神武東征の際、熊野から奈良へ向かう神武天皇を八咫烏(やたがらす)が案内したと記紀に記されているように、脈々と続く歴史を持つ熊野。そこは古来、木や岩、滝などに神々を見いだす自然信仰の盛んな地でもあった。深い山間にあって人々をたやすく近づけない秘境は、奈良時代から平安時代にかけて仏教や密教、修験道と結ばれて聖地となり、神仏習合の考えが広まってゆく。熊野速玉大社の熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)は薬師如来と千手観音、熊野那智大社の熊野夫須美大神は千手観音、熊野本宮大社の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)は阿弥陀如来の化身という、熊野権現の信仰だ。その力をもって熊野速玉大社は過去世の救済を、熊野那智大社は現世の利益を、熊野本宮大社は来世の加護を授けるとされた。

和歌山・熊野三山

長く続く参詣道を歩き、厳しい難行苦行の果てにたどり着き、神々の救いを受ける熊野の地。それは再び生きる力を与える、よみがえりと再生の場所なのだ。平安時代の半ばには、それぞれ異なる成り立ちと主祭神を持つ三社が、熊野権現と呼ばれる12の祭神をお互いに祀ることで一体化。熊野三山と称されるようになり、ますます信仰を集めるようになる。やがて白河上皇を皮切りに、後白河上皇、後鳥羽上皇ら上皇が詣でる熊野御幸が盛んになり、のちに庶民にまで広まってゆく。人々が列をなして熊野へと向かう様子は「蟻の熊野詣」と称されたことからも、その熱狂ぶりは推して知るべし。

〈熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)〉
〈熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)〉
〈熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)〉
〈熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)〉
〈熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)〉
〈熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)〉
三本足でサッカー日本代表のシンボルでもある八咫烏は熊野三山の神を総称した熊野権現の神使。そのため護符は独特のカラス文字で書かれている。右上から時計回りに、熊野本宮大社の熊野牛王神符、熊野那智大社の烏牛王神符、熊野速玉大社の熊野牛王宝印。
三本足でサッカー日本代表のシンボルでもある八咫烏は熊野三山の神を総称した熊野権現の神使。そのため護符は独特のカラス文字で書かれている。右上から時計回りに、熊野本宮大社の熊野牛王神符、熊野那智大社の烏牛王神符、熊野速玉大社の熊野牛王宝印。
〈熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)〉
〈熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)〉
〈熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)〉
三本足でサッカー日本代表のシンボルでもある八咫烏は熊野三山の神を総称した熊野権現の神使。そのため護符は独特のカラス文字で書かれている。右上から時計回りに、熊野本宮大社の熊野牛王神符、熊野那智大社の烏牛王神符、熊野速玉大社の熊野牛王宝印。

千数百年の時を超えた現在も、巡礼の地として人々の信仰は揺るぎないものがある。三山にはそれぞれ、参拝に際して欠かせない別宮や摂社もあるため、せっかく熊野を訪れたのなら足を延ばしたいもの。熊野本宮大社では明治22年の大洪水まで鎮座していた旧社殿地・大斎原(おおゆのはら)へ。現在の社殿から歩いて10分ほどの地へ足を延ばすのはもちろん、熊野古道のひとつ中辺路(なかへち)の山間から見る姿もまた神々しい。熊野速玉大社の摂社・神倉神社は熊野の神々が最初に降臨したとされる地。這うように登る険しい石段の先に見る、御神体のゴトビキ岩は圧巻だ。そして熊野那智大社の別宮・飛瀧(ひろう)神社の御神体は那智滝。熊野に宿る自然信仰を目の当たりにし、悠久の時間へと思いを馳せたい。

〈神倉神社(かみくらじんじゃ)〉

神倉神社は熊野速玉大社の摂社のひとつ。熊野の神々が最初に降臨した地と伝わる。源頼朝が寄進したといわれる538段の石段を上った、神倉山の中腹にあるゴトビキ岩が御神体で、記紀には神武天皇が登った天ノ磐盾の山と記されている。
■和歌山県新宮市神倉1-13-8
■0735-22-2533(熊野速玉大社)
■天ノ磐盾拝観自由

〈熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)〉

朱塗りの社殿が鮮やか。熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)の主祭神を含めた18柱が祀られている。景行天皇58年に社殿を創設したことから、現在の神倉神社がある元宮に対して新宮と呼ばれるように。御神木の梛(なぎ)の木も。
■和歌山県新宮市新宮1
■0735-22-2533
■日の出~日没(授与所8:00~17:00)

〈熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)〉

かつては熊野坐(くまのにます)神社と称され、すべての熊野古道はここへと繋がる。崇神年間に現在の大斎原(おおゆのはら)に創建されたと伝わり、明治22年に現在地へ移転。主祭神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)を含めた12柱が祀られている。檜皮葺(ひわだぶき)の社殿が一列に並ぶ様子は厳かだ。
■和歌山県田辺市本宮町本宮
■0735-42-0009
■8:00~17:00

〈熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)〉

那智滝を御神体とする自然信仰に由来し、仁徳天皇5年に社殿が創設されたと伝わる。祀られているのは主祭神の熊野夫須美大神を含めた13柱。境内手前の大門坂を起点にすれば、苔むす石畳の熊野古道を歩いて向かうことも可能だ。隣接して西国三十三所の一番札所、那智山青岸渡寺(せいがんとじ)も。
■和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山
■0735-55-0321
■17:00~16:30

(Hanako1192号掲載/photo:Norio Kidera text:Mako Yamato)

編集部
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