「80歳を超えて世界に飛び出すとは思わなかった。」 81歳でアプリ開発、「WWDC」に参加!プログラマー・若宮正子さんにフィーチャー! LEARN 2018.07.16

60歳でPCを学び、81歳でiPhoneアプリ「hinadan」を開発、さらにアップル開発者向けイベント「WWDC」に参加!講演で世界各地を飛び回る83歳のプログラマー・若宮正子さんが、人生はいつまでも楽しめるものだということを教えてくれました。

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若宮正子/銀行勤務を経て、定年後にPCを習得。2017年に開発したiPhoneアプリ「hinadan」が注目を集め、「WWDC 2017」に参加。著書に『60歳を過ぎると、人生はどんどんおもしろくなります。』(新潮社)がある。

独学で開発したゲームアプリがCNNニュースに取り上げられ、アップルCEOティム・クック氏の招待で同社の開発者イベント「WWDC」に参加。NYの国連の会議にも出向き、今、国内外で講演の依頼が絶えない若宮正子さん。驚くべきは、これらがすべて80歳を過ぎてからの出来事だということ。
「『君たちはどう生きるか』ってすごく売れているんでしょう? 私が物心ついた時は戦争中で紙も制限されていた時代だったので、本を読めるようになったのは中学校に入る頃。読書好きだった父親が買ってくれて、夢中で読んだのを覚えています。70年経ってまた出てるからビックリしちゃった」

高校を卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。しかし若い女性が任される仕事はコピー取りやお札の勘定ばかり。物事をゼロから考えるのが好きな若宮さんが力を発揮できない環境だった。
「その頃高く評価された人は単純な仕事を正確にやる人。つまりロボットに近い人ですね。私は手先が不器用だったのでそういう仕事は向いてなくて。でも業務改善の提案なんかを勝手に本部に送っていました。するとある日、企画開発部門に異動することに。上司にも恵まれ、40歳頃から益々仕事が面白くなりました」

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銀行勤務時代、快活な若宮さんはイベントの司会に抜擢された。

その後、若宮さんは管理職の試験に見事合格。女性が管理職につくこと自体、当時の日本では異例のことだった。
「本番の方が強い人間だから、試験なんかで、つい良い点を取っちゃうんですよね。外回りでほかの銀行に行くと『三菱から女の役付きが来るらしい』と珍しがられて、応接室に人が見に来るんです。出向先では副部長を任され、後輩たちに沢山の刺激をもらいながら楽しく働きました。若い人とお話しする時間はとても勉強になりましたね」

定年後、待ち受けていたのは母親の介護生活。

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100歳で他界するまで自宅で介護をしながら寄り添った母と。

介護と聞くと明るい生活とは程遠いものに聞こえるかもしれないが、若宮さんはいたって前向き。介護の気晴らしにと、退職金でパソコンを購入。それは新しい世界への入り口だった。

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退職金で購入したWindowsのデスクトップPC。

「私はほら、お出かけとお喋りが大好きだったから。家に居ながらネット上で人と交流したかったんです。今でいうSNSですね。必死で使い方を覚えてシニア向け交流サイト『メロウ倶楽部』に入りました。おかげでお友達も沢山できて、情報交換したり、何度かオフ会にも行きました。やっとパソコンは覚えたけど、Excelはすごく苦手だったんです。でも、セルを色で塗り潰してアートにしてみたらすごく楽しくて。出来上がった絵をうちわやブックカバーに印刷してみたら、お年寄りから反響がありました。先日マイクロソフト社の人に、
『Excelで決算書を作れる人は何万人もいるけど、うちわを作れる人はあなたしかいない』って褒められてうれしかったです」
 
81歳を迎えた頃、若宮さんは、ふとシニアが気軽に楽しめるアプリが無いことに気づく。そこから、無いなら自分で作ってみよう!と思い立ったのだという。

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正しい位置に雛人形を置いて雛壇を完成させるゲームアプリ「hinadan」。

独学で完成させた「hinadan」のアプリが配信されると間もなく、1通のメールが届く。それは米国のCNNからの取材依頼だった。Google翻訳を駆使して回答すると、瞬く間にニュースが配信され、世界中に若宮さんの名が知られることとなる。その後の活躍は前述の通り。現在は講演で世界各地を飛び回る日々だ。
「老人会の草野球でよたよたとバッターボックスに立ったら、バットに球が間違って当たって、強烈な追い風が吹いて、場外ホームランになって、気づいたらアメリカまで飛んでっちゃった。よく、自分の人生をこんなふうにたとえます。不器用な私が、80歳を超えて世界に飛び出して、こんなに充実した日々を送るとは思ってもいませんでした。せっかく与えられた機会ですもの。エイティーズの冒険(?)と称して、まだまだ新しいことに挑戦したいですね。人生何が起こるかわからない。失敗を恐れず今日一日を精一杯楽しむべきだと思います。失敗したっていい。とりあえずやってみて、うまくいかなければやめればいいんですよ」

(Hanako1159号掲載/photo : Hiromichi Uchida text : Satoko Muroga)

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