エシカルな日本を知る場所へ。 〈中川政七商店〉初の商業施設が奈良にオープン。未来へと日本の工芸をつなぐ、〈鹿猿狐ビルヂング〉の挑戦。 LEARN 2021.05.30

例えば、日本全国にいる工芸の作り手や農作物の生産者、当たり前にあるものを知ると見えてくる知恵がある。「ずっとそこにあるもの」からエシカルな生き方を学ぶ。今回は、〈中川政七商店 〉がコーヒーショップや飲食店を誘致した複合商業施設〈鹿猿狐ビルヂング〉について聞きました。日本の工芸が大切にしている、ものを慈しむ心。実は身近にあった、そのサステナブルな魅力をもっと知ってもらうために、できることとは。5月28日(金)発売 Hanako1197号「気持ちいい生活の選びかた。」よりお届け。

奈良に行きたくなるお店。それを増やす手助けをしたい。

春日大社や東大寺も近い奈良市元林院町。敷地内には旧市街地“ならまち”らしい細い路地があり街と建物を有機的に結ぶ。
春日大社や東大寺も近い奈良市元林院町。敷地内には旧市街地“ならまち”らしい細い路地があり街と建物を有機的に結ぶ。

日本全国の産地で人の手によって生み出される「工芸」が100年後も人々の暮らしと共にあるように、と「日本の工芸を元気にする!」を大きなビジョンとして掲げ、衣食住にまつわる暮らしまわりのものづくりをしてきた〈中川政七商店〉。そんな彼らが「奈良に注力する」と決め、コーヒーショップや飲食店を誘致した複合商業施設〈鹿猿狐(しかさるきつね)ビルヂング〉を今年4月にオープン。

奈良は創業し、本社を置く原点の場所。そこに今、改めて立ち返った理由とは何か、現在の〈中川政七商店〉の形を作り、今は会長として奈良で「N.PARK PROJECT」を進める十三代中川政七さんに話を聞いた。

「日本の工芸を元気にするために全力でやってきましたが、僕たちが考えている以上に工芸業界の衰退のスピードが速かったんです。コンサルティングをして、各産地を率いる〝一番星〞の作り手を生み出すことを目標にやってきましたが、それではとても追いつかない。産業革命を起こすような何か新しいモデルを生み出さないといけない、と。そこで思い至ったのが『産業観光』というコンセプト。ただ工場化して出荷量を増やすとかではなく、もっとお客さんに産地を見える化する。そこで観光や買い物もしてもらい、工芸が生まれる背景や作り手のことを知ってもらう。そうやって産地全体に付加価値をつけていきたい。で、こんなことを言い出した以上、まずは地元でやらないと、と思ったんです」

そんな中川さんが、まず奈良ではじめたのがスモールビジネスをたくさん作ること、というのも面白い。「金沢や京都もそうですが、寺社が多いため、それにまつわる町場の工芸が奈良には多種あり受け継がれています。ひと産地ひと産品でない分、街ごと盛り上げないと意味がない。では、いい街って何かと考えた時に、多様な楽しいお店がある街じゃないかと思いました。僕らのお店ばかり20軒あっても楽しくはないんです(笑)。小さいけれど行ってみたいと思う店、街のコミュニティになってくれる店ができたら活気が生まれる。そういうものを作るお手伝いができたら、とこの場所を作りました」

中川さんが奈良に持ち込んだのは、この土地で何か生まれるかもしれないという新しい空気、機運だ。「続いてきたものを僕らの時代で失わず、100年先まで残す。そのために何ができるのかと考えることはSDGsで語られることとも通じるものがある。僕たちが企業としてやっていることも一人一人ができることも一緒。結局、積み重ねでしかない。微力ではあるが、無力ではない。それを信じて進んでいきます」

【知る・学ぶ】

スモールビジネスの鍵となるコワーキングスペースと、中川政七商店の300年の歴史の重みを知る、展示や体験。

1.本店に残る実際の蔵を使い歴史を伝える〈時蔵〉と〈布蔵〉。

2.初の試み、学びの場となる、 3階の〈JIRIN(ジリン)〉。

興福寺の五重塔を望みながら仕事や勉強ができるコワーキングスペース。同じフロアに中川さんのオフィスもあり、声をかけられそのまま相談を受ける…なんてことも多々。開かれた環境から新しいビジネスが続々と誕生中。ドロップイン1日利用1,650円。9:00~21:00(ドロップインは10:00受付開始、19:00最終受付)無休(イベント時・年末年始除く)

【味わう】

茶道の新しい形を提案する町家のお座敷でいただく選りすぐりのお茶とお菓子。気軽なテイクアウトも新登場。

1.町家の座敷で一服を愉しむ、特別な時間〈茶論 奈良町店〉。

茶道の新しい形を提案する〈茶論〉もリニューアル。茶道体験(自点て1,980円ほか)が気軽にできるほか喫茶もゆっくりと。季節のお菓子と飲物のセットは飲物代(薄茶1,100円~)+550円。主菓子は奈良の老舗〈樫舎(かしや)〉のもの。テイクアウトメニューも一杯ずつ点ててくれる。

【買う】

日本の工芸に根ざした暮らしの日用品をずらりと展開。奈良のお土産になる限定品もいろいろあります。

1.創業300年の歴史を物語る、旗艦店〈中川政七商店 奈良本店〉。

店舗は1階と60坪の2階全面、さらに〈遊 中川 本店〉があった町家にも展開。

2.奈良の工芸を生かしたかわいいお土産も充実。

1階のミニショップには奈良を訪れた記念になる土産ものや奈良在住作家の作品が並ぶ。

アップデートしながら、残したいものを守る。

奈良の街を盛り上げる一方で、現社長である十四代目・千石あやさんを中心に日本の工芸へのまなざしも絶やさずに持ち続けている。日本のものづくりから学べることはたくさんある、と千石さんは教えてくれる。「いいものを長く大切に、直しながら使って暮らす。それがいいことだというのはきっと誰もがわかっているはずだと思います。しかし、現代社会では、大量生産をして大量消費をするのが当然になってしまっている。簡単に、しかも安価でなんでも手に入れば、それでいいと思ってしまうのも仕方ないこと。だけれど、そうじゃない選択もあることと、そのチョイスの幅を提案できたら」

プラスチックのカップでなく、漆のお椀でお味噌汁を飲む。コンビニの惣菜をそのまま食べるのではなく、お気に入りのお皿に盛り付けてみる。それだけで気づくことがある。「暮らしを豊かにすることってとても楽しい。はじめて自分で買った急須でお茶を淹れてみたら、とてもおいしかった。そんな経験でものを見る目、選ぶポイントが変わるんじゃないかと思います。工芸品は、敷居が高いものと思われがちですが、もとはどれも日本人が普通の暮らしの中で使っていたもの。日本の風土が育んだものなんです。だから、使ってみてしっくりなじむのは当然。ただ、私たちの生活様式は100年前とまったく変わっていますから、それに合わせて使うものもアップデートする必要がある。次の時代にも残るように、時代に合わせて、いい部分を残しながら変えていく。それが私たちの仕事なんです」各地の工芸に触れていると、日本はサステナブルな選択が気質的に得意なのではないかと思う、とも。

「金継ぎや襤褸(ぼろ) 、刺し子なんかの技術は布や器が貴重だった当時、直したり、繕ったりするために生まれたもの。だけど、そこに切羽詰まった切実さを感じないのが日本的だと思います。ただ直すだけ、補強するだけじゃなく美しく金を施したり、文様を一針一針描いたり。使っているものへの慈しみがそこにはあります。もともと日本はそういう豊かさを大事にしてきました。手で一つ一つ作られたものを実際に使ってみれば、その自然のままのよさは必ず伝わる。“サステナブルにしよう”と声高に叫ばずとも大事なものは繋いでいけるんじゃないかなと思うんです」

〈鹿猿狐(しかさるきつね)ビルヂング〉

中川政七商店

約126坪の敷地に立つ3階建ての施設を手がけたのは建築家の内藤廣。1階にはスペシャルティコーヒー店〈猿田彦珈琲〉とミシュラン一ツ星のすき焼き店〈㐂つね(きつね)〉がある。
■奈良県奈良市元林院町22
■0742-25-2188
■営業時間は店舗により異なる(HPで確認を)無休

https://www.nakagawa-masashichi.jp/

お話を伺ったのは…

◆十三代 中川政七(なかがわ・まさしち)/2018年3月より〈中川政七商店〉代表取締役会長に就任「N.PARKPROJECT」を進めている。手に載せているのは張子飾りの鹿コロコロ 3,300円。

■千石あや(せんごく・あや)/2011年〈中川政七商店〉に入社。2018年3月に十四代社長就任。持っているのは〈中川政七商店〉の代表作、奈良の工芸であるかや織で作られた花ふきん各770円。

(Hanako1197号掲載/photo : Akira Yamaguchi text & edit : Kana Umehara)

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