旅に特別な体験を添える。 「空港」でしか買えない本『Perch』を書き下ろし!芸人・作家の又吉直樹さんにインタビュー。 LEARN 2020.12.07

人生の一幕を彩ってきたキーパソンに焦点を当てて、自身の転機や成長を振り返る新連載『HANAKO PEOPLE』が今月号よりスタート。記念すべき第一回目のゲストは芸人・作家として活躍中の又吉直樹さん。今回は、書き下ろしアンソロジー『Perch』のお話とともに、撮影時のこぼれ話をお届けします。

息苦しさの中で見つけた『Perch』という新たな遊び場

ハナコピープル 又吉直樹さん

お笑いコンビ「ピース」として、そして作家として、独自の表現の世界を行き来する又吉直樹さん。新たな試みとして書き下ろされたアンソロジー『Perch』は、今までに発表した作品たちとは位置づけが違うものだといいます。

「文章とコントが全く同じとは思わないですが、『Perch』は僕が月イチでやっているお笑いライブ『実験の夜』をやるときと感覚が似ているんです。こじんまりとした規模の中で、思いついたこと、やりたいことを実験的に自由にやれて、スベっても致命傷にはならない場というか。反対に小説は、お笑いで例えると大きな会場を押さえて、年に1回だけやるような一世一代の大舞台になってしまっているんです。絶対に失敗は許されへんっていう。
芸人の感覚としては、新しいネタはまず小さい劇場でやってみて、ある程度育ててからテレビに持っていくというサイクル。それに慣れていたので、『火花』を書いたときもキャパ80人の舞台で新ネタを見せるくらいの感覚だったんです。ところが文芸誌はとんでもない大舞台だったことにあとあとになって気付かされて。実は中継につながっていて、全国放送されてしまったような……。僕の小説への入り方は、遊びなんて許されないところからスタートしてしまった。ただ、ずっと芸人をやってきた流れの中で、構えて、準備して、できました!っていうものより、作り続けている中でポンッと面白いものが生まれる瞬間があることを体感としてわかっている。文章の世界でも劇場のような感覚を味わえる場が欲しかったんです。そんなタイミングで『Perch』の話をいただきました」

ハナコピープル 又吉直樹さん

『Perch』を手に入れられるのは羽田空港 蔦屋書店だけ。“その場所に行かなければ買えない本”というコンセプトにも心ひかれたと振り返る。書き下ろされた作品は、短編にはじまり、エッセイ、連作掌編、自由律俳句など、又吉さんの言葉を借りれば「ごちゃまぜ感でいっぱい」。

「冒頭にある『忠告』は一番最初に書き上げたものですが、書きながら考えるくらい気ままに出来上がったものなんです。いい意味で適当で、コントに近い作り方をしています。そんなコントっぽい短編からスタートして、たぶん1ヶ月くらいですべてを書き終えました。いろんなジャンルがあるのは、旅の途中には、ちょっと読んで寝たい日もあるし、じっくり読みたいときもある。シーンに合わせた読み方ができるといいなと思ったからなんです。
僕自身も、旅には必ず本を持っていきます。いつも大体15冊くらい持っていくんですけど、サッカーでいえばそのとき一番いいのを試合に出したい。本を持っていき過ぎるよりも、その瞬間に読みたいものを読める環境のほうがストレスがないんです。長編ばっかり持っていって、『詩集があったなら……』と後悔しがちなので、その経験を踏まえていろんなジャンルを一冊につめこみたかった」

新型コロナの影響でまだ叶わないものの、羽田空港で『Perch』を購入すると店頭に設置されたオリジナルスタンプを押印できるサービスも展開。空港を訪れた日付を好きなページにスタンプすれば愛着もひとしおだ。実はこのアイデア、又吉さんがパリの書店での思い出に着想を得たもの。又吉さんの旅と本の密な関係に話は及ぶ。

「旅に行く前に、行きの飛行機や旅先で読んだらおもしろそうやろなとか考えて、15冊は持っていきます。といっても読むのはだいたい4冊半くらいですけど。前にメキシコに行ったときは『老人と海』、ガルシア・マルケスの何か……とか、ロシアに行くときは『罪と罰』を持っていきました。めっちゃベタです。でも、読み方が変わるんですよ。ロシアのサンクトペテロブルクに行ったとき、直前までは『罪と罰』のイメージでずっと曇ってるような暗い街を想像していたのに、実際には明るくて美しくて。こんなきれいな街であんなこと考えていたと思うと、より彼の憂鬱が増すというか。街の空気に触れることでグッと迫る経験があります。ロシアでは、泊まったホテルの向かいの建物が小説『外套』の作者ニコライ・ゴーゴリが住んでいた建物だったという偶然もあって、めっちゃテンションがあがりました。旅先ではそういう偶然がけっこうあって、それは常にアンテナを張っているからだと思います。対象が世間とはちょっとずれていますけどミーハーはミーハーなんです。ちょっとした偶然に気づきやすいのかもしれない。
現地では、必ず近くに本屋さんはありますか?と聞いて足を運びます。一番感動したのは、インドのゴアで出会った本屋さん。古い家屋を改装していて、木の匂いがして、外にでると緑いっぱいの広場があって、限りなく天国に近い場所でした。本のセレクトもめっちゃいいんですよ。インドでも、ロシアでもメキシコでも、どこに行っても本を買います。何が書いてあるかはわからないので二度と読まないですけど(笑)、本っていうもの自体が好きなんです。メキシコでは、フリーダ・カーロの画集を買ったんですけど、人生で買った本の中で一番重たかったです。たぶん広辞苑6冊分くらい。テンションが上がってたから持って帰ってこれたけど、東京にいたら持てないくらい分厚くて重い」

ハナコピープル 又吉直樹さん

知れば知るほどに我が道を行く人。お笑いも文筆活動も好きが高じて仕事になり、そして目に見えるカタチで評価された今も、又吉さんの純度の高さは変わらないように見える。

「僕は、世間的に自分がどう捉えられているか自信はないんですけど、こと自分の好きなものや遊び方に自信を持っている人間なんですよ。人がそれをダサいと思っても、オレの遊び方はめっちゃおもろいって子供の頃からなぜか自信があった。クラスメイトがドッジボールをしているときに、校庭の片隅で一人で何往復もダッシュして遊ぶ子供だったんです。みんなはなんでダッシュしてるんやろ?って思ってただろうし、今思えば一人でダッシュしてるのはどう考えてもダサいと思うんですけどね。当時は別に迷いもないというか、あのころの気持ちが揺らがずに今もあるんですね。あんまり気にせえへんっていうかは、『僕はこれでやらせてもらってますんで』みたいな。ところが相手が好きな対象になると、こんなことしたら嫌われるんじゃないか? 傷つけてしまうんじゃないか?ととたんに挙動不審になる。でも基本的には、一旦考えないようにしています。ただ、ほめられてからが難しくなりましたね。一回ほめられると、得た評価を失いたくなくて……って、めちゃくちゃ普通のこといってますけど、最初はまったくないのにほめられたらがっかりされたくないと思って、期待に応えたくなってしまう。それが邪魔なんですよね。
『Perch』は、そんな自意識みたいものにとらわれずに書いたもの。『火花』『劇場』『人間』に続く4作目ですっていうのとはまるで違うんですが、今後こういうものを書いていきたいという意思表示になりました。想像以上に面白いものになっています」

又吉直樹

またよし・なおき/1980年6月2日生まれ。大阪府出身。2003年にNSC同期の綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。芸人活動と並行して文筆活動も行い、2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。2017年に2作目となる『劇場』、2019年に3作目『人間』を発表した。

【販売店舗】
■ 羽田空港 蔦屋書店オンラインショップ
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(photo : Mariko Kobayashi text : Hazuki Nagamine)

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