「〝いまの私〞に必ず刺さる言葉に出合える。」 〈本屋B&B〉スタッフ・木村綾子さんが語る、太宰 治作品。女性におすすめの3冊とは? LEARN 2019.11.12

ジャンルはなんでも、それを心から好きな人におすすめされると俄然興味が湧いてくる。未知との遭遇はいつだってワクワクするもの。木村綾子さんの「偏愛」を、とくとお楽しみください。

心境や状況の変化によって、必ず刺さる言葉に出合える。

木村綾子/文筆業。下北沢の本屋〈B&B〉書店員。「太宰治検定」の企画運営も行う。Hanako.tokyoで「あなたに効く本、処方します。」、全国の地方新聞でコラム「太宰治 時代を超えて」連載中。
木村綾子/文筆業。下北沢の本屋〈B&B〉書店員。「太宰治検定」の企画運営も行う。Hanako.tokyoで「あなたに効く本、処方します。」、全国の地方新聞でコラム「太宰治 時代を超えて」連載中。

太宰との出会いは18歳の時。当時、私は大学受験に失敗して、人生で初めての挫折を味わっていました。その時、偶然入った古本屋で『人間失格』が光って見えたんです。読むと、そこには私なんかよりずっと生きるのが下手で、敗北続きの人間が描かれていて。その生き様に私は救われました。こんなにダメでも生きてていいんだって(笑)。そこから太宰のネガティブな印象が一気に覆って、作品だけじゃなく作家にも興味が湧いていったんです。

太宰の作品はどれも繰り返し読んでいますが、一度たりとも読み切れたと思ったことはないです。読むたびに新しい気づきがある。書かれていることは何も変わらないのに、歳を重ねて、年齢や心境に寄り添うように、〝いまの私〞に刺さる言葉に必ず出合えるんです。

太宰作品に出てくる女性にも憧れます。多感な少女、恋に破れた女性、新妻、未亡人、シングルマザーなど年齢や境遇はさまざまですが、一筋縄ではいかない人生であっても彼女たちは決してくじけないし、世間に批判されても決して流されない。ページを開くといつも凛と生きている姿があって、そういった生き様が私の人生の教科書になっています。

それに台詞もすごくいいんです。「トランプの遊びのように、マイナスを全部あつめるとプラスに変わるという事は、この世の道徳には起こり得ない事なのでしょうか」とか「私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです」とか。悩んでいる時、心の中にふっと立ち上がる太宰の言葉に何度救われてきたか。

『太宰治のお伽草紙』(源)、『太宰治と歩く文学散歩』(角川書店)など太宰にまつわる書籍や巻末の解説などを多数手がけている。
『太宰治のお伽草紙』(源)、『太宰治と歩く文学散歩』(角川書店)など太宰にまつわる書籍や巻末の解説などを多数手がけている。

自分にとっての杖言葉を持っておくことはオススメですね。それから、一生で何冊本を読めるかも重要だけど、たった一冊、生涯をかけて読み重ねられる本と出合えたらそれはもう奇跡に近い事件だとも思うんです。大人になるほどいろんなことが分かるようになって、悩まなくもなるって昔は想像してたけど。現実は逆で、情けないけどどんどん生きるのが下手になっている気もして。だからこそ、本を開けばいつでも私を「私」に立ち返らせてくれる物語がある。世界をみつめるまなざしを取り戻すことができる。そんな一冊があることは人が生きるうえでの強みになると思います。「オススメの本を紹介して!」という相談もよく受けますが、気をつけているのは相手の心に寄り添う本選び。流行や個人的趣味を押し付けるのではなく、相手の生活を想像して悩みや不安を掬い上げてくれる一冊をイメージします。本と人を繋ぐ仕事ができているのは、あの日太宰治と出会えたから。大げさではなくそう思っています。

女性の心に効く珠玉の太宰作品。
“人間”が分からなくなった時。『人間失格』

(新潮社文庫)
(新潮社文庫)

“人間”をうまくやれない主人公の葛藤と孤独を描く。映画化もされた代表作。「自伝的な内容を含んではいるものの、紛れもなく小説であり太宰文学の傑作。弱くて脆く、どこまでも人間臭く生きぬいた主人公の生き様には勇気がもらえると思います」(木村さん、以下同)

ダメ男を好きになってしまった時。『ヴィヨンの妻』

(新潮社文庫)
(新潮社文庫)

放蕩者の夫が作った借金を返すため、働きに出ることになった妻。夫に振り回されてもくじけず、世間と関わりあううちにたくましくなっていく。「男に人生を左右されず、自分の足で立って生きる女性が書かれています。ダメな男性との関係に悩む方に」

ひどい肌荒れに悩んでいる時。『皮膚と心』

(角川文庫『女生徒』に収録)
(角川文庫『女生徒』に収録)

突然吹き出物ができ、全身に広がっていく。絶望を味わう「私」は─。「肌が醜く変わっていく恐怖とおぞましさ。主人公の怒涛の内省を圧倒的な文章で表現。治った瞬間に気持ちが180度転換するところも描写していて共感の連続です」

(Hanako1178号掲載/photo:Masami Hiroe text : Mariko Uramoto)

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