花井悠希の朝パン日誌 ビートルズ好きのオーナーシェフが手がける、鎌倉のベーカリーショップ〈BREAD IT BE〉へ。あの曲を口ずさみながら出かけましょう。 LEARN 2020.12.03

小旅行気分で降り立った鎌倉の街で出会えたとびっきりのパン。ビートルズ好きのオーナーシェフ・森田さんが作るこだわりのつまったパンは、ジョン・レノンのようにストイックに尖って、ポール・マッカートニーのようにロマンティックに心を掴む!?

店名の由来は「◯et It Be」?

鎌倉 BREAD IT BE

〈鶴岡八幡宮〉に続く大通りを1本入ると見える看板にまず歓喜!1つ1つにテンションが上がってしまうのは、遠出ならではですよね。

鎌倉駅から徒歩3分ほどで到着する〈BREAD IT BE〉。出会いは私の手掛けるレディースブランド〈PANORMO〉の展示会でお客様にいただいたのがきっかけでした。〈沢村〉や〈THE CITY BAKERY〉を手掛けるオーナーシェフ・森田さんが作るマニアックなパンが並ぶお店で、しかもビートルズ好き故に店名はあの名曲からつけられたと聞いたそのときから心が掴まれて、一口食べたらもう虜。これは一刻も早くお店に行きたい、行かねばならぬ!と、友人に鎌倉小トリップを提案し、行ってきました(コロナ第三波前に行けてよかった…)。

ほんのりトーストすると薄皮がカリカリ。その中で、〈旭酒造〉の純米大吟醸酒「獺祭(だっさい)」に漬けられて果実味が限界まで膨れ上がったレーズンがその豊かな果汁をプシューと飛ばし、なおかつそれが至るところに入っているから、もうお口の中は大洪水(いっそ溺れたい)。「獺祭」の香りが最初に鼻腔をかすめしゅるりと姿を消すと、レーズンと小麦の充実した関係の間を縫って、再び適切に香ってきます。鼻に抜ける余韻も「獺祭」の麹のような甘い香り。順序立てて組み立てられたストーリー(韻踏んだ?)。高加水のみっちみちな生地も応援に駆けつけて、口内は滴るほど芳醇な味わいに満たされるのです。心まですっかり溶ろけちゃったのは「獺祭」のアルコールのせいなのか、はたまたこの幾重に渡る作戦の仕業でしょうか(絶対後者)。

紅茶だ。アールグレイだ。温めたらなおさら香りが膨らみます。それは果実たちから、生地の至るところから、奥行きのある紅茶の香りがぷわーんと同時多発的に迫ってくるのです。ごろごろ入ったフルーツでみっちりつまった生地は、シュトーレンにも似たあの心温める味わいで包みます。そこに一筋のホワイトチョコの柔らかな甘さがほころんで、心の緊張感はゆるゆるとほぐれていくのです。そこにまるっと入ったマカデミアナッツが一匹狼のように他と交わらずコリッと閉めて、風紀委員役を買って出る(本当か?)。おかげで今もこうしてイスに座っていられます(横になりたくなるほど心解かれるのです)。

さぁさぁ、清く正しくクロワッサン。バターは羽ばたくように華やぎ、構成する層は繊細に折り重なり、そのエッジはバリバリと気持ちいい音を立てる程くっきりしています。内側はシトシトではないのにしっかりバターを味わせつつ、輪郭がぼやけない層たち。甘さが控えめで塩気がほんの少しだけリードしているのが新鮮で、クリアなスッキリさで洗練された印象を与えてくれるクロワッサンにきっとあなたも一目惚れならぬ、一口惚れすること間違いなしです。

「石臼で自家製粉された小麦をブレンドして作っています」とおすすめしていただいた1つ。まずそのままハムっと噛み付いてしとっとひんやりとした質感を感じると、私に向けた私のためのパンなの!?と驚きがやってきます。というと自意識過剰みたいですが、食べる人の口の形に容易にふにゃりと形を変えぴったりフィットしてくれるのです。そして繊維1つ1つがふくよかに水分を蓄えてほかほかと解れてきたところで、甘みが参上!砂糖の甘さじゃない、その中にいろんな要素がくっついた豊かなこの甘みこそが小麦の甘み。口内を穏やかに満たします。リベイクすれば、高加水のふにゃり感がトロみを増して甘えてくるから、デレデレ(だれも見ないで)。チーズやバターと合わせたら香ばしさとぐるぐる混ざり合った甘さがさらに際立って最高以外の何物でもありません。

「その時々有機あんぱん」。いつも必ず撮る断面を撮り忘れていました…悔しい。
「その時々有機あんぱん」。いつも必ず撮る断面を撮り忘れていました…悔しい。

4種類ほど並んだあんぱんの中から、紅茶煮の杏がトッピングされた「その時々有機あんぱん」をチョイス。悩んだけど、この時期だし(寒くって)トーストしてみました。そしたら表面はカリッと焼き餅のような香ばしさが立ち上がり、滑らかな餡子がその香ばしさを受け継ぎながらやってきます。粒あんだけど滑らかで、これは世のつぶ餡VSこし餡論争が消滅するのではないかという希望さえ感じます(大袈裟シリーズ)。焼き餅のようなカリッと部分ともちっとした引きがありつつも皮は薄くて軽やか。そこに繰り出される紅茶煮の杏がニクい、ニクいぞぉ。ギュッと濃縮され紅茶の高貴な香りに深みを引き出された杏が甘酸っぱく立ち振る舞い、和の趣きにオリエンタルな魅力をプラスしています。こんなあんぱんを待っていた!

そのまま食べるとジューシー。しとしとで引きがある高加水な生地の合間を縫うように、白ワイン漬けのマスカットがジューシーでフルーティな爽やかさを、レモンピールが生っぽさを残して伊予柑のような穏やかな苦味と爽やかな香味を。異なる切り口の爽やかさの掛け算で無限大な清々しさです。トーストすればカリッとからのもちっとのコントラストが鮮やか!そしてレーズンはさらに膨らんで香りも味もよりふくよかに。滴るほど華やかな白ワインのフルーティさを抱え込んだレーズンが、今か今かとその出番を待ち構えるように準備万端で香りと果汁感を届けてくれます。

りんご酵母の仕業なのか、生地からもう秋味ですよ。さつまいもとかぼちゃがほっくりこんにちは、お豆やナッツはコリコリとウインクして、オレンジピールと大きいりんごやレーズンの果物勢も負けじと前へ前へとやってきます。香り高い小麦がナッツと一緒に香ばしさを伝え、ナッツはコリコリしつつもしっとりとした質感に驚きます。こんなにぎっしりと具材が詰まっているのに、決してヘビーじゃなくその接し方は優しくやわらかい。これは冬をまだまだ認めたくない秋のシュトーレン。実りの秋の豊かさを濃縮したパンです。

ちなみにこちら、グッズもとてもイカしています。この後、バッグにパンをつめて歩いた小町通りの私はきっと気づかない内にスキップしていただろうな。東京に帰ってきて日常に戻っても、このバッグを毎日持ち歩いてしまっているほどお気に入りです。ステッカーは楽器ケースに貼ろうかな。

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