ハナコラボSDGsレポート 地球はおいしい“いきもの”にあふれてる!食を愛する若きギルド集団による「虫が主役のレストラン」。/フードコミュニケーター・谷本英理子さん SUSTAINABLE 2020.10.17

ハナコラボ パートナーの中から、SDGsについて知りたい、学びたいと意欲をもった4人が「ハナコラボSDGsレポーターズ」を発足!毎週さまざまなコンテンツをレポートします。第5回は、フードコミュニケーターとして活躍する谷本英理子さんが、レストラン〈ANTCICADA(アントシカダ)〉へ。サステナブルな食として注目を集める昆虫食の魅力を紹介します。

「予定不調和な体験」こそ食の楽しさ。

昆虫ーー大人の階段を登るにつれて、私たちはちょっとのモノ・コトに動じなくなるが、その例外となる随一の対象かもしれない。果物の切れ端を仕掛けてカブトムシを捕まえ、木の幹にカモフラージュしながら鳴くセミを発見して歓喜したあの夏の盛りは遥か忘却の彼方。今や、深夜のキッチンで黒光りしながらうごめくものなぞ見かけてしまった日には慄かずにはいられない。そんな虫に触れることはおろか、ましてや食べるなど、想像するだけで鳥肌が立ってしまう方も多いのではないだろうか。
では、こちらはいかがだろう。

SDGs 谷本さん

ハーブやエディブルフラワーを敷き詰めたお花畑のような一皿。口にすると、複数のハーブをブレンドした爽やかな風味が鼻に抜け、中央のフリッターを噛み締めると同時に、ナッツのような香ばしさ、白いんげん豆のようなクリーミーな甘みが広がる。こちらのフリッター、正体は「蚕(カイコ)のさなぎ」である。絹の原料となる繭、その中身の虫を食べるなんて!と思われるかもしれないが、実際に口にすると、「食材or not」はあくまで人間の意識上の線引きに過ぎなかったのだと気付かされる。「食」こそ、地球上のあらゆる生き物との向き合い方を見つめ直す究極の機会なのである。

コンクリート打ちっ放しの外観に映える「A」のロゴは、オオクワガタの脚がモチーフ。オタクかつクール過ぎる発想に痺れつつ入店(プライベートで訪れて一瞬でファンになってしまった谷本は、お店オリジナルTシャツを着用)。
コンクリート打ちっ放しの外観に映える「A」のロゴは、オオクワガタの脚がモチーフ。オタクかつクール過ぎる発想に痺れつつ入店(プライベートで訪れて一瞬でファンになってしまった谷本は、お店オリジナルTシャツを着用)。

今回訪れた〈ANTCICADA〉は、今年6月4日、「ムシの日」に東京・日本橋馬喰町の地にオープン。お一人様でもさくっと楽しめるコオロギラーメンや、昆虫食へのイメージを根底から覆すようなフルコースを堪能することができる。

多彩なプロフェッショナリズムと地球への愛に溢れるメンバー。

〈ANTCICADA〉を作り上げるのは、生き物への愛、そしてあまりにユニークな専門性を携えた5人の若者たち。代表を務めるのは、幼少期から昆虫に触れるのも飼うのも、そして自ら味わうのも大好きだったという篠原祐太さん。葛藤の日々を経て、大学時代に昆虫食の趣味を公言。はじめ、理解者は数少なかったが、それでも彼らと森に入り、昆虫の魅力を分かち合えたことの喜びが、昆虫食の発信、拠点としての〈ANTCICADA〉立ち上げに繋がる。

料理長を務めるのは、表参道の〈L'Effervescence(レフェルヴェソンス)〉、デンマークの〈Relæ(リレ)〉などで修行を積んだ新進気鋭のシェフ・白鳥翔大さん。デンマークからの帰国後、まさに料理人として勢いが最高潮に達したタイミングで〈ANTCICADA〉に参画。「フレンチ、イタリアンのような枠組みに囚われず、自由にトライできるのは昆虫の魅力」と目を輝かせる。

世界中の食を味わい尽くしてきた関根賢人さん。幼少期から「刺身のツマやたんぽぽも喜んでもりもり食べる子だった」そうで、この世のあらゆる「おいしい」を求めて旅した国は延べ46ヶ国。金融系勤務、六本木のフレンチの名店〈le sputnik(ル スプートニク)〉での修行を経て、現在、調理から経営取りの仕切りまでマルチに活躍する。

山口歩夢さんは、東京農業大学大学院にて、人間の味覚や醸造を研究した経歴の持ち主。メーカーや醸造所と連携してジンや日本酒を開発したり、昆虫の最も伝統的な食べ方「佃煮」をオリジナルにアップデートしたりと、多彩な商品開発に挑む。

唯一の女性メンバー・豊永裕美さんは、「蚕のスペシャリスト」。全国の養蚕場と密にコミュニケーションを取り、「虫捕り師」として自らも自然を駆け廻る豊永さんは、生産者の視点からも昆虫の魅力を発信する。

まるで食の体験型アトラクション「地球を味わうコース料理」。

お品書き。「夕涼み」「野性」など、詩的な表現に期待感が高まる。
お品書き。「夕涼み」「野性」など、詩的な表現に期待感が高まる。

今回体験させていただいたのは、料理からドリンクまで、メンバーの方々の技とこだわりが凝縮された「地球を味わうコース料理」。「地球を味わう」という表現にたがわず、昆虫はもちろん、野草やジビエなど、地球上でまだ日の目を見ていない生き物たちを総動員したラインナップだ。

「夕涼み〜穴子、ざざむし、ズッキーニ」は、「川の珍味」とも称されるざざむしを贅沢に使ったソースを味わう逸品。ざざむしの塩気と旨味がバターのこってり感と絶妙なバランスで合わさり、ふっくらと焼き上げられた穴子と瑞々しいズッキーニを包み込む。
一皿一皿、登場する虫たちのルーツや生産者さんのエピソードが、写真や絵本、時に現物(生きた昆虫)を交えて披露されるのもコース中の大きな楽しみである。

「今日は山梨から上質な蚕が入っています」
「皆さんにセミの気持ちになって、樹液を吸ってもらいます」
ぐるりと囲むカウンター席につくゲストたちが一斉に耳を傾け、胸高鳴らせながら未開の味をめいめい悦しむ様。その構図はもはや体験型アトラクション。クルーのお兄さんお姉さんが臨場感たっぷりにアマゾンへエスコートしてくれる、かの夢の国のジャングルクルーズさながら(無論その何万倍もの別次元の高揚感があるのだが)。

まさに「食は作業ではない、冒険だ。」(by.〈ANTCICADA〉)

未知のものを口にする。ある意味、命に関わる行為だからこそ恐れを抱いて当たり前。しかし、それを超える驚きと喜びが押し寄せた時、食は冒険へと昇格するのである。

商品開発の多彩さ。

「冒険」の跡は内装からも伺える。壁には、洗練された実験室の如く、虫やヘビなどが漬かった瓶がずらり。店内の棚には、料理に使用する発酵・熟成中のハチや木の実などが飾られている。

発酵の技も発信の軸とする〈ANTCICADA〉。コースのメイン・鹿肉料理のソースに使われているのは、イナゴを発酵させて作る自家製の「イナゴ醤」。塩気よりも旨味が引き立つイナゴ醤は、熟成の後じっくりと火入れされた鹿肉の野性味に自然に寄り添う。

コースにペアリングで提供されるドリンクもオリジナルで開発したもの。タガメ特有、洋梨のようなフェロモンが豊かに香る「タガメジン」、ロースト感ある香ばしい風味が病みつきな「コオロギビール」。昆虫の魅力が発酵の技により、余す所なくドリンクに還元されている。

〈ラーメン凪〉との共同開発で生まれた「コオロギラーメン」。1人前あたり総計70匹分ものコオロギが使われているという贅沢さ、命に感謝しながら特別な気持ちで味わいたい。
〈ラーメン凪〉との共同開発で生まれた「コオロギラーメン」。1人前あたり総計70匹分ものコオロギが使われているという贅沢さ、命に感謝しながら特別な気持ちで味わいたい。

そして、〈ANTCICADA〉のシグネチャーともいうべき「コオロギラーメン」。香ばしさのあるフタホシコオロギ、甘みのあるヨーロッパイエコオロギの2種類をブレンドした出汁はもちろん、コオロギ練り込み麺、コオロギを発酵させて作ったコオロギ醤油、さらにはコオロギ油まで全てオリジナル。グルタミン酸などの旨味成分を豊富に含むコオロギ。スープを一口含むと、他のどの食材にも比べ難い旨味がとめどなく押し寄せる。強いて例えるならば、小海老系のあっさり魚介出汁にこってり豚骨スープが絶妙に配合されたような風味。しかし、これこそコオロギという生き物の唯一無二の味なのだと感じ入る。

大切なことは生き物が教えてくれる。

メンバー全員が大切にしているのは、「昆虫をはじめ、その生き物を“使う”意義が、食べ手である客にはもちろん、作り手である自分たちにも納得感を持って感じられること」。生き物を見て触って食べた時の感覚にとことん忠実に、料理、オリジナルグッズ、内装を作り上げてきたという。そのために、「生き物の視点に立ち続けたい」(篠原さん)。虫たちを育む生産者さんとの交流は無論、手付かずの自然の中に没入し、生き物たちと向き合う時間も欠かさない。

実は取材の2日前の夜、急遽、蚕のルーツを巡る旅に同行させていただくことに。養蚕の現場を体験したり、桑畑で未知の昆虫たちと触れ合ったり(時に味わったり)。昆虫たちの故郷に身を置くと、その魅力を五感で一層感じられる。

「サステナブルな代替食」より、そもそもの「昆虫にしかない魅力」。

近年では、生産時の環境負荷の低さから、「サステナブルな食」としても注目を集める昆虫食。今後50年で世界人口が1.8倍にものぼると予測され、食糧難が懸念される中、肉・魚・卵に替わる新たなタンパク源として大きな期待が寄せられる。2013年には、国連食糧農業機関(FAO)が、未来の食の選択肢として昆虫食を提案するレポートをリリース。篠原さんにとっても、当時、今以上に感覚的に理解され難かった昆虫食を広く発信する大きな契機となった。

しかし、〈ANTCICADA〉が見据えるのはあくまで「『昆虫が今後も地球にあり続けて欲しい』と自然と感じられるような提示の仕方」。私たちがいただいている命は全て、「食べ物」である以前に「生き物」。豚には豚の、鶏には鶏の個性がある。本質的には、決して何かが何かの代替品となるのではない。栄養価の高さや環境負荷の少なさといった機能面は、個性を魅力的に伝えた結果、あくまで「プラスアルファの価値」として存在するものなのである。
一方、「アフリカなど、食糧難に瀕し、元々食の選択肢にも限りがある国の人々に昆虫食を届けたい」と夢を膨らませる関根さん。そのためにも、やはり「まずは『虫はおいしい』という価値観が、食の豊かな国から世界中に広まることが必要」という姿勢に揺らぎはない。

Hanako世代こそ「昆虫食」!?

今後、さらなるメニュー開発に取り組む一方で、虫捕り、生産者さん訪問などの体験を一般に向けてもオープンにしていく予定とのこと。「昆虫食というワードに引きずられず、そして、取り入れる取り入れないに関わらず、一度体験してみてほしい」とメンバー一同口を揃える。
思えば大人になると、知らないことが少なくなる一方、新たなことに挑戦する機会も減るばかり。しかし一歩踏み出してみたところに、未知が持つロマンとワクワク感、そこから拡張して新たなライフスタイルへの気づきがある。そして、「女性こそ、虫にハマりやすいと思う」と豊永さん。育んだり調理したりと、昆虫食にまつわる行動は、実は女性こそ得意なことばかり。実際、蚕が一心不乱に桑の葉を頬張る姿には、母性をくすぐられた。「食べてしまいたいほどかわいい」とは、このような感情なのかも。と、いくら私が言葉を尽くしても世の「ムシ・ビジュアル・バイアス」は払拭し難いかもしれない。「初心者には、コオロギラーメンがおすすめ」(篠原さん)とのこと。まずは都心で昆虫を味わえるレストランに足を運んでみていただきたい。

【追記】
扉写真中央は、「フェモラータオオモモブトハムシ」の幼虫。冷蔵庫で3、4日寝かせることで、まるで杏仁豆腐のような味に。イチゴシロップのゼリーといただく。

〈ANTCICADA〉

■東京都中央区日本橋馬喰町2-4-6
■コース料理:金曜日、土曜日(12:00〜、19:00〜予約制)
 コオロギラーメン:日曜日(11:00〜21:00)
https://antcicada.com/

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